連日の日本列島猛暑は留まるところが無い。
京都では40゜C直前を記録した。
この夏は一体どうなるのか、恐怖すら覚える。
そんな中、我が家の断捨離は継続している。
「なんアラ」に関するものも、続々と出てきた。
「なんアラ」創刊号は2004年10月である。
でも出てきたのは、2001年のCDである。
それは、まだ「なんアラ」の言葉すら誕生していない、正しく「なんアラ」創世記時代の懐かしいCDなのである。
前日に"寺子屋小田原南"の保護者のお一人であり、「なんアラ」創刊号・通巻2号のイラスト描画願ったRKさんとキャッチボールをしていた時期で有ったことを思い出した。
こんな時代を経て、「なんアラ」が誕生したのだなあと、懐かしく思った。
細かくて、良く読めないとは思うが、当時130ものエッセイの卵が有ったことが分かる。
この中で、どれだけのアイデアがエッセイになっているかと、見てみると、まだ数個しか無いことが分かった。
20年近く前に考えた内容が、今でも新鮮で使えることが分かって、ちょつとショックでもある。
なぜなら、20年近く進歩していないとも言えるからである。
京都では40゜C直前を記録した。
この夏は一体どうなるのか、恐怖すら覚える。
そんな中、我が家の断捨離は継続している。
「なんアラ」に関するものも、続々と出てきた。
「なんアラ」創刊号は2004年10月である。
でも出てきたのは、2001年のCDである。
それは、まだ「なんアラ」の言葉すら誕生していない、正しく「なんアラ」創世記時代の懐かしいCDなのである。
前日に"寺子屋小田原南"の保護者のお一人であり、「なんアラ」創刊号・通巻2号のイラスト描画願ったRKさんとキャッチボールをしていた時期で有ったことを思い出した。
こんな時代を経て、「なんアラ」が誕生したのだなあと、懐かしく思った。
細かくて、良く読めないとは思うが、当時130ものエッセイの卵が有ったことが分かる。
この中で、どれだけのアイデアがエッセイになっているかと、見てみると、まだ数個しか無いことが分かった。
20年近く前に考えた内容が、今でも新鮮で使えることが分かって、ちょつとショックでもある。
なぜなら、20年近く進歩していないとも言えるからである。
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