山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

十月桜(花開く)

2020年10月19日 | 植物
2020年09月21日(月)
『十月桜』
<花開く>
5時10分のスタート。いつもの道を行く。
打上川治水緑地には東方より入り、先ずは内周を、続いて外周を一周ずつ歩き、
東方より治水緑地を離れ、十月桜の路を通ると桜が咲いていた。
その姿を写真機に収め、寝屋川左岸の道を行き、上観音橋を渡り、いつもの道で帰路につく。
ところで、“十月桜の道”とは、治水緑地の東方より府道を渡り、
寝屋川左岸の遊歩道へと繋がる100m余りの道のことだ。
その道を僕が勝手に“十月桜の道”と呼んでいるのだが、
それは、その道沿いに植樹されている樹木の一本に“十月桜”と書かれた名札が掛かっていて、
その辺りに植樹されている数本の樹木が“十月桜”に違いないだろうと思っているからだ。
“十月桜”という存在を始めて知ったのは、
寝屋川左岸の道に立っている『「サイクルロードはちかづき」に色づくサクラ』という掲示版に、
“神代曙”始め、“染井吉野”や“十月桜”、“寒緋桜”、“冬桜”など5種類の桜の名称とその説明が記されている。
“染井吉野”は有名なのだが、それ以外の桜は、僕にとっては初めての桜ゆえ、
どんな花が咲くのだろうか、何処にあるのだろうかなどと思っていた。
そんなとき、いつの日だっただろうか、早春だったと思うのだが、
寝屋川右岸の道を歩くときに、白い桜が咲いていた。早春ゆえ、これが冬桜なのだろうと思うことにした。
また、“神代曙”は打上川治水緑地にある1本の樹木に“神代曙”という名札が掛かっていて、
その後、咲いている姿をカメラに収めたことがある。
しかし“十月桜”と“寒緋桜”は眼にすることはなかった。
そんなとき、それまで歩いたことがない道を、昨年のいつの日にか歩くときに、
一本の樹木に『十月桜』という名札が掛かっているのに気付いたのだ。
それ以降、その道を歩くときには、その樹木に花が咲くのを愉しみにしていたのだ。
そんななか今日、その樹木にほんの僅かだが、小さな花弁が開いていた。
それはほんとうにささやかに、申し訳なさそうに開いていた。


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ほしだ園地・星のブランコ

2020年10月16日 | 山野逍遥
2020年09月20日(日)
『山野逍遥』
<ほしだ園地>
[京阪・私市駅] → [星の里いわふね] → (かわぞいの路) → [ピトンの小屋] → [星のブランコ] → [やまびこ広場] → [展望デッキ] → [星のブランコ] → [ピトンの小屋] → (かわぞいの路) → [京阪・私市駅]
<星のブランコ>
9月に入った頃、娘夫婦が仕事から離れられる次の日曜日に、家族で私市に行こうという話が持ち上がった。
ところが、降雨の予報で残念ながら中止となる。
その後、如何なる経緯で、僕が孫三人を連れて、山に行くことになったのかは覚えていないのだが、
その場所を“ほしだ園地”にしようと決めたのは僕であった。
それは、J太郎は過去に、まだ幼いときに、“くろんど園地”と“ほしだ園地”には、
合わせて十数回行っているのだが、“星のブランコ”を渡ったのは一回のみ、
またK子も、“くろんど園地”には三回くらい行っているのだが、“ほしだ園地”には行っていない筈ゆえ、
山に行くのが初めてのH子は兎も角、“星のブランコ”の高所より、緑に包まれた景観を三人に見せてやりたいと思ったからだ。
上さんと娘にお弁当を作って貰って、9時前に我が家をスタートして帰宅したのは16時前頃だっただろうか。
家を出たときより、僕が担ぐ筈だったザックを5年生のJ太郎が背負い、
J太郎が担ぐ筈だったリュックサックを3年生のK子が背負い歩き続けた。
なかでも、J太郎が担いでいるザックには、4人分の弁当と二本のスポーツドリンク、医療品、備品などが入っている。
その上に、僕が使う予定だったトレッキングポールと傘も入っているので、
しっかりとした重量だった筈なのだが、最後まで「重たい」という言葉を発することはなかった。
また、学校のクラス中で背丈順に並ぶと前から三人目だというあまり大きくないK子のリュックサックには、
冷たい麦茶が入った大きな保温性水筒始め、三人分のカッパや手拭き、着替えなどが入っていた。
このリュックサックは本来ならJ太郎が担ぐ予定ゆえ、
これまたK子にはそれなりの重量になっていた筈なのだが、何も言うことなく終始背負い歩き続けた。
そしてだ、保育園年長組のH子も「抱っこ!」と言うことなくよく歩いたし、星のブランコも怖がらずに渡ったのには感心するばかりであった。
三人の歩みはしっかりとした歩みであったが、しかし僕は、背中に何にも背負っていないにもかかわらず、
3人について行くだけで精一杯で、H子の面倒を見る余裕なんてなかった。
前を歩く三人を見ながら、4日前の霊仙山山行の疲れがまだ残っているのかも知れないなんて考えていた。
やまびこ広場で弁当にするとき、「吊橋が見える展望台があるよ!」と言うと、
昼食後「展望台に行こうよ!」とK子が言う。
しかし動くのが嫌だった僕が、「あそこを右の方へ上って行けば、直ぐに着くよ!」とK子に伝えると、
三人は僕を置いて展望台へと向かった。
往路でも遊んだのだが、帰りも、ピトンの小屋前のクライミングウォール横の子供用の人工壁で暫くの間、三人は遊んだ。
また連休だからだろうか、ハイキングを愉しむ人も多く、
ピトンの小屋横には杵屋が車両を持ち込み、杵屋キッチンを開店していた。孫三人は其処でかき氷や白玉善哉を愉しんだ。
孫三人に連れられての“ほしだ園地”は花を愉しむどころではなかった。
シュウカイドウやハギなどが眼に留まったが、立ち止まることさえなかった。


