まちや小(ぐわあー)

その先を曲がったら何があるのだろう、どきどきしながら歩く。そして曲がってみて気がついたこと・感じたことを書く。

寄付行為

2007年04月30日 | Weblog
公職選挙法の中に「政治家(議員・長等)が、政治家本人ではなく、他の人に頼んで政治家名義の寄付行為をすることを禁ず」という項目があります。
これは現職(立候補中も含めて)の政治家が、本人名義の香典等を本人以外の人(依頼主して持って行ってもらう)が持って行く行為を禁じているものです。
ところがこうしたことを守っていないのが現実なのです。
法律を分かっていないというか、最初からそんかことがあるかさえ分からないで「慣例としてあたりまえのこととして行って」いるのです。
例を上げると、長が職員課などに「俺は行けないので、誰か代わりに行って来てくれ!」と云って、長の代わりに職員が行くことがかなりあるというのです。
これは、れっきとした「公職選挙法」違反行為にあたります。
でもそんなこと気にもしませんというか、違反なのかも分かっていないのです。
ある市(町から市になったばかりのところ)では市長名義の香典等を公費(市長交際費)で出している(自分が行けない場合は職員に依頼して)のですから、もうこうしたことが本当で恒常的に行われていたろしたら、もう目もあてられません。
そして、公職にある人(議員等)の葬儀ならまだしも、市の職員の家族・親戚縁者などの、いわゆる自分の身の回りの人たち、選挙で応援してくれた人たちの葬儀に香典等の名義で公費(税金)を使っているのというのなら、すごいことです。
これは聞くところによると、村の時代からの「慣習」だそうで、町の時代も、そして市になった今でも行われており、長の代わりに香典を持って行ってる自治体の職員に「おかしいでしょ!」と聞くと「どこがおかしいんだ?」と云われるそうです。
「それは公職選挙法違反だよ」と言うと
「そんなの知らないし、別におかしくないんじゃないの」と答えたりしているのだと。
職員は何がおかしいかも、自分が何をしているのかさえ知っていないのでしょうか?
おいおいおい、今は「市」なのに中身(感覚)はまだまだ「村なのかよ」って感じです。

この件については議員たちも墓穴をほることになりかねないというか、間違いなく墓穴をほるので、誰も追及するどころか口にも出しません。

これって、かなり「おかしなこと」なのです。

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アホバカな人たち

2007年04月23日 | Weblog
『市民協働(しみんきょうどう)』
ここ何年か日本全国いろいろなところで使われています。
この言葉は自治体にとってはこれからの自治体のあり方を示す一つの「キーワード」にもなっている言葉です。
でも、自治体サイドでこれだけこの言葉を使っていて、真にこの言葉の持つ意味や内容を知っている・把握している人たちがいったい何人いるだろうか?
今まで「公共事業」などで、散々砂に水をまくように税金をばら撒いてきた自治体ですが、それはいくら撒いても砂の中に吸い込まれるだけで、とどまることがなく、なので例えば花の種がそこにあっても、根などに養分がいきわたらないうちに乾いてしまっているのです。
だから当たり前なのですが、いくら水を撒いても育ちもしないし、花も咲かないのです。
一緒に耕し、水を巻き、栄養分を与えなければ花は咲かないのです。

