まちや小(ぐわあー)

その先を曲がったら何があるのだろう、どきどきしながら歩く。そして曲がってみて気がついたこと・感じたことを書く。

発想もない!

2009年07月29日 | Weblog
自治体が作った施設、
例えば「○●コミセン(コミュニティーセンター)」とかで、車椅子の人がホールのドアを開けようとして、で、開かない。
それもそのはず。
ドアは引き戸ではなく観音開き。
その上に重いから、車椅子に乗った人の力ではまず動かない。
こんな施設が1つではなく、いくつもある。

問題は設計。
使ってみて初めて分かるっていうのは、それはだめなこと。
使う前に、使うことを想定して設計・施工しなければ、それは何の意味もないのだ。

まあ、そんなこと、云っても分からない人たちだからなんともはやで、
最初から「使う側の立場に立って」なんて発想もまったくといっていいほど頭の中になかったんだろう。

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あいも変わらず

2009年07月28日 | Weblog
「絶叫」するだけの松岡修造。

それが「キャラ」といえばそうなのだろうが
この人には「緩急」とか「間」とか「落ち着き」といったものはないのだろうか?

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こち亀

2009年07月26日 | Weblog
「こちら、葛飾区亀有公園前派出所」の「こち亀」じゃなく、
「こちら、キャスティングはめちゃくちゃな上にストーリーもなんだこれ?亀みたいな顔した、ある時はサッカーの日本代表の応援団長といいながら、サッカーを全く知らない男を主人公にしてした、悪いけどチープでごめんね!」と云ったかどうかは定かではない「こち亀」なのか?

しかし、スポーツといい映画といい「学芸会レベル」の演技力しかないジャニタレを使うことの理由はいったいどこにあるのか不思議でならない?

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懲りない

2009年07月25日 | Weblog
という言葉は「阿呆太郎」さんの頭の中にはないのだろう。

また、ルビをふってもそれを読まずに自分で思っている(思い込んでいる)言葉に代えてしまう、それだけが特技なのだから仕方がないといえばそれまで。

しかし、今回の「お年寄り…」発言もまさにそうで、この人の頭の中には人を思う気持ちのかけらさえないことを、あらためてというかまたまた、というか露呈したのだ。

で、そういった言葉しか言ってないから、そういった言葉に辟易を通り越して呆れてさえしまう。

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大川隆法

2009年07月23日 | Weblog
「宇宙人には支配させない!」と民主党の鳩山代表がこの国の首相になるには相応しくないとの思いで、東京比例区から立候補を。
そして「東大法学部から首相を!」とも。

で、その写真を見て絶句!
大川隆法自体が宇宙人に見えて、というか、ずいぶん痩せてしまったのだ。
どう見ても病気にしか見えない。

しかし、東京都議会議員選挙で全選挙区に候補者をたたせ、得票合計が14,000票では、今回の衆院選はどうなのか?
しかも、総裁(「教祖」ではない)自らが立候補して。
受かったら受かったで騒ぎ、もし、落選したら「幸福実現党」はともかく「幸福の科学」はどうなる?



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阿呆太郎

2009年07月22日 | Weblog
今回の衆院選で自民党が勝ったら、阿呆太郎が引き続き首相とか?

これ、妄想か。

なんにしても、今回の衆院選は阿呆太郎さんvs民主党だな。

で、この衆院選から「阿呆」あらため「自爆太郎」って改名したら面白いのだが?

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日食騒ぎ

2009年07月22日 | Weblog
あいも変わらず騒ぎ&あおるだけの「マスコミ」
今回の「日食」も同じ。

あおるだけあおって
騒ぐだけ騒いで、
で、それで終わり。

中身はなにもない。
ただ、それだけ。

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~映画祭、資金難で打ち切り

2009年07月20日 | Weblog
自己資金だけで、実行委員会だけで「~映画祭」などを行うのは実際は無理。
そこで、企業や自治体からの協賛金、補助金、助成金等が加わり、今まで運営してきたのが実態。

これ、地元町内会等が開催するお祭りなどを除き「~実行委員会」などが開催する「~祭り」とか「~産業祭」も前述の「~映画祭」と同じで、その実態はお金も準備も運営も事務局も自治体におんぶにだっこ。

だから、極端なことを云うと、お金(開催・運営資金)についての心配はなく、そこにあるのは中身(質)ではなく、いかに人がきたかどうかだけで、なので「自治体からの支援が止まったら祭り自体がなくなる」だけのもの。

