ジグザグ山歩き

山歩き、散歩、映画など日々、見たこと、聴いたこと、感じたことなどつれづれに。

蜂城山

2011-04-24 15:47:07 | 山歩き
釈迦堂遺跡博物館から蜂城山に登った。この時期では、桃の花は満開を過ぎているようだが、それでもぎりぎり見れるのではないかと思い、出かけた。釈迦堂遺跡博物館周辺の桃は見事に咲いていた。釈迦堂遺跡博物館は釈迦堂パーキングの裏手から登れるようになっている。便利なので、桃の花の時期に行くにはちょうどよい。博物館からは標識があまりなくて、林道を間違えて歩いていたので、登山口がすんなり見つからず。それでも、桃の花を眺めたり、南アルプスの展望を楽しみながら歩けた。登山口に着いて、登りはじめていくと、新緑の芽吹きが始まっており、気持ちが良かったが、距離は短いので、あっという間に山頂に付いてしまう感じ。山頂近くの鳥居まで行くと南アルプスの展望のよい場所がある。山頂では、甲府盆地の北側から東側の山(金峰山や乾徳山、大菩薩など)の展望が見え、 赤岳も雪をかぶって見えた。
帰りは、釈迦堂遺跡博物館に寄る。ここの展望台からも甲斐駒から鳳凰三山、白根三山から荒川三山、赤石岳での南アルプスの山々が良く眺められた。幕岩と小楢山にはさまれた雪をかぶった金峰山も望めた。周辺は、桃の花が良く咲いており、人も賑わっていた。


塔ノ岳

2011-04-11 21:36:42 | 山歩き
最近、体も鈍ってきたので、トレーニングもかねて、山に出かけることにした。車はまだ少し遠慮して、公共交通機関を使って、今回も近場で登れる恒例に近い塔ノ岳に登った。歩く距離が登り7kmで、3時間、下りが2時間少しぐらいで、私にとっては、登り甲斐のある距離で、ちょうどいい。しかし、尊仏山荘で、会った女性は、朝6時過ぎに大倉を歩き出して、2時間かからないで塔ノ岳に登り、蛭ヶ岳まで行って、私が着いた11時頃には塔ノ岳に戻ってきて、コーヒーを飲んでいた。やはりトレーニングでよく登るとのこと。そんなに若くはなさそうではあるが、やはり鍛えている人は違うなと思った。下りで私を追い抜いていった男性も大倉でバス待ちをして話をすると、丹沢山まで行ってきたとのこと。
 山頂は、さすがに人は少ない気がする。尊仏山荘の方の話では、地震によって、人は減ったどころか全然来なくなったみたいである。私自身も震災のことは頭から離れないし、被災地に出来ることは義援金ぐらいしかしていない気もして、どこかもどかしさも感じる。そして、山に登る気分にはなかなかなりにくい気持ちもよくわかる。しかし、やはりそろそろ日常を取り戻していって、経済活動も回していく必要もあるとも思う。いつまでもあちこちで停滞したままではよくない。渋沢バス停では丹沢の山は遠慮してくださいという看板が時刻表の裏にあったが、登山口である大倉行きのバスは普段どおりの本数で走っていて、矛盾しているかもしれない。少し前まではその看板はでかでかと書かれて、置かれていたとのこと。山自体は、地震の影響で崩れた場所はないらしい。
 山の麓の大倉は桜が満開であった。春らしくスミレもたくさん咲いていた。帰りは鶴巻温泉で下りて、弘法の里湯に入ろうとしたが、月曜日は公休日であった。近くの大和旅館の風呂で汗を流す。小田急線は、今回も人身事故で、ダイヤが乱れていた。照明は暗くなっていて、こういう出来るところの節電も必要である。

白洲正子 神と仏、自然への祈り

2011-04-04 11:12:07 | 美術館、博物館
世田谷美術館で、「白洲正子 神と仏、自然への祈り」の展示が開催されていたので、観にいってきた。日本文化に造詣が深く、様々な紀行文を執筆し名作として語り継がれている白洲正子の生誕100年を記念した展覧会となっている。同館の開館25周年記念展でもある。『かくれ里』、『十一面観音巡礼』、『近江山河抄』、『明恵上人』など自身の著作の中で触れた神像や仏像、屏風、絵巻、工芸品(国宝・重要文化財を含む)などの名品を、正子が訪ねた寺社などから集め、彼女の著作と関連づけながらの展示である。つまり、展示エリアが著作の本のタイトルごとに分かれていて、正子自身が旅先で出会った神や仏、自然が紹介されている。白洲正子の目を通す作品は素朴さを感じさせるのが多かったし、白山信仰の開祖である奈良時代の泰澄にも興味を魅かれた。
「泰澄大師は山岳信仰の創始者で、神仏習合の元祖であるといっていい。私はこの思想が日本のすべての文化にわたる母体だと思っているが、(略)」『かくれ里』
隣接している砧公園は桜が咲き始めていた。