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ジグザグ山歩き

山歩き、散歩、映画など日々、見たこと、聴いたこと、感じたことなどつれづれに。

高川山のビッキー

2010-10-12 22:56:01 | 山歩き
今月の6日、休みが取れて、久しぶりに高川山にも登ってみようと頭をかすめたが、少しからだが鈍っていたので、高川山より少しきつめが良いと思い、塔ノ岳に登った。そして、その後、山頂にいる犬のビッキーはどうしているかと思って、調べてみたら、亡くなっているのが見つかったという記事があった。富士山の眺めのよい高川山。最初に登ったのが、2004年12月で、山頂に犬がすみついていると言われて、びっくりした。首輪がついていたので、飼い主がいるのかなと思ったが、ハチ公と同じように、何年も飼い主が来るのを待っているのかもしれなかった。その後も何回か登っていて、いつもビッキーが山頂で迎えてくれた。そのたびに、ビッキーと会うのを楽しみにしていた。これからはいないと思うと寂しい。

記事は次のように載っていた。

さよならビッキー 高川山の名物犬、山頂近くで逝く
2010年10月9日
その犬は大月市と都留市の境にある高川山(標高約975メートル)に10年近く前から住みついた。8合目付近を過ぎた登山者をまるで案内するように山頂に導き、テレビのペット番組やネットでいつしか「山頂犬」や「仙人犬」と呼ばれ、だれかが「ビッキー」という名もつけた。そんな名物犬が息を引き取っているのが6日、見つかった。
 ビッキーは雌で、体長は約60センチ。年齢不詳ながら、毛並みに白い毛が多く交じっていた。決してほえず、登山者が歩く道に、いつも静かに姿を現したという。
 話題になり始めたのは2005年ごろから。登山者や地元の人があげるお弁当の一部を喜んで食べ、人慣れしていたが、保健所の職員が捕獲しようとすると逃げたという。どこか悲しそうな目つき。首輪があるので「元の飼い主が戻ってくるのを待っているのでは」と見る人もいた。
 高川山は頂上から360度の展望が楽しめ、富士山も望める。ふもとから1時間ほどで登ることができるため、首都圏などから繰り返し訪れる人も多い。有名になってからは“彼女”目当てに登る人も増え、ネットのブログには「仙人犬に会ってきました」という書き込みも残る。
 山頂近くで亡くなっているのを東京都町田市の人が見つけた。けがなどはなく、病気や老衰のためと見られる。知らせを受けた大月市の産業観光課は、ビッキーが長年住んでいた山の中に葬ろうとしたが、土地所有者の同意をすぐには取れないため、ふもとのお寺に7日埋葬した。
 市外からも会いに来てくれた大勢の人に知らせるため、「ビッキーは旅立ちました」という掲示を山に出すことを市は検討している。(永持裕紀)


困った時の塔ノ岳

2010-10-06 19:17:49 | 山歩き
一日、休みが取れた。天気も持ちそう。日頃の運動不足を山に登って補いたい。そこで、困ったときの塔ノ岳。比較的行きやすくて、大倉バス停から山頂まで登り中心で約7キロメートル。私にとっては、それなりに歩く距離はあるので、つい足が向く。本当はもう少し時期を遅らせて、紅葉が見ごろの時に行きたかったのだが、どこへ行くか考えが浮かばなかったので、急遽、塔ノ岳に登ってきた。曇っていたので、富士山や南アルプスなどは見えなかったが、近くの山は見えた。そこそこ山頂の展望は楽しめた。もみじも紅葉には早かったが、もみじの緑がきらきら輝いているように見えるのも良かった。花もリンドウなどいくつか咲いていた。平日のためか、登る人も男性のお年寄りが多くて、黙々登っている人が多い。山頂でも若いカップルやグループで登ってきている人のしゃべる声は良く聞こえるが、単独の高齢の男性はほとんどしゃべらなくて、銘銘で過ごしている。私のように体力作りで登ってきている人も多いと思うが、それだけではなく、それそれ色々な思いを持ちながら登っているのだろうなと勝手に思ったりした。声も何となくかけにくかった。私も歩きながら仕事のことも考えたりした。それでも、特になにもなくても、山に入るとそれなりに楽しめて、歩いた充実感と疲労感がまた楽しい。帰りは、鶴巻温泉駅で下りて、弘法の里湯に入って、汗を流す。鉄道なので、ビールもうまい。

