山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

モミジカラマツ(紅葉唐松)

2018年05月31日 | 植物
2018年05月24日(木)
『モミジカラマツ』
<紅葉唐松>
写真の[モミジカラマツ]に出合ったのは、2005年08月14日に中房温泉より燕岳へ向かう時だ。
僕の山日記に「7年前の山旅を想い浮かべつつ、元気であったK子の姿を偲ぶための山行であった」と記している。
1999年3月に我々を残して遠くに旅立ってしまった娘と歩いた道を、
もう一度歩いてみたいとやって来た燕岳へ向かう道で出合った静謐な花だ。

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京都・北山(金毘羅山~翠黛山~天ヶ岳~鞍馬)

2018年05月26日 | 山野歩
2018年05月20日(日)
『山野歩』
<京都・北山>
<金毘羅山~翠黛山~天ヶ岳~鞍馬>
[コースタイム]
■[戸寺]8:13→8:36[江文神社]8:45→9:43[琴平新宮社]9:50→10:22[三壺大神]→11:20[翠黛山]11:30→12:33[焼杉山への分岐]→(寂光院道)→13:20[小出石への分岐]→14:55[天ヶ岳]→17:22[薬王坂]→17:58[鞍馬駅]
<四度も道が判らなくなる>
今日の山行では四度も道が判らなくなる。
一度目は入山時だ。
江文神社前の左手より山に入り、江文峠を通過する計画であった。
大木に巻かれたテープに書かれた文字(琴平新宮社)に導かれて入山し、テープに沿って暫く前進するが道が判然としない。
他に道があるのだろうかと、江文神社よりも更に下方まで戻ってみるが分からない。
仕方なくもう一度江文神社左手より入山すると、暫くしてしっかりとした道に飛び出した。
急坂を上って行くと、江文峠を通過することなく琴平新宮社に到着する。
二度目は三壺大神という祠から翠黛山を目指した時だ。
三壺大神が金毘羅山の頂だと思ったのだがどうも違うようだ。
それより翠黛山を目指し北方へと歩むが足下が至極悪い。
少し下って行くが、翠黛山までこんな道が続くようだと、僕の足腰では厳しいかも知れないと思い三壺大神まで引き返す。
併しだ、どう考えても翠黛山へ向かう道は、その道しかあり得ないという結論に至り再度前進する。
厳しい道が延々と続くようならばまた引き返せばよい、時間は十分にあるので戻って来ればよいと考え慎重に前進する。
すると暫くでその道はしっかりとした縦走路へと変化した。

三度目は焼杉山の道標だ。
翠黛山を通り過ぎてから現れた[←焼杉山→]と書かれた金属製の看板が二枚あったのだが、二枚目の上部にマジックで○○mと書いてあった。
僕は其処がてっきり焼杉山だと思い込み、寂光院道への分岐を見落とし焼杉山まで来てしまったのだろうと考え、その分岐を探すべく翠黛山まで戻ることにした。
併しだ、翠黛山まで戻るがその分岐は見当たらなかった。
仕方なくまた北方へと歩き[←焼杉山→]という看板を通過して更に歩くと目的の分岐が現れた。
先ほどの○○mと書いてあった[←焼杉山→]という看板が立てられていた処は焼杉山ではないことを悟る。
四度目は、鞍馬へ向かうときに通過する筈の天ヶ岳頂を探すときだ。
尾根を上り切りその儘前進すると林道に出て直ぐに行き止まりとなり、それより先には踏み跡らしき道がない。
引き返し暫く尾根を進むと人影があり二人の男性が坐り込んでいた。
その二人と出会うのは二度目で、一度目は僕が翠黛山へと引き返すときに、もう其処がその頂であるというときに其処より下りて来た二人であった。
彼等が言うには、鞍馬の方角へと林道をかなり下ったらしいのだが、
どうも違うようだと判断し引き返し林道の分岐まで戻って来て、休憩してから道を探そうとお茶を沸かして一服している処であったと言う。
僕は計画よりも50分近く遅れているゆえ、立った儘、パンを食し彼等と同時にスタートする。
林道を歩かず尾根を歩くよう努めると、直ぐに天ヶ岳頂の道標が現れた。
その道標をカメラに収める内に二人の姿は消えてしまうが、
脚に痙攣が生じ、既に二袋のシャクヤクカンゾウトウを使用していたので、用心しつつ至極ゆっくりと鞍馬へと歩みを進める。
天ヶ岳から鞍馬への三時間ほどの道程は、間違えようがないしっかりとした道であった。
しかし、陽がある内に鞍馬駅に辿り着きたいと思い、休むことなく疲労困憊の態で歩み続ける。
やっとのことで鞍馬駅に辿り着き安堵していると間も無く男性二人組がやって来た。
彼等は一時間も前に下山し鞍馬温泉でひと風呂浴びて来たのだという。
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比良山系縦走・朽木栃生~地蔵峠~蛇谷ヶ峰~桑野橋(三度目の蛇谷ヶ峰山行)