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秋に咲く花の色彩は、淡いものが多い

2020年10月12日 | 我が街中歩
2020年09月19日(土)
『我が街中歩』
<秋に咲く花の色彩は、淡いものが多い>
5時04分のスタート。いつもの道を行く。
寝屋川右岸の道より寝屋川左岸の道を進み、
打上川治水緑地には西方より入り、外周を一周歩いて帰路につく。
昨日が最も酷かったのだが、今朝も、この16日の霊仙山山行の筋肉痛が残っていた。
寝屋川右岸の道に入ると、三種類の花が繁茂している。
それらは、川に沿って張ってある金網に絡みつき咲いている、
朱赤のマルバルコウと空色のノアサガオの二種類と、
金網の下部の其処彼処から顔を覗かせている紅色の花はオシロイバナだろう。
そして、打上川右岸の道に入ると、川沿いの草むら中に咲く二種類の花を撮影し、
帰宅してパソコンに取り込み拡大して植物図鑑を参照するが名前が分からない。
外周路の南方では、どんぐりが生る樹木も撮影するがこれもやはり名前が分からない。
春の花と違って、秋に咲く花の色彩は、淡いものが多いように思われる。


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滋賀・霊仙山(29頭の鹿に出合う)

2020年10月07日 | 山野歩
2020年09月16日(水)
『山野歩』
<滋賀・霊仙山>
<榑ヶ畑~今畑~笹峠~霊仙山~経塚山~榑ヶ畑>
[コースタイム]
[榑ヶ畑・駐車スペイス]9:12 → 9:49 [榑ヶ畑・登山口] → 10:00 [売店小屋] → 10:19 [汗フキ峠] → 11:04 [落合] → 11:10 [今畑] → 12:18 [笹峠] 12:33 → 13:44 [近江展望台] → 14:53 [霊仙山最高点] → 15:05 [霊仙山] → 15:28 [経塚山] → 16:04 [霊仙神社] → 17:07 [汗フキ峠] → 17:31 [榑ヶ畑・登山口] → 18:06 [榑ヶ畑・駐車スペイス] 
◆所要時間:8時間54分
<29頭の鹿に出合う>
初めて霊仙山にやって来た。
昭文社の地図と小冊子を見て、案内にある通りに歩こうと決め、榑ヶ畑登山口より入山し、
一旦今畑へと下り、それより笹峠から西南尾根を辿り霊仙山頂を踏み、
経塚山経由でスタート地点である榑ヶ畑登山口へと下山する計画であった。
小冊子では、榑ヶ畑登山口まで車が入れるとのことであったが、
その手前で、林業関係者以外は乗り入れ禁止と書かれたゲートが設けられ、
それが叶わなかったことで、車を止めた処より、榑ヶ畑登山口まで舗装道路を歩くことになり、
それに37分も費やしてしまったのは、計算外であった。
閉まっている売店小屋を左に見て右折し上って行くと、間も無く汗フキ峠に到着したのだが、
それより落合へと向かう傾斜気味の下降路が至極怖かった。
トレッキングポールと設置してあったプラロープとが無ければ、僕の足腰では恐らく下れなかったに違いない。
今畑より笹峠への上り道で、予定以上に時間を費やしてしまい、
笹峠に到着したときには、既に12時が廻っていたので其処でお昼にする。
立った儘の姿勢で菓子パンを食べ、スポーツ飲料を呑み、15分後にはまた歩き始めた。
間も無く森林限界を過ぎ西南尾根に入ると、これまた歩き難い上り道が続きかなり疲れてしまう。
やっとのことで近江展望台に到着し、前方に連なる緩やかな山容を眺めると、
これでしんどい上り道から解放されるという安堵感が、我が心中に拡がったのだが、
それがそもそもの間違いだったのかも知れない。その安堵感の所為で二度も道を間違ったのだ。