尾瀬夜行

2010-09-27 09:28:02 | 山歩き
東武電車の尾瀬夜行23:55”に乗って、尾瀬を散策した。参加者は4名である。「尾瀬夜行23:55」は、私鉄で唯一の夜行列車である。福島県側から尾瀬に入る一つの交通手段として利用されている。浅草駅を深夜23時55分に出発して、東武伊勢崎線~東武日光線~東武鬼怒川線を経由して、新藤原駅から第三セクターの野岩(やがん)鉄道に乗り入れ、終着駅である福島県の会津高原尾瀬口駅には深夜3時18分に着く電車である。仮眠確保のため、電車は連絡バス時刻まで、車両は開放されている。バスで、沼山峠まで行く。
今回のコースは沼山峠から沼山峠展望台~大江湿原~尾瀬沼ビジターセンターに行き、尾瀬沼北岸道を歩き、沼尻から南岸道を歩き、尾瀬沼東岸から小淵沢田代まで歩く。再度、大江湿原におりて、沼山峠に戻った。朝のうちは最初雨が降って、ガスっていたが、午後になると天気はよくなってきた。小淵沢田代に着くと、雨はやんでおり、ガスってはいたが、草紅葉がきれいである。そのうち晴れ間もみせるようになり、みんなで喜んで、写真におさめたりした。大江湿原に下りると、天気が回復してきて、時間がまだありそうなので、尾瀬沼近くにまで再度行くことにした。だんだん青空も広がるようになり、やっと天気のよい尾瀬の雰囲気を味わえて、大江湿原を後にする。
今回、紅葉が始まっており、午後の晴れた大江湿原は朝の霧模様とは違ってみえ、両方見れたことをよしとしよう。沼山峠に着くと、缶ビールを買って、飲む。歩き終えた充実感で、お腹に染み渡るようにうまい。バスで、会津高原駅まで乗る。会津高原温泉駅近くの温泉「夢の湯」に入って、野岩鉄道で、鬼怒川温泉駅まで普通電車にのった。この電車でまた、缶ビール1本を飲む。鬼怒川駅周辺で、弁当やつまみを探すが、なかなか弁当がなく、特急のスペーシアに乗る。特急では4人個室で、車内に生ビールもうっていたのである。弁当もおいてあったので、早速買ってまた飲む。生2杯である。最後に仕上げで、浅草の神谷バーで電気ブランを飲んで、帰路に着く。


甲斐駒、黒戸尾根

2010-09-22 07:43:44 | 山歩き
甲斐駒の黒戸尾根に登った。黒戸尾根は2回目である。今回は、日帰りではなく、テントを背負って、一泊2日である。七丈小屋のテント場でテントを張る。
朝、尾白渓谷の駐車場に行くと、結構な車が止まっていたのにはびっくり。いくら連休とはいえ、黒戸尾根を歩く人は少ないだろうと思っていた。それがどっこい、たくさんの人が登っていく。その日は、七丈小屋に12時半頃に着いて、ガスっていて、何も見えない。テント張って、ビールを飲んだら、寝るしかないので、横になっていた。熟睡は出来ないが、うつらうつらと良く寝た。テン場には、次から次へと登ってきて、先に登った人はテントは移動してもらいながら後から来る人の場所を確保していた。
次の日は、朝の3時頃にテン場を出て、頂上に5時過ぎに着く。ご来光が見えた。何人か登ってきて、一緒に見ることが出来た。鳳凰三山の奥に富士山が見え、北岳、仙丈もよくみえ、南アルプスにつながる間ノ岳や荒川だけの方の稜線も見えた。八ヶ岳もしっかりみえて、奥秩父のほうの連なりも見え、展望を楽しむことが出来た。富士山は刃渡りでは鳳凰三山の左側に見える賀、山頂では、鳳凰の正面に見える。登っていくと位置も変わって見えるのも長い距離を歩くと感じることが出来る。
下りでは、日帰りで、軽装の人が続々登ってきていた。黒戸尾根はトレランのメッカにもなっているような言い方をされる人もいた。さもありなんである。グループで日帰りする方もいて、5合目で、後続の人を待っている女性と話が出来たが、今回、これで日帰り往復5回目だそうである。頂上で会った人は、私より遅れて山頂に着き、摩利支天まで行って、合計2時間ぐらい上にいて、私は1時間もいないのに先に下りて、その人に笹の平先でサッサと追い抜かれてしまった。日頃の運動不足なのか体重の増加なのかわからないが、多分両方だと思うが、下りがすごく長く感じて、だんだん足も痛くなり、バテ気味になってきた。それにしても、世の中、元気な人がいっぱいである。下の駐車場につくと、車が埋まっており、先の道路まで列が出来ていた。黒戸尾根を往復できたことに充実感を感じながら、温泉によって、帰路に着く。