2018年05月19日 | 山野歩
2018年05月05日(土)
『比良山系縦走』
<朽木栃生~地蔵峠~蛇谷ヶ峰~桑野橋>
[コースタイム]
◆[朽木栃生バス亭]9:05→11:07[イクワタ峠]11:13→11:46[笹峠]→12:05[地蔵峠]12:20→13:02[横谷峠]→14:32[蛇谷ヶ峰]15:00→16:27[猪の馬場]→17:30[桑野橋バス亭]
<三度目の蛇谷ヶ峰山行>
昨年の12月10日、そして二週間前に続き、朽木栃生から蛇谷ヶ峰を目指す。
過去2回とは違い順調に歩き蛇谷ヶ峰に到着する。
前回歩いたコメカイ出合より地蔵峠へと直接至る道を避け、イクワタ峠経由で地蔵峠へと向かう。
二週間前に歩いた地蔵峠へ直接向かう道は、今の僕の足腰ではちと厳しかったからだ。
道が崩壊している処もあったし、トラロープが再三現れ、トラバースしなければならない処もあったからだ。
鎮座する地蔵様に手を合わせ家族の平穏無事を祈願し、地蔵峠より蛇谷ヶ峰へ向かう。
テープと踏み跡をしっかり追うと12月のように道に迷うこともなく、計画よりも30分早く蛇谷ヶ峰に到着する。
ところが、蛇谷ヶ峰から大野への下山路では2度ほどテープと踏み跡を見失い、上り返し後戻りして道を探す場面が生じた。
蛇谷ヶ峰は見晴らしが至極よく、春霞で霞んではいたが、眼下に琵琶湖が拡がり伊吹の峰が微かに見えていた。

雨に降られる心配のない快晴の天候ではあったが、いつもの如く、防寒着代わりの雨具とシャクヤクカンゾウトウをザック中に忍ばせ、
前回脚の酷いこむら返りで難儀をしたゆえ極めてゆっくりと歩く。
ゆっくりと歩き続けた結果、脚が攣ることはなくシャクヤクカンゾウトウにお世話になることもなかったが、
下山路は疲労困憊の態でその兆候が間違いなく生じていた。
「何でこんなしんどいことをやっているんだろうか」なんて考えつつ歩く。天候に恵まれTシャツ一枚で過ごす。
朽木栃生バス亭から少し歩くと、シャガが二週間前よりも更に繁茂していた。
その傍らにミヤマキケマンの数えられるくらいの黄花を見たがその後、花咲く野草に出合うことはなかった。
笹峠出合の道標を確認してから暫く後に、道沿い頭上で朱赤の色彩を放っていたヤマツツジは、
透き通るが如き若葉を抱き、その花弁と若葉の色彩の対比は至極妙麗であった。
イクワタ峠を過ぎて間も無く目に留まった樹木の無数の小さな黄花、枝先より総状花序が何本も垂れ下がっているのだが、その樹木の名称は分からない。

蛇谷ヶ峰から大野へと下山し始め、半時ぐらい経ったときに淡紅色の華やかなホンシャクナゲに出合う。
比良山系は予てより石楠花で名を馳せるが、今回の山行で開花するシャクナゲを見たのはこのときのみだ。
猪の馬場を通り過ぎて暫くで、知っているそれよりも淡い紅色のタニウツギが、
疲労困憊で歩く僕を鼓舞するかのように眼前に姿を現してくれた。
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イチイ(材で笏をつくる)

2018年05月14日 | 植物
2018年04月30日(月)
『イチイ』
<材で笏をつくる>
2008年9月17日、次女と二人で上高地から明神へと向かう時に出合った樹木だが、
名札が置かれていたので、この樹木の名称が[イチイ]であることが僕にも分かった。
[山と渓谷社・日本の樹木]に、
「材で笏をつくったことから一位の位にちなんでこの名がある」との記述があり、
笏とは、官位のある人が束帯を着るときに持つ薄く細長い板だ。
また「深山に生え、大きいものは高さ20㍍、直径2㍍になる」などの記述もあった。
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オランダガラシ(別名はクレソン)