少なくても自分たちの頭で考えて、体も使い、お金も出し合うとか、
こういったことがなければ、そこに責任もなく、ただその時期になったら準備を進めて、本番を迎えて、本番が終わったらまた!という繰り返しでしかない。

これを「祭り」というのはなんとも変だ。
「祭り」というものは信仰があり、そこに願い(お礼も)がかけられたもので、自治体がからんだものは、単なる「イベント」であり、そこから先に行くものではなく、仕事の1つなのだ。
これでも思いは後に残らない。

自分たちで出来ることを始め、そして続けて行く、
これが出来なければそれを始める意味はない。
まして、そこに自治体のサポート(資金・人的支援等)を得なければ出来ないモノは、それはそれでしかないのだ。

「祭り」はそこに思いがつまっている。
そして、その思いが次の世代に引き継がれていくのだ。
思いがないのは「祭り」とは云わないのだ。

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エコカー減税

2009年07月19日 | Weblog
「排気量の大きい車ほど減税額が多く、ほぼ、全車種が減税の対象に!」
これが現実。
排気量の大きな車を買うのはお金持ちであって、軽自動車やいわゆる「ファミリーカー」を買うのは庶民。
ここに中心をおいた政策をとらなければいけないのに、今の政府はお金持ちに対し優遇を。

まあ、なんいしても「エコカー減税」というのは単なる掛け声(言葉)だけで、その実態は自動車メーカーを儲けさせようとするアホ&おばかな自民党(そこにべったりくっていているなんみょー党と)が前述した自動車業界の金儲けさせるためと、政治資金と、そしてそこからの&国民からの票が欲しいためにやっていることに過ぎないのだが、そんなことより「エコだからCO2の排出量の少ないプリウスを!」などと云っている多くの人が、果たして、製造から廃棄までのCO2の排出量を考えてプリウスだったら20年以上乗らないと、元がとれないということを分かっていて、で、乗るのだろうか。

単に「エコ」だとか「減税」だとか、そういった言葉に踊らされて、で、踊らされていることさえ知らないで「エコ」だとか「減税」だとか云っているとしたら、この人たちは自民党・なんみょー党と同じレベルのアホ&おばかな人たちなのだ。

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市民協働

2009年07月19日 | Weblog
「市民活動支援センターを開設」
しかし、その場所はホテルの3階でドアを開けて入っていかなければならない。

これ、何も分かっていない人たちが作った典型的な「モノ」。
以前にも書いたが、まずは1階にあり、オープンな状態でこそ、支援センターとして生きる。誰もが分かり、誰もが気軽に使うことが出来る、これが当たり前のこと。
ところが、そんな発想はこの市にはない。
ホテルの一スペース(1部屋)を年に2000万円近くのお金を払って改装したうえで使う。これがやり方。
そしておこに行くにはエレベーターを上がり、通路を通りドアを開けなければ。
これ、会議に行くならいい。

市民協働=誰もが気軽に
こんな考えがないから市民協働とうたっても「そこまで来い」といったものになる。

しかも、そこの場所だけで会議や手続きなどが完結できるものならいい。
ところが教育委員会だったり、公民館だったり、ボランティア側からすれば、そういった窓口・施設とは何キロも離れているのだ。
本来ならというか理想なら一緒の場所にあった方がいいのだ。
で、そうでなくても、近い距離にとか。

でも、こんなこといくら云っても、云われていること、それ自体がなんだか分からない人たちには無駄なのだろう。
うーん「それは?」と云っても「それが分からない」のだからどうしようもないし、
『自治体の施設の中にセンターとして使うことの出来るスペースがないから、ホテルを借りる。そこに2000万もの税金をつぎ込んで!』というのはすごい発想としかいいようがない。

これ、なんとも思ってないのか?
まずは自らがボランティア活動をしたり、活動に参加したりして、市民協働というものがどういったものか、それを市民目線で感じ、また行政としてどう関わっていくか。
この部分が今の行政には一番欠けているところ。
つまり、何度でも書くが言葉だけで、何も把握していないのが自治体。

それでなにかしようとする、ここが問題なのだ。
実態を把握したうえで、そのうえで行政は(センターをどうするか)どう動いたらいいのか?
そこの部分を分かった上で、初めて「市民協働」というものが成り立つのだ。

しかし、2000万円もの税金をつぎ込み支援センターを作った。
これ、形を変えた一部の人たちに対する「ばらまき」にしかならないのだ。

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