「安かろう」の時代は終わった?
『ファストフードの時代は終わった? 変わりゆく米国の食事情-
Business Media 誠(2014年10月30日08時00分)
米国の食文化に多大なる影響を与えてきたファストフード・ビジネスが、いま大きく変わろうとしている。
米国のファストフードと言えば、まずマクドナルドを頭に浮かべる人が多いのではないだろうか。70年以上にわたり米国でファストフードの時代を切り開いてきたマクドナルドは、近年、ビジネスの低迷に悩まされている。米国マクドナルド社によると、8月のグローバルでの売り上げは、2003年以来過去最悪となる3.7%減少となった。その内訳は、米国で2.8%の減少、欧州地域では0.7%の減少。そして、アジア・パシフィック(中東とアフリカも含む)地域では、14.5%も落ち込んだ。
ファストフード文化を世界中に拡大させてきたマクドナルドの停滞を横目に、今、米国ではファストフード界に新たなトレンドが巻き起こっている。食のクオリティを追求する「ファストカジュアル」の台頭だ。そして、その中心になっているのが、人気急上昇中の「Chipotle Mexican Grill(チポートレ・メキシカン・グリル)」だ。
チポートレは、ブリトーやタコスを中心としたメキシコ料理のファストフード店で、米国に約1600店舗を展開している。2013年度の売り上げは前年比18%増の32億ドル(約3455億円)を計上し、右肩上がりだ。ただメキシコ料理のファストフード店は、チポートレが先駆者というわけではない。老舗でいえば、Taco BellやDel Tacoなどが有名だし、他にもファストフード店はたくさんある。
●チポートレが注目されている理由
では、なぜいまチポートレが注目されているのだろうか? それは、チポートレがファストフード業界の常識をくつがえす独自の発想で急成長していることにある。
長らくファストフード業界では、できるだけ安く食材を手に入れ調理を一貫化してコストカットをすることで、商品の低価格をキープしてビジネスを行ってきた。だが、チポートレを代表とする「ファストカジュアル」は、高級感のあるダイニング環境と高品質のフードをファストフードのフォーマットで提供する、カジュアルレストランとファストフードの中間という位置付けだ。チポートレは新たなファストフード・モデルを切り開いているのだ。
まず、低価格が当たり前になっているファストフード店に対して、チポートレは商品単価が高めだ。マクドナルドやタコ・ベルなどではセットメニューが約2ドルから買えるのに対し、チポートレは約7ドルもする。強気の価格設定だ。
その理由は、チポートレが食材にコストをかけているからだ。同社は「Food with Integrity(誠実な食)」という独自の哲学に重点を置いている。店舗で使用する食材がどのように栽培または飼育されているかを理解したうえで、提供する商品をよりよいものにしていく意図が込められている。そのため、食材は可能な限りオーガニックでそろえ、フレッシュな材料を地元の家族経営農家から仕入れたり、抗生物質やホルモン剤を使用しないで育てられた肉類を使用するなど、環境や動物そして地元農業の持続性に配慮した高品質の食材を調達することにコミットしている。
チポートレが食材のクオリティにこだわる理由は、創業者のユニークな経歴にある。創業者のSteve Ells(スティーブ・エリス)氏は、米老舗料理学校のCIA(Culinary Institute of America)を卒業し、サンフランシスコの超有名レストランで働くシェフだった。だが当時、彼が食べていたのは、安上がりでボリュームのある人気メキシコ料理店のブリトーだった。
エリス氏は少人数の従業員が、ブリトーを求めて並ぶ長蛇の列をサクサクさばく様子に常々感心していた。そこで、安くて、回転率がよく、しかも味と品質では他のファストフード店に負けないモノを提供するビジネスアイデアを思いつく。その後、彼の地元であるコロラド州に戻り、1993年に立ち上げたのが「チポートレ・メキシカン・グリル」だった。
●他のファストフード店と違う点
当初は、単純に最高にウマいブリトーを提供することを目標としていたが、エリス氏は店舗で使用している食材の品質に納得がいかなくなる。そこで、2000年にオーガニックなモノやホルモン剤を使用していない食材を求めて仕入れ先を開拓することになる。
こうして手に入れた高品質の食材は、フレッシュな状態で店に届けられる。食材は機械をいっさい使わず、すべて人の手でカットされている。しかも店舗には冷凍庫を置かず、常に新鮮な食材で勝負している。
ただオートメーション化されていないため、提供されるメニューの味がどこの店でも統一されている従来のファストフード店と違い、チポートレでは店舗によって味に若干の違いが生じることもある。しかし、シーズンによって食材の味も変わるし、同じ街でも、それぞれにお気に入りの店舗があってもいいのではないかとエリス氏はポジティブに考えている。
もうひとつ、他のファストフード店と違うのは、メニューが少ないことだ。チポートレでは、ブリトー、タコス、ブリトーボウル(トルティーヤ抜きのブリトーで見た目はサラダ)とサラダの4つがメニューの基本になっている。メニューを決めたら、中に入れるトッピングをショーケースの中から選んでいく方式だ。確かにメニューは少ないが、トッピングをカスタマイズすることで何千通りものオリジナルメニューが可能になる(同社は65000通りのメニューが可能とアピールしていたこともある)。
ブレックファーストメニューからデザートなど含めると約150アイテムぐらいあるマクドナルドのメニューとは正反対だ。だがメニューがシンプルだからこそ、オーダーを取ってから客にサーブするまでの時間が短くてすむ。メニューが増えれば、調理も複雑になる。近年、マクドナルドでの待ち時間が長いという顧客の不満は、「低価格でクイックサービス」がコンセプトのファストフード本来の「売り」が揺らいでいることにも原因がある。
●食文化に革命が起きるかも
今、チポートレのようなファストカジュアルの台頭に、ファストフード業界のトップに君臨するマクドナルドも注目している。そして密かに、「ファストカジュアル」路線を意識したテストマーケティングを実施している。
現在、カリフォルニア州の一部店舗で行われているのは、iPadを使ってバーガーをカスタマイズする「Build Your Burger」というサービスだ(オーストラリアの店舗でも実施しているらしい)。これは、ブリオッシュのバンズ、グリルしたマッシュルームのトッピング、アリオリソースといった、通常のメニューにはない22種類のアイテムからカスタマイズするというものだ。さらに今後、英国、ドイツ、フランスなど欧州の一部地域の店舗で、すでに提供しているオーガニックな商品を増やしていく可能性もあるようだ。
今、米国で「ファストカジュアル」が支持されるのは、顧客がよりパーソナライズされた高品質の食を求めるようになってきているからだ。ナチュラルで環境に配慮した高品質の食材を使用するのはビジネスとしてはコストがかかるように思えるが、チポートレが証明しているように利益を出すことは可能なのだ。マクドナルドがこのトレンドに追随すれば、ファストフード業界のみならず食文化に革命が起きるかもしれない。』
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