山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

くろんど園地(二人は仲の良い兄妹だ)

2015年10月26日 | 山野逍遥
2015年10月11日(日) 
『山野逍遥』
<くろんど園地>
[私市駅]10:00→10:30[月ノ輪滝]→11:05[すいれん池]→(鎖場)→11:20「櫓(昼食)」→13:00[管理棟(すいれん池横)]13:30→[月ノ輪滝]→15:10[私市駅]
◆所要時間:5時間10分
<二人は仲の良い兄妹だ>
朝方に雨音があったが出掛けるときには止んでいた。一日曇り空が続いたが降ることはなく、孫二人は、暑くもなく寒くもない秋の森中の散策を楽しんだ。
J太郎と森中を歩くのは半年振りであった。この三月で五歳になったJ太郎の、身軽で機敏な身体の動きを羨ましく見詰めていた僕の眼前を、こんどは走り始めた。下り道を駆け下りるので、転げるのではないかと心配したが不要であった。J太郎が走り始めると僕の身体力では敵わず、見る見るうちに距離が開いてしまい姿を見失う。なかでも、鎖の階段をひょいひょいひょいと登り切り、「先に家(櫓)に行っとく」と言って姿を消してしまった。K子はその鎖を掴みながら慎重に一歩一歩登る。三歳の時はJ太郎も、こんな感じだったのだろうと思いつつ、懸命に登るK子の背後に僕はぴったりとくっ付いた。K子と僕が櫓に到着すると、J太郎は既に櫓の二階に居た。
櫓上で昼食にした。我が娘達が小さい頃、家族で山野に行く機会が再三あった。そのころは、上さんが必ずお弁当を用意し持って出掛けたものだが、僕と孫との山野逍遥にお弁当を持って行くことはなく、コンビニでパンを購入して行くのが常だ。J太郎もK子もそれを当然の如く捉えている。二人のリュックサック中には、娘が持たせた子供達が好む菓子類が入っていた。僕としては内心可哀想な気もするが、娘も上さんも弁当を造ってやろうという気配さえもない。また、「くろんど園地」等の府民の森では、ガスコンロの使用を禁止しているゆえ、お茶すら沸かすことができない。残念だ。
二人は仲の良い兄妹だ。櫓上でも、すいれん池傍らの管理棟中でも、二人は終始戯れ僕がその中に入ることはない。「櫓」の狭い二階で昼食にして一頻り遊ぶ。この季節ゆえ生き物は少なくなっているのだが、キチョウやアサキマダラが飛翔し僕達の来訪を歓迎してくれた。時折風が吹いて、葉っぱやドングリの実が櫓の屋根に落ち、パラパラッ、コロコロッなどと音をたてる。足元にあったドングリの実にカサを被せたK子が「どんぐりの帽子」と言って僕に見せてくれた。蛇やリス等を形どった板が管理棟中の柱などに貼ってある。それを見つけたJ太郎は、もしかしたらそれを以前から知っているのかも知れないが、「リスや」「蛇がいてる」「蝶がいる」などと言って、棟中を探し廻った。K子は、楽しみにしていた絵本に出合えて、本棚から自分で絵本を取り出し眺め始めた。
今日、森中で出合った菊は、「ヤマシロギク」なのだろうか。それとも「シロヤマギク」なのだろうか。写真を撮って持ち帰り、植物図鑑を開いてみたが判別できない。黄色い小さな花は「コセンダングサ」なのだろう。
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裏六甲・百丈岩(面白くないがスクワット)

2015年10月21日 | 岩登り
2015年10月4日(日) 
『T山の会』
<百丈岩>
■参加者:安部ちゃん、梅安さん、最くん、聖子さん、ゆうさん
<面白くないがスクワット>
不動岩から百丈岩へと変更した最くんの真意は何処にあったのだろうか。道場駅前に居るときに、「不動は人が多そうだ」という言葉があったが、単にそれが理由だったのだろうか。しかしそれは横に置いておくとして、普段余り登ることがない百丈岩を選択したのは、結果的には僕にとって正解であった。
トップロープを二ヶ所セットするとき、「リードする?」と最くんが僕に尋ねたのだが、立っていて湿っている岩壁に、それも余り登った記憶がない岩壁に対して、我が現在の身体力では心許なさを感じ不安感を抱いた。その証拠に、どのピッチを攀じっているときであったのかは忘れたが、伸ばした脚に痙攣が生じ、手指にも痙攣が起こるという始末であったのだから。
最くんが2本トップロープをセットし、全員がその2本を登る。その後、左の岩壁へと移動し、1ピッチ目も最くんがリードし、2ピッチ目(Ⅱ級)は最後に登った僕にリードするよう最くんが指示を出した。最後の1本も最くんがリードしたのだが、然程傾斜がないその壁に僕は苦労する結果となった。
北野で談笑するときに、先日の北岳における我々の歩行速度がハイカーよりも遅いという苦言が最くんよりあった。それが我が会の現状でその是正が必要なことは明確なのだが、僕の身体を強化するには、「走るのは腰に悪いのではないか」「面白くないがスクワット」「72時間経つと運動効果が失せ、また一からの運動となる」という最くんの言葉が我が脳裏に残った。
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北岳(バットレスに挑みたい)

