「しかし、若、どうも精神面が鍛えられたようですなあ」
と、姫井は、手をあごひげの辺りに持って行きながら感心したように、話しています。
「太刀行きに躊躇がない。なにやら、会得したものが、あったようですな」
と、樹一郎も、感心しきりです。
「そうかなあ。斬っているときは、何も考えていなかったよ。自然と体が動いたんだ」
と、剣三郎も、不思議そうに話しています。
「自然と、体が、動く。それこそ、ある境地にたどり着いた証拠。いやあ、若、これから、ずんずん、成長されますぞ」
と、姫井は、うれしそうに、話しています。
「そのようですなあ。いやあ、また、さらに成長されたら、拙者なぞ、遠く置き去られてしまいますよ」
と、樹一郎は、苦笑しながら、話しています。
「自分では、なんだか、よくわからないけど、なんとなく、力を感じる・・・なんだろう、この感じ・・・」
と、剣三郎は、自分の手のひらを見ながら、不思議そうに話しています。
「なにかが、違うんだ・・・」
と、剣三郎は、自分の手のひらを見ながら、いつまでも、不思議そうにするのでした。
一行は、伯井の宿に着くと、食べ物屋と思われる店に直行します。
「拙者、腹がもうぺこぺこでござる!」
と、大人気なく、情け無さそうな顔をするのは、姫井です。
「まあ、ひと働きしたからな。仕方もない」
と、樹一郎は、苦笑しながらも、なんとなく姫井を憎めません。
剣三郎も、お腹がぺこぺこのはずですが、二人の前では、そんな子供っぽいしぐさなどできません。
「若、ここが、空いてます。こちらへ」
座敷席の一角を姫井はさっそく占領します。
「品書きは、あれか・・・」
と樹一郎は、目ざとく品書きを見つけ、さっそく勘案しています。
「若、ここは、小魚の天ぷらうどん、が、名物です。なかなかのものですよ」
と、姫井は、さすがに、旅慣れしているようです。
「ほう。姫井殿は、この店を知っているのか」
と、樹一郎は、訊ねます。
「以前、何度か、来たことがあるでな。おい、姉ちゃん、あの名物のうるさい親父は、どうした。今日も会いたくなって、きちまったんだ」
と、姫井はうれしそうに、注文を取りに来た娘に、聞きます。
すると、娘は、少し弱ったような表情をしますが、
「父は、先日、辻斬りに、会い、果てましたで、ござります」
と、丁寧なお辞儀をする娘です。
「なに!辻斬りとは、このような、大きくもない宿場で、どういうことだ!」
と、姫井はびっくりするやら、怒りがこみあげるやらで、自然、大声になってしまいます。
「辻斬り、と言いましても、それは、この宿場をとりしきる代官様が、おっしゃっていることで・・・」
と、娘は、それだけ、言うと、
「あの、すいません。今のは、聞かなかったことに・・・」
と、青ざめた表情です。
「なにやら、我々には知られたくない理由があるみたいですなあ」
と、樹一郎は、途中で、拾った、木の枝をかじりながら、話しています。
「気のいい、明るくって楽しい親父だったのに、なんで、あんな楽しい親父が、死ななくっちゃならねえんだ!」
と、姫井は、怒り心頭になりながら、目からは、涙をこぼしています。
「そんなにいい人だったの?」
と、剣三郎は、素直に、娘に、聞いています。
「父は、この宿場の顔役でもありました。この宿場をもっともっと発展させるんだ、と張り切っていた矢先でした・・・」
と、娘は、素直に、悲しそうに、話しています。
「あの親父が明るくしていたおかげで、皆、この宿場の、名物を食べに、ここに争って寄るようになったんだ。言わば、この宿場の恩人だよ」
と、姫井も、少なからず、この宿場の内情に詳しいようです。
「その恩人が、代官に斬られた、というわけか」
と、樹一郎は、ずばりと、代官の嘘を見破っています。
「なぜ、代官が、宿場を盛り上げた功労者を、斬るのかな?」
と、剣三郎は、素直に疑問を呈しています。
「功を横取りしたいか、その功を妬んだか。あるいは、その親父が、代官の秘密を知ってしまったか・・ですね」
と、樹一郎は、静かに、冷静に、事態を見ています。
