1/12(月)
有楽町にやってきた。静寂に包まれた休日の深夜。
乗ってきた終電車が離れていった。ん、第53回紅白歌合戦のみゆきさんの登場シーンのオマージュみたい。
目指すはホームから見えるこの先のニッポン放送だ。
ニッポン放送の裏口に近づくと数人の男女が立っていた。
「みゆきさん待ちですか?」と声をかけると、そうですと答えてくれた。
昨年の第65回紅白歌合戦に中島みゆきさんが出演したのだけれど、とにかく素晴らしかった。歌姫登場、女神降臨、涙そうそう、もう感動で舞い上がってしまっていた。
夜会を見た後はニッポン放送の玄関待ち、どうしようかな、と思っていたレベルであったが、紅白を観てしまったら、これはみゆきさんに直接お礼を言わなければと言う思いがふつふつと湧いてきた。
明けたら成人の日で休みなのでこの日を逃すわけにはいかない。
紅白が終わって初めてのオールナイトニッポン月イチで、次の日が祝日、玄関前には100人ぐらいいるんじゃないかと思って、意気揚々と向かったが、寒いせいか待ち人は10数人であった。
しばらくして一台の車が駐車場に入って、みゆきさんが降り立った。黒いコートに黒い眼鏡だろうか。
黒髪はポニーテールになっていた。全身黒づくめだが、夜だからそう見えたのかもしれない。
みんなが手を振って声をかけると、ありがとうございますとお辞儀をしてビルの奥に消えていった。一瞬の出来事だった。
常連の方によるといつもは帽子を被っているそうで、ポニーテールは珍しいとのことだった。
出待ちの時間まで4時間弱あるので、近くのファミレスに向かった。玄関少年少女の何人かも同じファミレスに向かうようだ。
今日、初めてやってきたというみゆきファンの男性と一緒になったので、放送開始の3時までファミレスでみゆきさんについて話をした。
夜会「橋の下のアルカディア」も初日と楽日に行ったそうで僕と同じだ。
彼は生粋のみゆきファンで、みゆきさんへの愛情がよく伝わってきた。年齢は僕より10歳若かった。
3時になってオールナイトニッポンをイヤホンで聞き始めた。残念ながら持ってきた30年もののアイワ製ミニラジオは外では問題なかったが、このビルの中では全く聴くことができなかった。
しかたないのでiPhoneのラジコで聴くことにした。ラジオを聴きながら時々笑う男二人、かなりやばい光景だ。
放送終了の前に再びニッポン放送の裏口玄関に向かった。玄関少年少女が三々五々集まって冷え切った道路の脇でラジオを聴く。
最後の曲は「成人世代」、放送しているスタジオのすぐ下で聴いていることを思ったら急に胸が締め付けられた。
これはローティーンの頃に味わった感覚だ。オールナイトニッポンでその日最後の手紙を読んで、みゆきさんの歌が流れて、それを布団の中で聴いていた記憶だ。
放送が終わりしばらくしてみゆきさんが出てきた。持ってきた「麦の唄」のCDを取り出して手を振った。
みゆきさんは、ありがとうございます、と頭を下げ車の後部座席に乗り込んだ。
車中のライトに照らされてみゆきさんの顔が白く浮かび上がっていた。この光景は一生忘れないと思う。
車がニッポン放送を後にするのを見送った。
玄関少年、玄関少女たちの顔が晴れやかで穏やかで幸福に満ちていたように見えたのは錯覚ではない。