彦根城博物館@彦根市金亀町
天守閣から入場口に戻ると、その脇に「彦根城博物館」が在る。
彦根城と共通の入場券を買えば両方を観られる。
パンフレットに拠れば、博物館は江戸時代までに彦根藩の政庁を司っていた表御殿を再建し、彦根市の市政50周年を記念して1987年2月に開館した。
表御殿を復元するにあたっては、発掘調査、絵図、明治時代初期の写真を参考ににし博物館としての機能も加味しながら復元した、とある。
鉄筋部分と木造部分で構成されているが、築後30近くを経て江戸時代の建造物の様に馴染んでいる。
井伊家に伝わった歴代の甲冑、刀剣小道具、美術工芸品、能や茶器、古文書の展示等が展示されている。
国宝『彦根屏風』が有名だが、毎年春に展示されるとのことだ。
表御殿の中央に占める能舞台は当時の唯一の遺構で、別の場所に移築されていたものを開館に合わせ再移築された。
藩主が日常生活をいとなんだ「奥向き」は、御座の間や茶室・庭園が復元されていたが見事なものだ。
特に、彦根藩井伊家13代直弼(1815-60)は、江戸時代後期の代表的な大名茶人として知られている。彦根藩を率いる藩主として、幕政を統括する大老として政治の表舞台で活躍するとともに、茶の湯の研鑽に力を注ぎ、茶書の執筆や茶会の開催、弟子の育成、茶道具の制作などを精力的に行った。
直弼は、利休と石州をはじめとする先人の思想を丹念に紐解きながら、自らの茶の湯を育んだ茶人として知られ、所蔵品も多い。
『一期一会』は直弼の著書『茶湯一会集』巻頭に「一期一会」と表現したことにより、同じく茶道の重要な精神とされる「独座観念」とともに四字熟語の形で広まった。と云われる。
「彦根城博物館」の建物・庭・収蔵品等々、お城と一体となった展示内容など、水戸は多くを学ばなければと感じた。
天守閣から入場口に戻ると、その脇に「彦根城博物館」が在る。
彦根城と共通の入場券を買えば両方を観られる。
パンフレットに拠れば、博物館は江戸時代までに彦根藩の政庁を司っていた表御殿を再建し、彦根市の市政50周年を記念して1987年2月に開館した。
表御殿を復元するにあたっては、発掘調査、絵図、明治時代初期の写真を参考ににし博物館としての機能も加味しながら復元した、とある。
鉄筋部分と木造部分で構成されているが、築後30近くを経て江戸時代の建造物の様に馴染んでいる。
井伊家に伝わった歴代の甲冑、刀剣小道具、美術工芸品、能や茶器、古文書の展示等が展示されている。
国宝『彦根屏風』が有名だが、毎年春に展示されるとのことだ。
表御殿の中央に占める能舞台は当時の唯一の遺構で、別の場所に移築されていたものを開館に合わせ再移築された。
藩主が日常生活をいとなんだ「奥向き」は、御座の間や茶室・庭園が復元されていたが見事なものだ。
特に、彦根藩井伊家13代直弼(1815-60)は、江戸時代後期の代表的な大名茶人として知られている。彦根藩を率いる藩主として、幕政を統括する大老として政治の表舞台で活躍するとともに、茶の湯の研鑽に力を注ぎ、茶書の執筆や茶会の開催、弟子の育成、茶道具の制作などを精力的に行った。
直弼は、利休と石州をはじめとする先人の思想を丹念に紐解きながら、自らの茶の湯を育んだ茶人として知られ、所蔵品も多い。
『一期一会』は直弼の著書『茶湯一会集』巻頭に「一期一会」と表現したことにより、同じく茶道の重要な精神とされる「独座観念」とともに四字熟語の形で広まった。と云われる。
「彦根城博物館」の建物・庭・収蔵品等々、お城と一体となった展示内容など、水戸は多くを学ばなければと感じた。