2015年10月12日 | 山野歩
2015年9月19日(土)~23日(水)
『T山の会』
<北岳>
■参加者:安部ちゃん、梅安さん、最くん、ゆうさん
<バットレスに挑みたい>
◆19日
甲府駅→「広河原山荘」天幕設営(16:30)、就寝(20:00)
◆20日
起床(6:00)・入山(7:45)→8:50「第一ベンチ」9:00→9:30「第二ベンチ」9:40→10:30「白根御池小屋」(天幕設営後偵察)12:30→13:30「大樺沢二俣」(トイレ有り)13:40→13:50「バットレス沢」→14:00「C&D沢」→15:35「白根御池小屋」(天幕)
◆21日
起床(3:00)(天幕)5:10→5:40「大樺沢二俣」5:50→7:20(梯子現れる)→7:54「八本歯のコル」→8:20「八本歯ノ頭」8:30→8:40「間ノ岳分岐」8:50→9:40「吊尾根分岐」9:50→10:10「北岳」10:40→11:15「北岳肩ノ小屋」11:25→「小太郎尾根分岐」12:00→(草すべり)→13:30「白根御池小屋」
◆22日
起床(6:00)「白根御池小屋」8:45→11:30「広河原山荘」天幕設営→(広河原園地・散策)→(天幕)
◆23日
起床(5:30)→「広河原バス停」

山行目的は「北岳バットレス」のクライミングであったのだが、リーダーである最くんの判断で中止となり、偵察と一般道からの北岳登頂、そして山野散策へと変化した。それは、僕達の練習不足と僕の体力不足が主たる理由で、最くんには誠に申し訳ない結果になったのだが、最くんの判断は正しかったに違いない。その決定がなされたときには、四尾根を三十数年振りに攀じることを楽しみにしていた僕の脳裏には、「残念」という言葉と「安堵」という言葉の、二つの言葉が表裏を成していた。
20日は「白根御池小屋」へとロープ等登攀用具を担ぎあげ、午後より、「バットレス沢」「C沢」「D沢」と、「中間尾根」の確認の為に空荷で往復しただけなのだが、天幕に戻った我が脚腰にはかなりの疲労が溜まり、天幕中で脚を曲げ続けているという姿勢が出来ず、何時こむら返りが起こっても不思議ではない状態が続いた。また、翌朝目覚めシュラフから抜けだそうとするときの我が腰の痛みは半端ではなかった。ところで、偵察のためD沢を上り始めた最くんの足取が俄かに軽くなりスピードが急に増したのは、最くんのクライマー魂が頭をもたげたからなのだろう。21日は、我が脚に痙攣が生じることなく、「八本歯のコル」より「北岳」へと登ることができたことは、僕にとって嬉しい大きな収穫となった。
21日早朝の大樺沢沿いの途、瞬時のことではあったが、雲が赤く染まったモルゲンロートを樹間より観賞し、「八本歯ノ頭」からは、雲海に浮かぶ清爽の気溢れる壮麗な富士山を拝むことができたことに感謝するばかりであった。八ヶ岳やオベリスク(鳳凰三山)、間ノ岳、農鳥岳も明確に望むことできた。また、僕達が「八本歯のコル」に居るときに、しっかりとした歩みで北岳方面より左俣コースへ下りて行かれる80歳代の御婦人の泰然とした姿は、僕にとって今後の指針の一つになるのかもしれない。
山の楽しみの一つに高山植物との出合いがある。僕の拙い知識では、出合った高山植物の名称を的確に挙げることは難しいが、広河原行きのバスが林道で二度停車して、「ホウオウシャジン」の開花する様子を我々に見せてくださったが、もし次回、その花を見る機会があっても、それが如何なるキキョウ科の花なのか、僕には判からないだろう。
6月から7月に掛けてなら、この山域では多くの高山植物を楽しむことができるのだろうが、今回の9月下旬の山では両手で数えられるくらいの花にしか出合わなかった。今回の山行で僕が気付いた数少ない開花していた花は、フジアザミ、ノコンギク、キタダケトリカブト、ハクサンフウロ、キツリフネ、ミヤマナデシコ、キタダケヨモギ、そしてセリ科の花くらいだったろうか。また、広河原キャンプ場にある1本の樹木に、「イタヤカエデ」という名札が付いていた。「イタヤカエデ」は、葉っぱの形状に特徴があって僕でも覚えられそうだ。樹木についても、知りたい覚えたいと嘗てより思っているのだが、それは不可能に近い。知ることができたなら、山野を歩くことが更に楽しくなるのは間違いがない。また、天幕中で最くんが話していた、木の実も含めて、食用となるキノコや山菜の学習もやってみたくなった。
最後に、もし可能なら、今回のメンバーでもう一度バットレスに挑みたいと思考する。
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