2018年05月10日 | 植物
2018年04月28日(土)
『オランダガラシ』
<別名はクレソン>
この写真は、2010年05月05日に[私市駅~黒添池・往復]を走ったときのものです。
今この写真を見ているだけでは[オランダガラシ]だとは分からないのだが、
当時の山日記に僕は次のように記している。
「陽射しがたっぷりと射し込む尺治川沿いの水辺に白花のオランダガラシが群生していた。
図鑑には別名としてクレソンと記されていて、
花が咲く前の若葉のころが軟らかくて生食に適するとあった。
因みにオランダガラシは春の七草であるナズナと同じアブラナ科の仲間であり、
双方ともたいへんよく似ている。」と。
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ミヤマガマズミ(数多咲く小さな白い花)

2018年05月07日 | 植物
2018年04月25日(水)
『ミヤマガマズミ』
<数多咲く小さな白い花>
この写真は2011年4月30日、ほしだ園地におけるものだ。
僕の山野走記に
「やまびこ広場の片隅にミヤマガマズミも開花していたが、秋になればそこは赤い実で溢れるのだろう」
と記しているのだが、
この度、[山と渓谷社・日本の樹木]を読んでいて、
[ミヤマガマズミ]と[ガマズミ]の違いが分からない。
ただ、数多咲く小さな白い花の大きさに極めて僅かな違いがあるようなのだが。
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比良山系・朽木栃生~地蔵峠(蛇谷ヶ峰に嫌われる)

2018年05月03日 | 山野歩
ヒジキ滝
2018年04月22日(日)
『比良山系』
<朽木栃生~地蔵峠>
[コースタイム]
◆[朽木栃生バス亭]9:04→10:11[コメカイ道出合]→11:05[ヒジキ滝]11:08→11:30[コメカイ猪谷]→13:40[地蔵峠]→14:03[笹峠]→14:54[イクワタ峠]15:13→[コメカイ道出合]→16:58[朽木栃生バス亭]
<蛇谷ヶ峰に嫌われる>
昨年の12月10日の計画通りに歩き、
そのときに至ることが叶わなかった蛇谷ヶ峰頂を今日は間違いなく踏む心算であったが、
今回もまた、蛇谷ヶ峰に嫌われる結果となった。
その原因は僕の身体力不足と地蔵峠を見付けるのに時間を要したことだろう。
地蔵峠に至るまでに脚が攣り始め、シャクヤクカンゾウトウを一服呑み、樹木に身体を預け立ち尽くしていると治まってくれる。
次に攣ったのは、下山路に入ってからで朽木栃生バス亭へ向かう山中であった。
この時は、立っておれなくて、腰を下ろして足を投げ出し、シャクヤクカンゾウトウを一服呑み、
腰を下ろした儘、暫くの間、耐えていなければならないほどの痛みであった。
バスの時刻を気にしつつ至極ゆっくりと下山する。
コメカイ猪谷の道標を確認してから、時間は判然としないのだが暫くで、しっかりとした道に飛び出した。
直ぐに地蔵峠が見つかるものと思っていたがそうではなかった。
先ず上手に向かって歩くが地蔵峠も地蔵岳も見つからないので、仕方なく来た道を戻り、
蛇谷ヶ峰の方角に向かってかなり歩くが、その道は下るばかりで、蛇谷ヶ峰へと続く尾根から離れつつあるのが分かる。
再度上り返す、かなり上り返すと漸く地蔵峠の道標を見付ける。
右往左往する自身に厭きれてしまう。
この道標が蛇谷ヶ峰への分岐点で、蛇谷ヶ峰の文字を見ると蛇谷ヶ峰へ行きたいなとも思ったが、
僕の足腰ではバスの時刻に間に合わないに違いないと思い断念する。
下山には昨年二度歩いたイクワタ峠より朽木栃生への道を選択する。
入山時、前回と同じ道を歩くのは面白くないと考え、コメカイ道出合より直接地蔵峠に至る道を進む。
その道は、トラロープが設置してなければ僕には通過できないであろう処が数ヶ所あり、
トレッキングポールとトラロープを頼りに慎重に通過するが、途中、ポールが1本折れてしまうアクシデントがあった。
ヒジキ滝を過ぎた処だっただろうか、踏み跡が判然としなくて今日初めて、地図と磁石を取り出す。
それより直ぐにコメカイ猪谷という道標を見付け前進する。
入山間もない処にヤマブキとシャガが数多咲き、樹林帯中では足下にタチツボスミレを再三見掛ける。
コメカイ猪谷付近にミヤマカタバミとニリンソウが咲いていた。
極めて僅かではあったが開花する花達に出合えた嬉しい山行となった。
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