今歩いている道は、踏み跡はあるのだが、どうも本来の道ではないようだと思い始め、
いずれも、来た道を引き返し、眼前のピークを目指すことにより解決したのだが、
予定外の時間と身体力を費やすることとなった。
それは、のっぺりした丘のような、同じような標高の山が周辺に幾つも連なっていて、
しかも其処彼処に道らしき道があるのが、道を間違った原因のように思えた。
道を間違ったお蔭でよいこともあった。それは29頭もの鹿に出合えたことだ。
霊仙山最高点前後くらいからだっただろうか、足下に沢山の黒くて丸い糞がころがっているので、
どうも鹿がいるようだと思っていたのだ。それは、道を間違えた二度目のことであった。
眼前のピークを目指し懸命に戻るときに、三頭の鹿が左手の尾根から僕の方を見ているのに気付いたのだ。
そしてだ、それより本来の道に戻り、これで今日中に我が家に帰れそうだと、愉楽の気持で歩き始め暫く経ったときのことであった。
眼前の尾根に沢山の鹿がいるのに気付く。
彼等は、好天を愉しんでいるが如くゆったりとした歩みで東へと進んでいる。
そうこうしているうちに軽やかに駆け始めたのだ。慌ててその頭数を数えると、なんと26頭にもなった。
それは既に15時半が廻っている時刻のことであった。鹿が我が視界から消えるのを待って帰路につく。
29頭もの鹿に出合えたことに嬉しさを感じ、それまでの疲れが吹き飛んだようだ。
歩き始めると、左手より鈴の音が聴こえてくるので、その方向に眼をやると、
30㍍ほど離れた処を僕と同方向へと進む独りの人がいたが、直ぐに僕の視界から消え去った。
鈴の音を聴いたときに、入山時に“熊出没”という看板があったのを思い出した。
今日の山行で見掛けた人はこの人も含めて三人で、笹峠より近江展望台へと懸命に上るときに、
南方を上から下りて来られた人と、今畑より笹峠へ向かうときに出会った人との三人だ。
今畑より笹峠へ向かう道で出会った男性とは言葉を交わす。
その中高年の男性は「彦根から来ました」「トレーニングが目的です」などと仰った。
今日の山行では、こむら返りに陥ることはなかった。
しかし、歩き難い西南尾根を懸命に上りやっとのことで近江展望台に到着したときに、
こむら返りの予感があったので芍薬甘草湯を一袋服用した。
この一袋が最後まで効いたのかも知れないし、終始、我がペースで歩いたからかも知れない。
車を止めた処より榑ヶ畑登山口へと舗装道路を歩くときに、我が眼を愉しませてくれたのは、
マツカゼソウとヘツカリンドウ、そしてタンナトリカブトだ。
なかでもマツカゼソウは、榑ヶ畑登山口より、今畑経由で笹峠までの森中では再三姿を現した。
その笹峠では、アケボノソウが眼に留まる。この花が咲くのに気付いたのは、後にも先にも此処だけであった。
汗フキ峠より落合へと向かう至極怖かった下降路では、足下にミズヒキが咲いていた。
笹峠より近江展望台へと続く傾斜のあるしんどい上り道は、ベニバナボロギクの天下といっても過言ではなかった。
それは花だけでなく白色の冠毛がかなり目立っていた。
その間隙に時折、黄花のカタバミが現れ、そしてもう一つ、ほんとうに小さな唇形の淡紅色の花にも何度か出合ったのだが、名前は分からない。
近江展望台より、石灰岩のカレンフェルトの道(小冊子による)を進むときには、トキワハゼやヒメフウロが眼に留まる。
また、エゾムラサキに似た小さな紫花も僅かに見ることができたのだが、残念ながら正確な名前は分からない。
霊仙山より経塚山への道ではタンナトリカブトがまた現れる。
それ以降は、陽が落ちるまでになんとか榑ヶ畑・登山口に着きたいと思い、花どころではなくなり、先を急ぎ歩き続けた。

