経済体制がグローバル化したことによって
具有された価値は相対化されるようになり
基準点を引き下げていく
経過を市場経済システムが
しきりに急がせている
コストカットが至上命題となり
あらゆるものの価値を
総体的に
最も低い価値が
決定づける
企業はコストダウンを市場から迫られ
生産基地として
より相応しい
潜在市場へと関心を向けかえる
50年代では
戦後復興期と重なった日本が
低廉な労働力の提供地となることによって
労働賃金の低さを武器に
精密な加工技術を生かすことにより
対米貿易で経済を賦活させるようになり
60年代に於ける高度経済成長期
へと国内景気を強く導き
国民所得を倍増させていきながら
ドルに対して低廉
な価値を保っていた円のもつ競争力で
国際経済の底上げ
に大きく寄与した
という経済史に残る
特筆すべき貢献を
マクロ経済へと刻み付けていた
原材料と生産設備等の供給を受け
安い労賃で生産コストを引き下げ
資本蓄積を先導するその役割を
日本のモノづくりの原点
となった家内手工業が果たしていた
アメリカからの資本財と生産財の提供
を前提とする
委託加工貿易
が
日本を
世界の生産基地
へと当時押し上げることとなった
そのプロセスは
現在
中国が果たしているのと
本質に於いて
異ならない
70年代に入ると
電気製品の組み立て
を地理的に近い外国である
韓国へと移す試みが実施され
海外工場での加工品が
日本と遜色のない生産レベルであったことから
陳腐化した生産財を韓国へと輸出し
日本より大幅に安い労働賃金で
段階的に
中間財を経て
最終製品の生産までを
海外市場で行わせる
という製造業の基本構造が
その時代に作られた
日本から海外生産へとシフトすることを
「逆」委託加工貿易と呼んでいる
アメリカの企業が
日本の安い労働力を使って
生産したものを
世界市場で販売することが
委託加工貿易であったのだから
その日本から
もっと低廉な労働賃金の国へ
生産工程を移すことは
日本からみれば
逆の委託加工貿易
という形となるからだ
それと同じことが
ほどなくして台湾でも起き
それが東南アジアへと伝播して
アジアNIES(新興工業国)を経て
ASEANを形成する新興市場を生み出した
中国がもつ市場の潜在性に世界が気づいたのは
80年代に入ってからのこと
それまで農業国に過ぎなかった中国を
世界の生産基地へと育て上げたのは
当初ドル資本と呼ばれていた
現在の国際金融資本たち
ドルは既に基軸通貨となっており
地下資源の決済通貨
として指定されるものとなっていた
石油が欲しければ
ドルを買って決済しなければならない
という条件がドルの需要を一際高めた
経済成長を期すためには
エネルギー需要が
滞りなく
満たされていなければならない
石油ショックを
二度引き起こした70年代
には
先進諸国が
主なエネルギー消費国
を構成していた
第一石油ショックの二年前
には
金本位制からアメリカが一方的に離脱した
ドルショック
へと踏み切っていたアメリカが
為替市場を変動相場制へとシフトさせ
それまで通貨安を享受してきた国の通貨は
短期間で大幅に切り上げられた
アメリカがドルの供給を怠れば
ドル安効果はたちまち消えてしまう
そこで需要に応じて
ドルの供給が間断なく行われ
国際経済は
ドルの需要水準を
安定化させておきたいアメリカと
経済成長を急ぎたい石油消費国との間で
ドルの需給を巡って
活発な駆け引きが行われ
ドルの世界市場に対する供給量は
増加の一途
を辿る展開を繰り広げるようになっていき
需要増が齎すドル高
に耐えかねたアメリカが
プラザ合意を急遽成立させて
G5の間で協調介入が一斉に実施された
ドル安政策を随時実施できる
便利な市場形成を図った米政府が
為替相場を金融資本に統御させることで
通貨交換を容易にする
現在の為替制度の枠組みが形成された
通貨政策はドルの供給元
