山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

生駒山系縦走路(生駒山上遊園地の想い出)

2017年05月18日 | 山野歩
写真(やまびこ広場)

2017年4月9日(日)
『山野歩』
<生駒山系縦走路>
[コースタイム]
[京阪・私市駅]10:01→[星の里いわふね]→(かわぞいの路)→10:52[ピトンの小屋]11:02→(さえずりの路)→(つつじの小路)→11:26[展望デッキ]→[やまびこ広場]→(まつかぜの路) →[飯盛霊園・境界鞍部]→[飯盛霊園内(大休止)]13:02→13:20[ビオトープ田原の里山・車止め]→13:39[堂尾池]→14:06[むろいけ園地入口]→(湿生花園)→14:45[阪奈道路]→(産業廃棄物処理場&農地)→15:08[農地終了地点]→(カントリークラブ横)→[龍王神・祠]→[くさか園地生駒縦走歩道分岐地点]→[くさか園地バイオトイレ]→16:07[辻子谷ハイキングコース北出合(小休止)]16:15→16:45[生駒山頂(遊園地内)]→17:25[暗峠]→17:39[鳴川休憩所]→(神津嶽ハイキングコース)→[枚岡展望台]→[枚岡神宮]→18:44[枚岡駅]
◆所要時間:8時間43分
<生駒山上遊園地の想い出>
[生駒山上遊園地]への80段余りの階段を、足下ばかりを見て懸命に上るとき、居るはずはないのだがもしかすればお袋と親爺が、僕がやって来るのを其処で待っているのではないかという幻想を懐く。
認知症がかなり進行している親爺と、認知症の親爺と二人で暮らすことにストレスを感じている御袋の二人を乗せて、いつの日にか[生駒山上遊園地]にやって来たことを想い出す。戦前戦後と若かりしときに懸命に働いた大阪の街なら、親爺がよく知っている大阪の街なら、御袋と所帯を持った大阪の街なら、親爺は何かを感じるのかも知れない、思い出すのかも知れないと考え、また、日々の生活に変化があればお袋の疲弊している精神も僅かにしろ和むに違いないと期待し、大阪の街が一望できる「生駒山上遊園地」にやって来たのだ。
あのとき、御袋や親爺が如何なる精神状態にあったのか今となっては分からない。あのとき親爺はまだ、僕のことを自身の息子であると理解していたのだろうと思うのだが、これもまた今となっては分からない。お袋はあのとき特段何も言わなかったように記憶するが、お袋と親爺を連れて僕が生駒山にやって来たことを、御袋はどのように考えていたのだろうか。また、お袋と親爺は自分のこれからの人生のことを、当時親爺はどのように考えていたのだろうか。お袋はどのように考えていたのだろうか。教えてほしいと思う。教えてくれたなら、僕のこれからの人生の指針になるかも知れないからだ。
用事があってスタート時刻は遅くなったが、独り山行ゆえ急ぐ必要もないゆえ、終始我がペースでゆっくりと歩み、日暮れ前に、脚が痙攣に見舞われる前になんとか生駒山頂に辿り着いた。[まつかぜの路]を行く時に出合った、落花した藪椿の赤の花弁の其処彼処に拡がる景観が、殊の外物悲しくもあり美しくもあったのが印象的であった。
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六甲山系・荒地山(ハイキング&花見)

2017年05月11日 | 山野歩
2017年4月2日(日) 
『山の会』
<六甲山系・荒地山>
■参加者:安部ちゃん、梅安さん、最くん、ミキさん、聖子さん、美穂さん、朋代さん、ゆうさん
[コースタイム]
[阪急・芦屋川駅]9:00→11:20[荒地山]11:35→12:20[風吹岩]12:25→13:10[高座滝]→[阪急・芦屋川駅]
<ハイキング&花見>
二分咲きの芦屋川川原で花見を楽しんだ。併しだ、僕にとっては辛い二時間余りであったと言っても過言ではない。それは、敷物に腰を下ろす姿勢が僕には苦痛以外の何物でもなかったからだ。脚をほんの少しでも曲げるとこむら返りが起こるゆえ、あぐらをかくことさえ出来ない。僕だけ脚を伸ばさせてもらっていたのだが、それでも痙攣が生じる。時間の経過中で次第にその痙攣が酷くなり、堪らなくなって立ち上がるが痙攣のために脚を上手く伸ばせない状態が暫し続いた。苦労をして靴を履き終え痙攣に耐えながら川原を歩き廻る。暫くするとこむら返りは治まってくれたが、再び敷物上に腰を下ろすことは出来なかった。冷えれば痙攣が起こり易くなると考え、用心して、冬山用長パッチを穿いていたにもかかわらず、やはり痙攣が生じてしまった。それは、[荒地山]への登り道で我が脚腰がかなり疲労したからだろう。情けない我が身体だ。シャクヤクカンゾウトウを一服使用してみたが効果はなかった。
安部ちゃんと最くんと僕の三人は道を間違い5人とはぐれてしまう。住宅街から[荒地山]という道標に導かれて右折したのだが、かなりの速さで歩く大勢のハイカーに紛れつられて歩く中で、次の分岐点を見落としたのかも知れない。我々が歩く道は[芦有道路]へと続く道のようであった。それゆえ軌道修正をしたのだが、結果として、けっしてハイキング道とは言えない道らしくない道を懸命に前進しなければならなかった。
安部ちゃん達が「ハイキングと花見」という案内で誘ったワンゲルの後先輩女性二人が加わったことで、普段より快活なミキさんの喋りが更に滑らかになった。ミキさんの明朗な声を聞いていると、いつものことながら我が心中は癒されるのであった。ところがだ、聖子さんが少しばかり元気がなく頬が痩けていた。心労が原因なのだろうか、心配だ。
梅安さんがザック中にクライミングシューズを二足忍ばせていたのには驚いた。そう言えば、最くんのザックにはザイルが入っていたようなのだが、彼等は何をしようと考えていたのだろうか。
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