赤岳 真教寺尾根と県界尾根

2010-09-03 07:26:01 | 山歩き
この夏は残暑が厳しく、猛暑が続く。高い山に登りたいのだが、思うように連休が取れなくて、一日休みになったので、赤岳でも行くことにした。前回の赤岳で、権現から登って、真教寺尾根を下ったのだが、尾根上部の鎖場が印象的だった。そこで、今回は真教寺尾根を登ってみることにして、下りを県界尾根にする。どちらの尾根も上部は急登の岩場で、鎖があるので、慎重に歩くことになる。朝4時半に高根ファームを出発。ちょうど、二人連れの方たちも私と同じコースを歩くことになり、追い抜いたり、追い越されたりしながら、登る。その二人も真教寺尾根の長い鎖場を登るのを楽しんでいる様子だった。
朝、時間が早かったので、熊笹が夜露にぬれていて、ズボンがびしょ濡れ。しかし、時間も早いので、涼しくて歩くのは快適。山頂に9時頃につき、標高が高い分、日差しはきつくても涼しい。途中、雲海の上に富士山や奥秩父の山々が浮かんでいた。山頂の展望も八ヶ岳の山々はもちろん、富士山、南、北、中央アルプスが見渡すことが出来た。雲もだんだんかかってきたが、一時間ぐらいまったりと展望を楽しむ。下りの県界尾根の鎖場は浮石が多く、注意しながら下りた。下りは、何人か登ってくる人と会ったが、人は少なく、静かな山歩きであった。途中、振り返ると、聳え立っている赤岳がみえた。

汗たっぷりかいて

2010-08-16 19:02:07 | 山歩き
今年の夏は、連休がなかなかとれなくて、飛び飛びで、一日休みだったりする。そのため、映画を観たり、寄席に行ったりはしたが、8月に入って、山にいけていない。さすがに、汗をかきにいきたくなり、猛暑の予報だけど、毎度の高尾山に登ることにした。高尾山口駅から琵琶滝コースを歩き、高尾山に登り、城山まで足を延ばして、かき氷である。今日はたっぷりのかき氷がたっぷり汗をかいたので、美味しかった。さらに景信山まで足を延ばして、ビールを飲もうとしたら、平日だったためか、あいていなかった。仕方がないので、おりてきて、帰りの温泉で生ビールを飲む。今日みたいな猛暑の日は、たまらないね。山の上は、標高が低い分、それは暑いけど、風があったり、緑があったり、気分的には気持ちがよい。しかも、自然の中で汗をかいた気分が心地よい。こんな暑い日でも高尾山は子ども連れやアベック、グループなどで賑わっていた。