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我が夢・“美空ひばり”が現れる

2020年10月05日 | 日記・エッセイ・コラム
2020年09月13日(日)
『我が夢』
<“美空ひばり”が現れる>
我が夢に“美空ひばり”が現れた。それは目覚め前の6時頃のように思う。
我が夢に芸能人が現れるのは、もしかすれば初めてのことかも知れない。
原っぱで、“美空ひばり”の誕生日会が行なわれている様子であった。
ファンが“美空ひばり”を10㍍ほど離れ取り巻く。
歌う姿は無くて、司会者らしき人と“美空ひばり”が語っている姿であった。
その姿は10代だ。
僕は最前列で原っぱに腰を下ろして“美空ひばり”の姿と語らいに夢中になっている様子であった。
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打上川治水緑地・秋に咲く三種類の花

2020年09月30日 | 植物
2020年09月12日(土)
『打上川治水緑地』
<秋に咲く三種類の花>
5時09分のスタート。いつもの道を行く。
打上川治水緑地には東方より入り、先ずは内周を一周歩き、
続いて外周を半周歩いて、西方より治水緑地を離れ、いつもの道で帰路につく。
今朝は、三種類の白花が眼に留まりカメラに収める。
撮影したのは、内周を歩くときで、治水緑地の西方のメタセコイアが林立する処と、
それよりホンの少し東へと進んだ処だ。
秋に咲くそれら三種類の花は初めて出合う花なのかも知れない。
帰宅してパソコンに取り込み、拡大して書籍を参照するが、
残念ながら、すべての植物の名前が分からない。



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打上川治水緑地・街中歩の折り返し地点

2020年09月25日 | 日記・エッセイ・コラム
2020年09月10日(木)
『打上川治水緑地』
<街中歩の折り返し地点>
4時58分にスタートして、いつもの道を行く。
打上川治水緑地には東方より入り、先ずは内周を、続いて外周を、一周ずつ歩く。
東方より緑地を離れ、十月桜の道より寝屋川左岸の道を歩いて帰路につく。
今、治水緑地で開花する花は、百日紅(サルスベリ)くらいだろうか。
他には開花する植物は見当たらないような気がする。
百日紅は、紅が濃いものと少し紫がかったものがあり、先日、寝屋川公園で見掛けた白色のものは無いようだ。
僕が今朝に歩いた距離は、日々歩くそれとほぼ同じくらいの「約9km」なのだが、
今朝は、嘗て歯医者さんの本棚から借りて来た書籍に記してあったが如く、
「歩幅は普段よりも大股で」「かかとで着地し、つま先でけり出す」を終始意識して、しっかりと歩き続けた。
今朝スタートするときには、足下が雨で濡れていたので、傘を持って出掛けたのだが、帰宅するまで幸い降ることはなかった。
成田山不動尊で行なわれているラジオ体操参加と、昔時折走っていた我がランニングコースを歩くのが、
当初の目的で、昨年6月の中旬よりスタートした。
しかし、ラジオ体操は我が身体には合わないように感じ10日余りで終了し、歩くことのみに専念する。
そして、その早朝の我が街中歩を続けるには、街中に咲く花を愛で、写真機に収めることが、
街中歩を続ける為の糧になるに違いないと考え、7月3日より写真機を携え歩くようになった。
そんななか、7月8日になって初めて訪れた“打上川治水緑地”。その日まで、僕は“打上川治水緑地”の存在を知らなかった。
程良い面積と、メタセコアやクスノキ、ケヤキ、カエデなどが立ち並ぶ景観に魅せられ、
そのときより打上川治水緑地を、街中歩の折り返し地点として、必ず訪れるようになった。


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ハルジオン(伊吹山の麓にて)