である金融資本に
通貨交換の往復で莫大な利益を与え
ドル余り現象を世界各地へと生み落とした
過剰流動性の制御を兼ねた
資本の圧力で
世界市場をアメリカが制御できるよう
ドルの供給者である配下の金融資本
に働きかけて
強いドルと弱いドルとを
同時に使い分ける政策が
過剰流動性をより濃密なものにした
ドルの需要に対して
供給不足を演出すれば
それはドル高となる
需要以上にドルの供給量を増やせば
外貨の価値が上昇し
ドルの価値は相対化され
低くなる
調達した外貨を当該市場で運用すれば
投資効果が得られるだけでなく
過剰流動性を希釈する効果も得られる
円高はドル安政策の延長線上の出来事であり
それが日本にバブル経済を連れてきた
土地に対する投機が盛んに行われ
不動産に対する需要を俄かに高めたことで
金融資本はバブル経済の恩恵を
労せずして手に入れただけでなく
獲得した利益を
価値をひらすら高めつづけていた円で
反対に価値を意図的に貶めていた
ドルを買い戻す工程で
莫大な為替差益さえ手に入れていた
ドル安政策で円高を誘導し
投下した過剰流動性を消しながら
不動産バブルで大いに儲け
その利益を投資家へ増やして還元するために
高値誘導しておいた円を小刻みに売ることで
価値の下がっていたドルを
効率よく手に入れることを通じて
莫大な利益を市場から吸い上げる機関
へと変貌を遂げていた
その後
中国市場へと
世界中から資本が
余っているドルで
集中していくようになったことから
中国大陸では
人民元の需要が急速に高まっていき
ドル安元高が昂進し易い状況
が生み出されるようになっていた
そこで中国共産党政権は
元高圧力を回避する目的で
大量の人民元を供給して
ドルとの交換を円滑に行うようになり
その通貨交換の過程で
大量に手に入れた
基軸通貨のドルを活用し
人民元を追加発行するための根拠
としたばかりか
ドル建ての債権を大量に有する
世界最大の投資国
へとかつての鄙びた農業国
に過ぎなかった中国を
経済の枢軸国へと
瞬く間に押し上げた
国際金融資本が過剰流動性を希釈する目的で
中国を世界の生産基地
へと押し上げてきたということが
中国政府に大量のドル資産を与えることとなったのであり
海洋にまで気が回らなかったその頃の中国に
海軍力を増強させる経過を許す
莫大な資産を与える
想定外の効果さえ引き出させてしまったのだった
一連の経過はアメリカの都合と
グローバル経済を目指すドル経済圏
そして
農業国から脱して
先進工業国となることを目指す中国との間で
独善の結果として
引き起こしてきた相互間の変化
に過ぎない
70年代以降
一連の経過から学んできた金融資本が
対中投資を圧縮するよう反転し
既にバブル化していた中国経済は
二桁成長から
一桁成長へと市場拡大の規模を
大きく鈍化させるようになっている
グローバル経済というものは
コストダウンを目指して
いつの時代でも
世界各地をサスラう
BRICSの一角を占めていた中国が
AIIBを設立して
人民元に特殊な価値を付与することで
ドルの後を襲う通貨として
人民元を押し上げようと
あからさまに謀っている
だが
ドルの通貨価値が
人民元の価値の担保
となっている以上
ドルの通貨戦略が躓けば
人民元の価値も連動して落下する
ことになるのを
共産党政府はまだ
自覚していない
グローバル市場は
いつかどこかで
飽和する
その時
有効な対応を成し遂げた国がでてくれば
格差を増大させない
過去にない枠組みによる資本移動と
市場の育成を成長手段とする
持続可能な経済成長とが
安定した繁栄の礎となる
その状態の実現こそが
恒久平和を常態化して
環境負荷を低減させる
最も望ましい結果を引き出す
基礎となる
そこへと至るまでの間
国際経済はもう暫く
紆余曲折する道を
敢えて歩みつづけていなければならない
経験から正しく学ぶ
ことの重要性を