「姫井。その親父さんの、仇をとらなくて、いいの?」
と、剣三郎は、傍らで泣いている娘のせつない表情を見ると、自分も同じ身の上だけに、ほっては、おけない心境になります。
「若、この娘に惚れましたか?」
と、姫井は、ずけりと聞きます。
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、気持ちがよくわかるから、誰か、仇をとってほしいだろうと、思っていると、思ってさ」
と、少し赤くなる剣三郎です。
「仇を、父の仇を、とってくれるんですか!」
娘は大きく目を見開くと、剣三郎に、くってかかるように、答えを求めています。
年の頃なら、十六、七歳。剣三郎より、二、三歳年上の、よく見れば、目の大きい、長い髪の毛も黒々とした美少女です。
「うん。とるよ」
と、剣三郎は、さらりとした口調で、静かに闘志を燃やしています。
「ま、若がそういうのなら」
と、樹一郎も、一度言い出したら聞かない剣三郎の気性を考えて、同意しています。
「ふむ。若がそういうのならな。それに、わしも個人的にかたきを取りたいと、考えていたところじゃ」
と、姫井も、素直に、同意するのでした。
「人生には、大切なことがある。それをひとつひとつ、見つけていくのが、この旅なんだ!」
剣三郎は、そうつぶやくと、少女のために、危ない橋を渡る覚悟を決めるのでした。
お昼を過ぎた「無音屋」に、久しぶりの客が現れていました。
「紗江さん、久しぶり。最近忙しくて、顔を出す暇も、なくてさ」
と、かわら版屋のお弓が、平賀源大さんを引き連れて、無音屋に、足を運んでいます。
「あら。あら。これは、久しぶりね、お弓ちゃん。相当な活躍だって、うわさに聞いているわよ」
と、紗江さんも、この妹のような、お弓ちゃんに好意を持っているようです。
「いやあ、貧乏暇なしでねえ。いろいろ、忙しくなっちゃって、ここに顔を出す暇すらないんだもの。困っちゃうわ」
と、そこは忙しいことをうれしがるお弓さんです。
「で、今日は、どうしたの、突然?なにか、わたしに聞き込みしたいことでも、あるの?」
と、紗江さんは、お弓さんの商売のことを考えながら、聞いています。
「この源ちゃんに、なんでも、紗江さんが、新しく子供を、引き取ったって、聞いたからね」
と、お弓さんは、素直に理由を説明しています。
「なんでも、紗江さんは、明るくなるし、板場も明るくなったし、いいことずくめだって、言うから、どんな子供を引き取ったのか、この目で、見てみたくなってね」
と、お弓さんは、正直に、その思いを話しています。
「引き取ったっていう程のことじゃ、ないんだけどね。でも、明るくなったのは、事実ね・・・」
と、素直に感想を述べる紗江さんです。
「うん。わかったわ。今、呼んでくる。しかし、源さんも、速いわね、口が・・・」
と、笑う紗江さんです。
「いやあ、こういういい話は、速く回っていくものなのさ」
と、笑う源大さんです。
「ちょっと待っててね。今、呼んでくるから」
と、紗江さんは、うれしそうに、奥の剣三郎の部屋へ行きます。
「剣ちゃん、ちょっと出てきてくれる。ちょっと剣ちゃん」
と、部屋の外で、戸の向こうの剣三郎に、声をかける紗江さんです。
「剣ちゃん、ちょっと、剣ちゃん!」
と、戸を開ける紗江さんです。
しかし、部屋の中は、もぬけの殻。
「剣ちゃん、朝、身勝手なことは、しないって、約束したのに!」
と、紗江さんは、混乱しています。
「剣ちゃーん、剣ちゃーん」
と、部屋中、そして、かわや、自分の部屋まで、いたるところを紗江さんは、探し回りますが、
剣三郎は、どこにも、見当たりません。
紗江さんは、混乱しながら、玄関に戻ってくると、
「あの子がいないの・・・」
と、膝から崩れて落ちてしまいます。
「剣ちゃん、どっかに、行ってしまった・・・」
と、青ざめた表情の紗江さんです。
「何だって?」「どうしたの、女将!」
と、源大さんも、お弓さんも、混乱しています。
剣三郎は、無音屋から、忽然と消えてしまったのでした。
庭には、昼顔が、咲き誇っていました。