2020年09月23日 | 植物
2020年09月08日(火)
『ハルジオン』
<伊吹山の麓にて>
この[ハルジオン]の写真は、2003年05月25日の伊吹山北尾根山行時のものだ。
撮影したのは北尾根でなく、北尾根より伊吹の頂を踏み、南西面のルートより3合目の高原に至り、
その後ゴンドラを利用して下山した登山口の上野辺りだったのだろうと思われるが覚えていない。
あの日は、111枚シャッターを切っているのだが、最後に写っているのは祠で、
その一枚前の110枚目にこの[ハルジヨン]の姿があった。
「大正時代に渡来し、東京で観賞用に栽培されていたものが野生化」
「ヒメジョオンに似ているが、花期が早く4月から6月で、初夏には咲き終え、
茎が中空であり、蕾が下向きにうなだれることなどが、識別点になる」等と、書籍に記載があった。
最近では、打上川治水緑地においても咲く姿があり、4月21日と25日に、その姿をカメラに収めている。

伊吹山頂

2020年4月25日、打上川治水緑地にて撮影
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キツネノマゴ(狐の孫)

2020年09月18日 | 植物
2020年09月05日(土)
『キツネノマゴ』
<狐の孫>
「京阪・私市駅を朝の7時44分にスタートして生駒山系縦走路を、トレッキングポールを使用し終始ゆっくりと歩く。
後からやって来た人が僕を追い越すや否や、その方の姿が見てる間に僕の視界から消え去る。
それほどに僕の歩みは殊の外遅い。
ピトンの小屋を過ぎ、飯盛霊園から下田原の住宅街を抜け、堂尾池へと続く森中の道に入るまで写真機のシャッターを切ることはなかった。
森中の道で撮影した1枚目の写真がこの[キツネノマゴ]だ。」と、2018年09月23日の日記に僕は記している。
書籍によると、名前の由来として、「フサフサした花序から花が落ちてしまった後の姿が、狐の尾のイメージにピッタリ」
「毛の密生する花穂から種子が飛び出すのを狐のお産に見立てたもの」等、多説があるという。
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寝屋川公園・意外と緑が少ない

2020年09月14日 | 我が街中歩
2020年08月30日(日)
『寝屋川公園』
<意外と緑が少ない>
前回、寝屋川公園にやって来たのが8月10日であったのだが、
今日の公園の景色は、そのときと比してあまり変化のないそれであった。
併しだ、僅か20日間のことゆえ、変化を求めること自体に無理があるのかも知れない。
初めてやって来たときには、樹木に包まれたかなり広い公園だという印象が強かったのだが、
やって来る度に、けっしてそうではないように思えてきた。
それは、野球場始め、様々な広いグランドばかりが目立ち、意外と緑が少なくて、
緑の中で、ゆったりと過ごせる場所があまり無いように感じ始めたのだ。
今日は、打上橋より中央広場へと向かい、殺風景な法面花壇を見つつ時計塔を通り過ぎる。
管理事務所前を左折し、月観橋前に設置してある花壇に咲く花をカメラに収めたのだが、
そこに立ててある花名を記した写真パネルを見て、さてどの花が、今咲いている花なのだろうかとつくづく眺めるが、
花名を記してある6つのすべての植物が、どの花と合致するのか分からない。
花は咲いてはいなかったのだが、一番前に拡がっていた緑の葉っぱがイポメアでよいのだろうか。
花壇に咲く花名が分からない花に心を残しながら月観橋を渡り階段を上ると、芝生広場に飛び出した。
其処には、NHKの朝のラジオ体操を行なう方々が集まっておられ、今にもラジオ体操が始まろうとする様子であった。
其処より、ホンの少し歩いたところの立木の数本に、
漏斗のような形をした白い器を幾つも重ねて、樹木に括り付けてあるのが眼に留まる。
さて何だろうと近づくと、「カシノナガキクイムシを大量捕獲するために設置しています」と記した掲示版が掲げられ、
“ナラ枯れ対策の仕掛け”とあった。
そのころより右足の外反母趾が痛み始める。
外反母趾が酷いのは左足ゆえ、右足が痛いのは、新しい靴の所為なんだろうかと考えるが分からない。
いずれにしても仕方が無いよなと思いつつ歩いていると、前方に第二京阪道路が見えたのだ。
その下を潜り進むと見たことが無い景観の場所に飛び出した。
さて此処はどの辺りなんだろうかと足を進めると、“ビバモール”という文字が書かれた建物が現れた。
何処を歩いているのかが分からなかったので安堵する。

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