風になれたら

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残雪の農鳥岳を行く 2日目

2018-05-14 | 徒歩の旅

4/30(月) 晴れ

空が明るくなって目が覚める。今日は農鳥岳へ挑戦だ。

テント場はこんな感じだ。開けた谷の中腹にある。水場はこのすぐ下にあり、こんこんとキリリと冷えた清水が湧いている。

サーモスのお湯をアルファ米に注ぐ。赤飯とカレーリゾット、2パック食べて置こう。今日は行動食のみとなる予定だ。2日分持ってきた保冷パックに入ったローストビーフとビールはまだ冷たいが、炎天下のテントに置いておくので傷まないようシュラフで包んだ。

さぁ、出発だ。沢沿いの中腹の道をしばらく行くと雪渓が現れた。踏み跡を辿って登って行ったが、登山道へはそのまま横断して対岸へ渡ればいい、と次の日に気がついた。

樹林帯に再び入ると雪は1メートルほど残っていた。前を行く友人の踏み跡を辿って行くのだが何故か踏み抜いてしまうことが多い気がする。体重と荷物の総重量が10kg以上違うからだろうか。

60%を超える勾配率の斜面を右に左に黙々と登って行く。標高も上がって息も上がりかなり疲労が出てきた。病み上がり2週間の身体にこの山は厳しい。大門沢下降点直下あたりで雪がなくなり、夏道のトレースもなくなった。夏道は沢筋をロープで横断するようだがロープはない。雪渓が切れたガレ場の沢筋を渡って見たが道はない。再びガレ場の沢筋を戻って夏道の途絶えた辺りで地図を見る。うーむ、沢筋の横の隆起部を直登だろうか、と話していたら藪の中から人が現れた。道のない藪を数メートル登れば踏み跡があるとのことだった。ハイマツとシャクナゲの藪に突入だ。藪を抜けるとハイマツの間にトレースがあった。この地点で30分をロスしてしまったが、小屋から5時間で大門沢の下降点に出た。ここから農鳥岳までは1時間ほどだが、かなりへたばってしまったので、少し休むと告げた。稜線は風が強い。身体が冷えないよう重ね着をして栄養を補給した。頂上は見送りでもいいかと思ったが15分休んで息が整ったので友人を追った。

夏道はこの上だが雪上をトラバースして行く。ツボ足で突入したが少し滑るのでアイゼンを付けてサクサクと進んで行った。

再び稜線まで出ると雪はもうないようだったのでアイゼンを外し、ザックを置いて頂上を目指した。下降点から1時間、農鳥岳に辿り着いた。目の前に間ノ岳と北岳が見える。指で北岳の頂を指してみた、その頂は鋭く均整がとれていて美しい。北岳に向かう稜線は歩かなければいけないな、と思わせた。

天気が良ければ南アルプスからはいつも富士山が見える。富士はやっぱり日本一の山だな、美しく高い。

大門沢下降点からハイマツ帯を抜けて樹林帯に入ると再び友人と差が開き始めたので先に下山するよう伝えた。本来パーティは別れてしまってはいけないのだが、彼も私も普段はソロで無理をしないことがわかっているのでいいだろう。午後になり雪が緩くなりズボスボと踏み抜きを繰り返して山小屋を目指した。 面白いのは彼が滑った箇所は同じように滑ると言うことだ。子供の頃のそり遊びを思い出した。午前中渡った雪渓に出たが渡った箇所が見つからない、行ったり来たりしたがわからない。地図と地形を見比べて渡河点を探した、河原付近まで降りて渡るのが正しいようだった。友人から遅れること1時間、山小屋に到着した。自分で作ったスケジュールどうりであった。やはり彼は早いな。

テント場に行くと友人がテントを畳んでいた。明日の出発を楽にするために今日は小屋に移ると言う。じゃあ、そうしようと言うことで小屋に移動した。シュラフの中のローストビーフとビールは常温となっていた。ビールをわき清水に入れて冷やした。わき清水の温度は数度でビールには丁度よかった。引越しを終えてビール、山で飲むビールは何故こんなにも美味いのだろう。ちなみに友人は山では飲まないのだ。と言うか普段飲まないので毎日飲んでる私とは大違いだ。

ご飯を食べ終えて写真の交換をしたり話をしたりした。そして日が暮れる前に眠りについたのであった。

 

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