(つづく)
と、姫井は、手をあごひげの辺りに持って行きながら感心したように、話しています。
「太刀行きに躊躇がない。なにやら、会得したものが、あったようですな」
と、樹一郎も、感心しきりです。
「そうかなあ。斬っているときは、何も考えていなかったよ。自然と体が動いたんだ」
と、剣三郎も、不思議そうに話しています。
「自然と、体が、動く。それこそ、ある境地にたどり着いた証拠。いやあ、若、これから、ずんずん、成長されますぞ」
と、姫井は、うれしそうに、話しています。
「そのようですなあ。いやあ、また、さらに成長されたら、拙者なぞ、遠く置き去られてしまいますよ」
と、樹一郎は、苦笑しながら、話しています。
「自分では、なんだか、よくわからないけど、なんとなく、力を感じる・・・なんだろう、この感じ・・・」
と、剣三郎は、自分の手のひらを見ながら、不思議そうに話しています。
「なにかが、違うんだ・・・」
と、剣三郎は、自分の手のひらを見ながら、いつまでも、不思議そうにするのでした。
一行は、伯井の宿に着くと、食べ物屋と思われる店に直行します。
「拙者、腹がもうぺこぺこでござる!」
と、大人気なく、情け無さそうな顔をするのは、姫井です。
「まあ、ひと働きしたからな。仕方もない」
と、樹一郎は、苦笑しながらも、なんとなく姫井を憎めません。
剣三郎も、お腹がぺこぺこのはずですが、二人の前では、そんな子供っぽいしぐさなどできません。
「若、ここが、空いてます。こちらへ」
座敷席の一角を姫井はさっそく占領します。
「品書きは、あれか・・・」
と樹一郎は、目ざとく品書きを見つけ、さっそく勘案しています。
「若、ここは、小魚の天ぷらうどん、が、名物です。なかなかのものですよ」
と、姫井は、さすがに、旅慣れしているようです。
「ほう。姫井殿は、この店を知っているのか」
と、樹一郎は、訊ねます。
「以前、何度か、来たことがあるでな。おい、姉ちゃん、あの名物のうるさい親父は、どうした。今日も会いたくなって、きちまったんだ」
と、姫井はうれしそうに、注文を取りに来た娘に、聞きます。
すると、娘は、少し弱ったような表情をしますが、
「父は、先日、辻斬りに、会い、果てましたで、ござります」
と、丁寧なお辞儀をする娘です。
「なに!辻斬りとは、このような、大きくもない宿場で、どういうことだ!」
と、姫井はびっくりするやら、怒りがこみあげるやらで、自然、大声になってしまいます。
「辻斬り、と言いましても、それは、この宿場をとりしきる代官様が、おっしゃっていることで・・・」
と、娘は、それだけ、言うと、
「あの、すいません。今のは、聞かなかったことに・・・」
と、青ざめた表情です。
「なにやら、我々には知られたくない理由があるみたいですなあ」
と、樹一郎は、途中で、拾った、木の枝をかじりながら、話しています。
「気のいい、明るくって楽しい親父だったのに、なんで、あんな楽しい親父が、死ななくっちゃならねえんだ!」
と、姫井は、怒り心頭になりながら、目からは、涙をこぼしています。
「そんなにいい人だったの?」
と、剣三郎は、素直に、娘に、聞いています。
「父は、この宿場の顔役でもありました。この宿場をもっともっと発展させるんだ、と張り切っていた矢先でした・・・」
と、娘は、素直に、悲しそうに、話しています。
「あの親父が明るくしていたおかげで、皆、この宿場の、名物を食べに、ここに争って寄るようになったんだ。言わば、この宿場の恩人だよ」
と、姫井も、少なからず、この宿場の内情に詳しいようです。
「その恩人が、代官に斬られた、というわけか」
と、樹一郎は、ずばりと、代官の嘘を見破っています。
「なぜ、代官が、宿場を盛り上げた功労者を、斬るのかな?」
と、剣三郎は、素直に疑問を呈しています。
「功を横取りしたいか、その功を妬んだか。あるいは、その親父が、代官の秘密を知ってしまったか・・ですね」
と、樹一郎は、静かに、冷静に、事態を見ています。
「姫井。その親父さんの、仇をとらなくて、いいの?」