再発見するために
具有された価値は相対化されるようになり
基準点を引き下げていく
経過を市場経済システムが
しきりに急がせている
コストカットが至上命題となり
あらゆるものの価値を
総体的に
最も低い価値が
決定づける
企業はコストダウンを市場から迫られ
生産基地として
より相応しい
潜在市場へと関心を向けかえる
50年代では
戦後復興期と重なった日本が
低廉な労働力の提供地となることによって
労働賃金の低さを武器に
精密な加工技術を生かすことにより
対米貿易で経済を賦活させるようになり
60年代に於ける高度経済成長期
へと国内景気を強く導き
国民所得を倍増させていきながら
ドルに対して低廉
な価値を保っていた円のもつ競争力で
国際経済の底上げ
に大きく寄与した
という経済史に残る
特筆すべき貢献を
マクロ経済へと刻み付けていた
原材料と生産設備等の供給を受け
安い労賃で生産コストを引き下げ
資本蓄積を先導するその役割を
日本のモノづくりの原点
となった家内手工業が果たしていた
アメリカからの資本財と生産財の提供
を前提とする
委託加工貿易
が
日本を
世界の生産基地
へと当時押し上げることとなった
そのプロセスは
現在
中国が果たしているのと
本質に於いて
異ならない
70年代に入ると
電気製品の組み立て
を地理的に近い外国である
韓国へと移す試みが実施され
海外工場での加工品が
日本と遜色のない生産レベルであったことから
陳腐化した生産財を韓国へと輸出し
日本より大幅に安い労働賃金で
段階的に
中間財を経て
最終製品の生産までを
海外市場で行わせる
という製造業の基本構造が
その時代に作られた
日本から海外生産へとシフトすることを
「逆」委託加工貿易と呼んでいる
アメリカの企業が
日本の安い労働力を使って
生産したものを
世界市場で販売することが
委託加工貿易であったのだから
その日本から
もっと低廉な労働賃金の国へ
生産工程を移すことは
日本からみれば
逆の委託加工貿易
という形となるからだ
それと同じことが
ほどなくして台湾でも起き
それが東南アジアへと伝播して
アジアNIES(新興工業国)を経て
ASEANを形成する新興市場を生み出した
中国がもつ市場の潜在性に世界が気づいたのは
80年代に入ってからのこと
それまで農業国に過ぎなかった中国を
世界の生産基地へと育て上げたのは
当初ドル資本と呼ばれていた
現在の国際金融資本たち
ドルは既に基軸通貨となっており
地下資源の決済通貨
として指定されるものとなっていた
石油が欲しければ
ドルを買って決済しなければならない
という条件がドルの需要を一際高めた
経済成長を期すためには
エネルギー需要が
滞りなく
満たされていなければならない
石油ショックを
二度引き起こした70年代
には
先進諸国が
主なエネルギー消費国
を構成していた
第一石油ショックの二年前
には
金本位制からアメリカが一方的に離脱した
ドルショック
へと踏み切っていたアメリカが
為替市場を変動相場制へとシフトさせ
それまで通貨安を享受してきた国の通貨は
短期間で大幅に切り上げられた
アメリカがドルの供給を怠れば
ドル安効果はたちまち消えてしまう
そこで需要に応じて
ドルの供給が間断なく行われ
国際経済は
ドルの需要水準を
安定化させておきたいアメリカと
経済成長を急ぎたい石油消費国との間で
ドルの需給を巡って
活発な駆け引きが行われ
ドルの世界市場に対する供給量は
増加の一途
を辿る展開を繰り広げるようになっていき
需要増が齎すドル高
に耐えかねたアメリカが
プラザ合意を急遽成立させて
G5の間で協調介入が一斉に実施された
ドル安政策を随時実施できる
便利な市場形成を図った米政府が
為替相場を金融資本に統御させることで
通貨交換を容易にする
現在の為替制度の枠組みが形成された
通貨政策はドルの供給元
である金融資本に