八海山

2010-07-26 11:15:14 | 山歩き
八海山は魚沼地域にそびえ立つ信仰の山である。大同三年(808)に空海が登り,山上に八つの池があったので八海山と名付けたという伝承もあるらしい。
6月のある日、浅草で飲み会があって、銘酒「八海山」を飲んだ勢いで、「八海山」をもって、八海山に登ろうという話になった。当日は4名の参加である。前日の午後、上越新幹線に乗っていき、六日町にある民宿「八ツ峰養魚」に泊る。新幹線で、ビールを飲んで、観光気分で宿に6時半頃着く。そこからは八峰のゴツゴツした八海山が見えて、次の日が楽しみとなる。宿の食事はご馳走である。ここの宿は八海山のふもとにある養漁場。話題の「魚沼美雪ます」を育てている。美雪鱒の養殖は岩魚と虹鱒を掛けあわせたものである。赤みがかってプリプリとした美雪鱒を刺身で美味しくいただいた。刺身以外にも、山菜、鍋、マリネ、岩魚の塩焼きなど、様々な料理が盛りだくさん。当然、八海山も飲む。次の日に、宿の人に八海山スキー場のロープウェーまで送ってもらって、乗る。ロープウエー山頂駅4合目。1150mまでたどり着いた。
 事前に八海山のルートをネットで調べてみると、八ツ峰まで行くと岩場や鎖場があって、山頂で「八海山」を飲んだら鎖場は下れなくなるかなと思った。八ツ峰は初心者にはきついコースになっていて、今回、初心者が二人である。とにかくロープウェーで登って、行ける所まで行って、戻ることにした。途中、山の経験者一人が体調を崩し、千本檜小屋で待ち合わせをすることにし、残った3人で先に千本檜小屋(9合目)まで歩いた。このロープウエー山頂駅から薬師岳1654m(8合目)までの距離が長い、しかも急登なので、バテ気味になる。ここまでは体力勝負かなと思ったが、初心者でも二人は日ごろ鍛えているから、体力はある。こちらがきつくなる。何とかたどり着くことが出来る。薬師岳の先の千本檜小屋で、地元の人に「荷物置いて八ツ峰に登っておいで」と励まされて、八ツ峰を3人で歩きはじめた。
八ツ峰 (地蔵岳、不動岳、七曜岳、白河岳、釈迦岳、 摩利支天岳、剣ヶ峰、大日岳)は八海山の名の由来となったのではないかと言われる。まさに八ツ峰は八海山の核心部である。少しでも登れたらと思った。地蔵岳は2009年のNHK大河ドラマ「天地人」のタイトルバックで山頂(地蔵岳)の空撮映像が使われたことでも知られていて、一人は、妻夫木くんの立ったそこに立てただけでも良かったと感動。予想したとおり、八ツ峰の鎖場には緊張しながら歩く。今回は白河岳まで登って、迂回路を下りることにした。しかし迂回路も鎖場があり、緊張した歩きは続いた。千本檜小屋まで戻って、ここまでくれば八海山を飲んでも大丈夫かなと思い、そこで持っていった八海山で乾杯。昼を食べていると、後から登った一人も小屋の中に入っていたらしく、出てきて、さらに乾杯した。下りのコースもなかなかたどり着かなくて、長さを感じ、やっと山頂駅に到着。2時ちょうどのロープウェイに乗ることが出来た。八海山登山の日であったので、ちょうど下では、ポカリスエットやスイカのサービスをしていた。また、朝、登山者にスタンプ用紙を配られていて、 ロープウェー山頂駅と9合目の千本檜小屋に記念スタンプがあって、ロープウエーに乗る時に配布された用紙に押印をした。すると、駐車場に戻ってきて、抽選をひくことができた。空クジなしで、はずれたけど、フランクフルトをいただけたので、ビールと「八海山」。バスの時間までたっぷりあったので、そこでゆっくり過ごしていたら、登山途中にあった人から、湯沢の温泉まで車で送ってあげるよといわれて、お言葉に甘えてしまって、湯沢まで送っていただいて、健康ランドで汗を流した。帰りの新幹線も湯沢の地ビールを飲む。天気がよければ、上の稜線では、上信越の山々や快晴の日には日本海、佐渡島まで見えて、展望の良い山ではあるが、今回はガスっていた。それでも、平野部とかはやっと見えたが、上信越の山々は見渡せなかったのは残念である。最近行きそびれていた山にやっといけて、八ツ峰の変化のあるコースを歩き、八海山登山の醍醐味の触りを経験できた。仲間と山を楽しむことができた。家に帰ってからも、ビールと「八海山」で竜馬伝をみる。