と、剣三郎は、傍らで泣いている娘のせつない表情を見ると、自分も同じ身の上だけに、ほっては、おけない心境になります。
「若、この娘に惚れましたか?」
と、姫井は、ずけりと聞きます。
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、気持ちがよくわかるから、誰か、仇をとってほしいだろうと、思っていると、思ってさ」
と、少し赤くなる剣三郎です。
「仇を、父の仇を、とってくれるんですか!」
娘は大きく目を見開くと、剣三郎に、くってかかるように、答えを求めています。
年の頃なら、十六、七歳。剣三郎より、二、三歳年上の、よく見れば、目の大きい、長い髪の毛も黒々とした美少女です。
「うん。とるよ」
と、剣三郎は、さらりとした口調で、静かに闘志を燃やしています。
「ま、若がそういうのなら」
と、樹一郎も、一度言い出したら聞かない剣三郎の気性を考えて、同意しています。
「ふむ。若がそういうのならな。それに、わしも個人的にかたきを取りたいと、考えていたところじゃ」
と、姫井も、素直に、同意するのでした。
「人生には、大切なことがある。それをひとつひとつ、見つけていくのが、この旅なんだ!」
剣三郎は、そうつぶやくと、少女のために、危ない橋を渡る覚悟を決めるのでした。
お昼を過ぎた「無音屋」に、久しぶりの客が現れていました。
「紗江さん、久しぶり。最近忙しくて、顔を出す暇も、なくてさ」
と、かわら版屋のお弓が、平賀源大さんを引き連れて、無音屋に、足を運んでいます。
「あら。あら。これは、久しぶりね、お弓ちゃん。相当な活躍だって、うわさに聞いているわよ」
と、紗江さんも、この妹のような、お弓ちゃんに好意を持っているようです。
「いやあ、貧乏暇なしでねえ。いろいろ、忙しくなっちゃって、ここに顔を出す暇すらないんだもの。困っちゃうわ」
と、そこは忙しいことをうれしがるお弓さんです。
「で、今日は、どうしたの、突然?なにか、わたしに聞き込みしたいことでも、あるの?」
と、紗江さんは、お弓さんの商売のことを考えながら、聞いています。
「この源ちゃんに、なんでも、紗江さんが、新しく子供を、引き取ったって、聞いたからね」
と、お弓さんは、素直に理由を説明しています。
「なんでも、紗江さんは、明るくなるし、板場も明るくなったし、いいことずくめだって、言うから、どんな子供を引き取ったのか、この目で、見てみたくなってね」
と、お弓さんは、正直に、その思いを話しています。
「引き取ったっていう程のことじゃ、ないんだけどね。でも、明るくなったのは、事実ね・・・」
と、素直に感想を述べる紗江さんです。
「うん。わかったわ。今、呼んでくる。しかし、源さんも、速いわね、口が・・・」
と、笑う紗江さんです。
「いやあ、こういういい話は、速く回っていくものなのさ」
と、笑う源大さんです。
「ちょっと待っててね。今、呼んでくるから」
と、紗江さんは、うれしそうに、奥の剣三郎の部屋へ行きます。
「剣ちゃん、ちょっと出てきてくれる。ちょっと剣ちゃん」
と、部屋の外で、戸の向こうの剣三郎に、声をかける紗江さんです。
「剣ちゃん、ちょっと、剣ちゃん!」
と、戸を開ける紗江さんです。
しかし、部屋の中は、もぬけの殻。
「剣ちゃん、朝、身勝手なことは、しないって、約束したのに!」
と、紗江さんは、混乱しています。
「剣ちゃーん、剣ちゃーん」
と、部屋中、そして、かわや、自分の部屋まで、いたるところを紗江さんは、探し回りますが、
剣三郎は、どこにも、見当たりません。
紗江さんは、混乱しながら、玄関に戻ってくると、
「あの子がいないの・・・」
と、膝から崩れて落ちてしまいます。
「剣ちゃん、どっかに、行ってしまった・・・」
と、青ざめた表情の紗江さんです。
「何だって?」「どうしたの、女将!」
と、源大さんも、お弓さんも、混乱しています。
剣三郎は、無音屋から、忽然と消えてしまったのでした。
庭には、昼顔が、咲き誇っていました。
(つづく)