ところが水のつもりでひたすら税金をばらまいてきたその人たちはそれが正しいことなのかさえも分かっていないのです。これが今までの自治体の典型的なスタイルの一つだったのです。
で、そうしたことをひたすらしてきた人たちが「市民協働」という目新しい(この言葉は代に出て既に10年以上の年月がたっているのですが、自治体の職員にとっては目新しいのだと思います。)言葉のもとに、実は新たなというか、形を変えた「税金を使って、自分たちに出来ないものを『市民協働』という言葉に隠れた水撒き!」ということを始めている。
違う言葉でいうと「自分たちにモノを考える力も行動力もない、あるのは税金だけ、だからその税金を使い『市民協働』という名で、市民たちと一緒にやっているように見せかけないといけない。」ということなのです。
まあ、そういったことを言い出すというか、もってくるというか、どこかの自治体にある(作られている)ものを、コピーするだけ、または業者に作らせるとかしている人たちは「市民協働」「ボランティア」「NGO」「NPO」などどいう言葉は使うけれど、実は何も知らないし、内容など何も分からない(知識もない・分かっていない・分かろうともしない)のです。
なので、そうしたことを自治体として始める前に「どこかの団体で半年もボランティアという形で活動に参加してきたら」とか云ってあげることも大切なことなのです。
何も知らない・実務もしたことがない、これで「市民協働」って無理なのです。
しかしながら『市民協働課』などというものは、時の自治体の長の公約で作られた(作り上げたのではなく、ただ作った)りして、で、担当部署の長は,自治体の長の僕だったりすることがあったりするのです。
ここが問題なのです。自治体の長が変わった。で、その長の「公約」の一つのという意味での「肝入りのセクション」の長ほど「何も分かってない人」が多いことになるのです。
まあ、どことは云いませんが、そういった人たちのいる自治体・長も所詮「何も分かったない」なのです。
真剣に「市民協働」というのなら、しっかりと勉強と、そして実践を積み重ねた上で、市民と字のごとく「協働」出来るだけのものを持つ・そして継続していくことが望まれるのです。
そして、初めて市民の目線に立っていい仕事が出来るのです。
それで初めて「市民協働」という言葉をいえるのです。

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おばかな

2007年04月22日 | Weblog
昼過ぎからおなかが痛くなり、夕方までは何とか大丈夫だったのですが、
夜10時近くになって、ついにというか痛さに我慢が出来なくなり、保険証を持ち、車で汗だらだら状態で病院に行きました。
そこで救急の診察のための手続きをとり、検査・治療等をしていた時のことです。
その病院では「患者へのお見舞いは午後9時まで、また入院している患者は午後10時までに」と出入り口表示されています。
で、検査結果を待っている時、もう12時(深夜です)を回っていました。
その時、コンビ二などで売っているストリート系のまあ、まるでそういった本から丸コピーしたようなスタイルの20歳前後の男が病院に入って着ました。
そこで、そのコピー男は救急の窓口の前の通路で携帯を取り出し、電話をかけ、話を始めたので、丁度私のそばにいた病院の警備員に目で「携帯は駄目ですね!」合図を送りました。
警備員は「その通りです」とうなずいて、そのコピー男のそばに行き「ここは病院です。携帯の使用と、この時間での病院への出入りは出来ません」と注意しました。
まあ、一般的なというか常識のある人ならば、ここでは「すみません」なのですが、
このコピー男「そんな言い方はないだろ。俺は交代勤務だからこの時間しかこれない。入院しているものに渡すものがあるんだ!」と警備員に難癖(いわゆる逆ぎれ)つけました。
で、警備員も半ばというか呆れて「それでは渡したらすぐに帰って下さい」というと、コピー男がまたまた「なんだよ~」と一人でぶつくさ。
なので私が「ここは病院で、病院のルールに従わないのは最低だよ」と、コピー男に「やるかい?」って目で(感じ)で云いました。
そういわれたそいつは、一瞬きょとんとしてました。で、次にこっちに向かってくるのかと思いきや、なんとなんとエレベーターから点滴をした若い女の子が降りてきて、それを見たアホ馬鹿個性なしコピー男はその子とハグしたのです。
それを見てて「ばかか、こいつら」って警備員と一緒に笑ってしまいました。
どうやらコピー男はこの子に何か渡そうと病院に来たのです。

で、まあ、ここから先が笑えるのです。なんとなんとそのコピー男の口から「旅行に行ったからお土産を持ってきた」という言葉が発せられました。
唖然としました。そんなものいつでも渡せるじぇあないか、それを深夜に渡す。本当にマナーもルールも知らない。しかるとしかられた内容も分からず「逆ぎれ」する、おばかな
もう一つ付け加えると「一人じゃ何も出来ない」、もう一個「個性がない」おばかなおばかな若い男です。
こんなの多いよな。