新緑の乾徳山

2010-06-07 06:25:54 | 山歩き
新緑を求めて、乾徳山に登った。乾徳山はお気に入りで、何回か登っているのだが、新緑の時期の記憶があまりない。グリーンシャワーを浴びに出かけた。乾徳山も最近は人気が出てきたのか、バス停近くの広い駐車場はいっぱいになっていたので、別の小さい駐車場に車を停め、歩き出す。道満尾根の入り口がわかりづらく、鹿柵があって、そこに沿って歩いていたら、行き止まり。戻って、鹿柵の中に入れることがわかり、入って、道満尾根につながる道を登っていった。道満尾根を歩いて、扇平に出て、山頂に向かう。登りも下りも新緑が輝いていて、しっかり、森林浴ができた。山頂の展望は雲が多くて、富士山は霞勝ちながらも頭だけ雲の上に出る。人も多かった。単独や家族連れ、多人数のグループで登っている人もいて、頂上直下の鎖場は降りる時にちょうどグループが登ってきて、下りられないと思い、巻き道を通って下りたが、下りてみると、ちょうどその時は人が切れそうだったので、少し待って、再度登り返して、降りてみた。ここの鎖場は、先月妙義山に登っているせいか、いつもより楽な感じがした。ここの鎖場は落ちても途中で止まるが、妙義山の鎖場は落ちたら切り立ったがけ下まで行ってしまうので、怖さを感じたし、緊張した。この違いもあるし、乾徳山の方は鎖の距離も短いので、まだ登り易いし、巻き道もあるから安心でもある。下りは扇平から国師ヶ原経由で徳和に下りた。帰りははやぶさ温泉で汗を流す。帰りの高速は見事に渋滞にはまり、行きの倍の時間がかかる。

滑落死:東京・杉並の女性、群馬・妙義山で

2010-05-25 21:48:15 | 山歩き
23日の毎日新聞に、妙義山での事故が掲載された。
「22日午前9時35分ごろ、群馬県下仁田町上小坂の妙義山(標高1104メートル)を登山中の東京都杉並区上高井戸2、中学校非常勤講師、土屋成子さん(64)が岩場で滑落、約80メートル下の岩で全身を強く打ち即死した。
 県警富岡署によると、土屋さんは山頂付近の通称「コブ岩」をロープを使って約5メートル下りる途中、ロープから手が離れたという。登山歴は5~6年で、同日午前8時から仲間5人と入山していた。【塩田彩】」

今年の6月号の「山と渓谷」にも表妙義稜線の縦走路が取り上げられて、遭難事故が急増し、事故対策についての記事がのっていた。「コブ岩」も事故多発地帯である。
私自身もちょうど一週間前に、この事故現場である表妙義のコブ岩といわれるところを歩いている。確かにコブ岩は岩稜上に立ちはだかる大きな岩だった気がし、やせ尾根も切り立っていた。私自身も緊張し、無我夢中で登って、歩いた。紙一重である。実際にこういう事故が起きるとショックである。しかもこの方は、地域の中学の美術の先生である。ご冥福をお祈り致したいと思います。

妙義山鷹戻し

2010-05-15 20:37:32 | 山歩き
前々から気になっていた妙義山の鷹戻し、挑戦してみた。結局、鷹戻しを往復することになってしまった。
中之岳神社から中間道に出て、堀切から稜線に出て、鷹戻しに登ると思ったが、第4石門から上に登っていってしまい、険しいはしごを登って、稜線に出てしまった。仕方がないので、そのまま鷹戻しの方に歩き出して、さすがに鎖やロープがあって、道もわかりにくいところもあって、登っていく。大丈夫かなと思いながら、歩いていくと、今度は長い鎖場を下る。まさかここが鷹戻しではないだろう、もっと先であろうと思いながらおりると、鷹戻しの標識が来た方向にある。そういうことは、やはり鷹戻しを下ってきたのだと思った。鎖場が多くて、鷹戻しを意識しないで下りたので、あっけなかった。女坂分岐まで行き、再度鷹戻しに戻って、登りたくなった。そこで、引き返すことにして、今度は鷹戻しの鎖場を確認しながら登っていって、上に出た。今度は浅間山や北アルプス、上越の山々や八ヶ岳をゆっくり眺めた。鷹戻し、歩く前は、結構、びびっていたが、鎖はしっかりしていて、足場も岩場で置くところがあり、確かに危険ではあるが、歩けないことはないと思った。それよりもその先の鎖場のほうで、足場がとりにくくて、2本鎖があったりして、歩きにくいところがあって、嫌だった。そのまま第4石門の分岐方向に下りないで、稜線方向に東岳、中之岳と歩いて、中之岳神社におりた。この分岐からもやせ尾根になっており、最後まで気は緩めれなった。とにかく無事に登れてよかった。それと以前に白雲山は歩いているので、今回の金洞山を歩いて、だいたいつなげることが出来た。距離はそんなに歩いていないが、普段使わない足の筋肉を使ったためか、車に乗った時に足が吊り気味だった。腕の方は大丈夫だった。後から出るかな。帰りにもみじの湯で汗を流し、帰路に着く。