通貨交換の往復で莫大な利益を与え
ドル余り現象を世界各地へと生み落とした
過剰流動性の制御を兼ねた
資本の圧力で
世界市場をアメリカが制御できるよう
ドルの供給者である配下の金融資本
に働きかけて
強いドルと弱いドルとを
同時に使い分ける政策が
過剰流動性をより濃密なものにした
ドルの需要に対して
供給不足を演出すれば
それはドル高となる
需要以上にドルの供給量を増やせば
外貨の価値が上昇し
ドルの価値は相対化され
低くなる
調達した外貨を当該市場で運用すれば
投資効果が得られるだけでなく
過剰流動性を希釈する効果も得られる
円高はドル安政策の延長線上の出来事であり
それが日本にバブル経済を連れてきた
土地に対する投機が盛んに行われ
不動産に対する需要を俄かに高めたことで
金融資本はバブル経済の恩恵を
労せずして手に入れただけでなく
獲得した利益を
価値をひらすら高めつづけていた円で
反対に価値を意図的に貶めていた
ドルを買い戻す工程で
莫大な為替差益さえ手に入れていた
ドル安政策で円高を誘導し
投下した過剰流動性を消しながら
不動産バブルで大いに儲け
その利益を投資家へ増やして還元するために
高値誘導しておいた円を小刻みに売ることで
価値の下がっていたドルを
効率よく手に入れることを通じて
莫大な利益を市場から吸い上げる機関
へと変貌を遂げていた
その後
中国市場へと
世界中から資本が
余っているドルで
集中していくようになったことから
中国大陸では
人民元の需要が急速に高まっていき
ドル安元高が昂進し易い状況
が生み出されるようになっていた
そこで中国共産党政権は
元高圧力を回避する目的で
大量の人民元を供給して
ドルとの交換を円滑に行うようになり
その通貨交換の過程で
大量に手に入れた
基軸通貨のドルを活用し
人民元を追加発行するための根拠
としたばかりか
ドル建ての債権を大量に有する
世界最大の投資国
へとかつての鄙びた農業国
に過ぎなかった中国を
経済の枢軸国へと
瞬く間に押し上げた
国際金融資本が過剰流動性を希釈する目的で
中国を世界の生産基地
へと押し上げてきたということが
中国政府に大量のドル資産を与えることとなったのであり
海洋にまで気が回らなかったその頃の中国に
海軍力を増強させる経過を許す
莫大な資産を与える
想定外の効果さえ引き出させてしまったのだった
一連の経過はアメリカの都合と
グローバル経済を目指すドル経済圏
そして
農業国から脱して
先進工業国となることを目指す中国との間で
独善の結果として
引き起こしてきた相互間の変化
に過ぎない
70年代以降
一連の経過から学んできた金融資本が
対中投資を圧縮するよう反転し
既にバブル化していた中国経済は
二桁成長から
一桁成長へと市場拡大の規模を
大きく鈍化させるようになっている
グローバル経済というものは
コストダウンを目指して
いつの時代でも
世界各地をサスラう
BRICSの一角を占めていた中国が
AIIBを設立して
人民元に特殊な価値を付与することで
ドルの後を襲う通貨として
人民元を押し上げようと
あからさまに謀っている
だが
ドルの通貨価値が
人民元の価値の担保
となっている以上
ドルの通貨戦略が躓けば
人民元の価値も連動して落下する
ことになるのを
共産党政府はまだ
自覚していない
グローバル市場は
いつかどこかで
飽和する
その時
有効な対応を成し遂げた国がでてくれば
格差を増大させない
過去にない枠組みによる資本移動と
市場の育成を成長手段とする
持続可能な経済成長とが
安定した繁栄の礎となる
その状態の実現こそが
恒久平和を常態化して
環境負荷を低減させる
最も望ましい結果を引き出す
基礎となる
そこへと至るまでの間
国際経済はもう暫く
紆余曲折する道を
敢えて歩みつづけていなければならない
経験から正しく学ぶ
ことの重要性を
再発見するために