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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「宮島、管弦祭」

2008年07月20日 | 季節の移ろいの中で
旧暦の6月17日にあたる昨日、岩国から最も近い距離にある世界文化遺産「宮島」で管絃祭が、古式ゆかしく執り行われた。

小学校の高学年になって、初めて父親に連れて行ってもらった。ごった返す人混みに揉まれ、はぐれないよう父親の手を握りしめてあちこち歩きまわった。どさくさに紛れて、欲しかったハーモニカの高級品を買ってもらった印象深いお祭りでもある。

管絃祭は、大阪天満の天神祭、松江のホーランエンヤと並ぶ日本三大船神事に数えられ、宮島に祭られる厳島(いつくしま)神社最大の神事とされている。

その昔、平清盛が、当時京の都で盛んに演じられていた「管絃の遊び」を宮島に移して、船上で行ったのが始まりとされている。潮の干満や月の美しさといった気象条件を考慮して、旧暦の6月17日に催される。

夕刻になると、厳島神社の御祭神の鳳れん(神様の乗る御輿)を乗せた御座船が笛や太鼓などを奏でながら、3艘の漕ぎ船に引かれて対岸の地御前(じごぜん)神社に向かい、祭礼を済ませ、長浜神社、大元神社で管絃楽を奏し、深夜に厳島神社に帰る。

その間、歴史や物語を秘めた漕ぎ船と御座船が、厳島神社の客神社と回廊の間の桝形と呼ばれる海面を豪快に3周するのが、管絃祭のクライマックスとされている。

江戸時代から管絃祭を中心に夏の祭礼市が開かれ、大漁旗をひるがえした漁船が瀬戸内海や九州から数百隻も集まり、満月に近い月明かりの下、幻想的な平安絵巻が繰り広げられていた。今では、当時の賑わいはないが、漁の安全祈願を込めた漁船が大漁旗で御座船を取り巻き護衛船団を組む勇壮な姿は健在である。
(参考文献:中国新聞社刊「宮島を楽しむ」)

我が住む町にある名勝「錦帯橋」も世界文化遺産登録への申請中である。
近くにあるこのような素晴らしい景勝地「宮島」と共に、多くの観光客に足を運んでもらえたらいいな、という願いを込めて岩国の片田舎から、世界に発信。

この際、燃料費高騰による休漁問題は、海上の勇壮絵巻に水を差すので、先送りとさせていただこう。

    (写真:宮島管絃祭、勇壮絵巻)




コメント (2)
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