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議会

2007年04月16日 | Weblog
ある自治体では議会開催ごとに、そして各委員会(~委員会)ごとに議員と職員とで親睦会(宴会)を開催しています。
これは村~町の時代から今まで慣例で行っているとのこと。
以前は公費で、さすがに今は自己負担(1万円前後)で、会費を払っています。
毎回毎回、議会ごとにこんなことをする意味があるのか大疑問です。
なんのための親睦会でしょうか?
それにその宴会では「何で俺のところに注ぎにこないのか!」と怒る議員もいれば「俺の所には注ぎにくるな」と怒る議員もいるということ。
しかもこの宴会の開催理由は「酒を飲まないと打ち解けない」などどいう、バカな理由で会場までは参加者はもちろん車で行き、なら帰りはもちろん代行?
まさかまさか市民のお手本(?)になるべき議員や職員が飲酒運転はしていないでしょうが、中には「?」って人もいるような。
噂ならいいのだけrど、こうした話がいろんなとことろかた出てくるとは、まるで冗談みたいな話です。
で、こんなことはまずないのでしょうが、本当だったなら「おいおい、そんなことしてたら警察に!」ってね。
そうそう「過去にそうした人がいて、で、警察に捕まってもそのことは表に出てこないとか?」そんな話もいろいろ聞きました。
すごい話です。
そんなことが本当なら、あまりにばかげたことです。

まあ、成金・成り上がりの「まち」だから所詮田舎っていえば田舎だしね。とにかくこんな話を聞くと、開いた口がふさがりません。

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この「まち」って?

2007年04月10日 | Weblog
ある「自治体」の話です。
工その自治体は、工業(コンビナート)が産業の中心の「まち」で、商業も観光(祭りも)も、スポーツも文化も、どこにあるの?
その香りすらしない、そして分からない、そんな「まち」です、その「まち」は。
で、その「まち」コンビナートからの税収(固定資産税等)がかなりあるので、あえて他に何の努力をしなかった、また、福祉などに湯水のごとく税金をいくらつぎ込んでも、いろいろな施設をいくら作っても、いくらお金を使ってもお金がなくなることがない?だから気にしないでいた「まち」なのです。
まあ、簡単に云うと「まちとして何かをしよう、発展していこうとかということを何も考えてこなかった、ひたすら入ってくるお金(税金)を浪費だけの典型的な『成金のまち』」なのです。
なので、商業といえば他の地域に本店があるお店(チェーン)ばかりで、地元のお店はどこにあるの?といった具合で、知手などのある商店街などはシャッター通りと化して閑散としていて、人気もなく
また「観光っていっても、コンビナート以外に特に何かあるわけでなく、で、コンビナートがある」ためにというと御幣があるが、現実問題として新旧住民が入り交ざっているがために住民同士の意思の疎通がない「まち」。
結果として、茨城県下一犯罪が多く、逆に茨城県下一警官の少ない(未解決事件の多い)「まち」なのです。
こうした「まち」も、昭和30年代までは「村」であり、鹿島開発とともに「町」、そして一昨年、隣の町を吸収した形で合併し、町から市になったけれど、合併された隣の町のようにスポーツ(まち全体でサッカーのまちとして全国的に知れていた)も商業も観光も文化も、そういったことを香りを感じられない「まち]なのです。
自分たちの住んでいる「まち」を楽しくしよう!とか「いいまちにしよう」とか、まち全体としての動きが見えないのです。
何もしなくても、行政がしてくれる、だから進んで何かをする!ってことをしてこなかったのではないか、そう思えてしまうのです。

「自立(自主的)」「オリジナリティー」「パワー」これらがない「まち」は発展していかないのです。


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