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「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

歴史を紡いだ茨城の先人 -岩上二郎、長久保赤水、菊池謙二郎、小野友五郎-

2024年05月12日 16時42分01秒 | 博物館
歴史を紡いだ茨城の先人 -岩上二郎、長久保赤水、菊池謙二郎、小野友五郎-
@茨城県立歴史館 2024年4月27日㈯~6月23日㈰




茨城県立歴史館は、昭和49年(1974)の開館から今年で50年目を迎えた。
県史編さん事業を通じて収集された史料の保存と活用を目的の一つとして設立され、文書館(アーカイブズ)と博物館の二つの役割を担っている。
本展は、収蔵する資料を活用したアーカイブズ展として企画された。
展示構成は 
第1章 歴史館設立の構想
第2章 公文書館と岩上二郎
第3章 日本地図の先駆者長久保赤水
第4章 水戸学研究に尽くした菊池謙二郎
第5章 臨海丸渡米の功労者小野友三郎



50年を経て植栽されたケヤキなども大木になった。



歴史館は文書館(アーカイブズ)と博物館の二つの役割を担っている。
「茨城県立博物館」という名称の方が分かりやすいと思っている。
(今さら、名称の変更は難しいかもしれないが)



開館記念式典(昭和49・1974年9月3日)
岩上二郎館長と後藤勤治副館長。
岩上二郎は参議院議員在任中の昭和53年(1978)に「公文書館法」を議員立法した。
岩上の構想を受けた後藤副館長がヨーロッパの類似施設の視察や研究を重ね具体化し実現した結果が歴史館として結実した。





設立の経緯を振り返るとともに、初代館長を務めた岩上二郎の「史料保存」にまつわる功績や人物像が紹介されている。
岩上妙子夫人も参議院議員を務めるなど二人三脚で活躍された。



「一橋徳川家記念室」の開室(1987年10月)
茨城県歴史館を代表する収蔵品が『御三卿』の一つとして高い格式を誇った一 橋徳川家の12代当主徳川宗敬氏から寄贈された総数約6,000件にのぼる伝世の美術品や文書、記録類。テーマ別に貴重な資料を順次公開している。このコレクションを見るために多くのリピータが訪れる。私もその一人で、毎回の展示が楽しみだ。







近年、新たに関係資料を収蔵した長久保赤水、菊池謙二郎、小野友五郎らに関する資料を展示。特に長久保赤水に関する資料は貴重だ。

土浦市立博物館@土浦市中央1-15-18

2024年04月21日 04時19分38秒 | 博物館
土浦市立博物館@土浦市中央1-15-18

土浦城址(亀城公園)に隣接する「土浦市立博物館」は1988(昭和63)年に土浦の歴史と文化について展示を行う施設として開館した。
土浦藩主の土屋家が所有していた国宝や重要文化財を含む刀剣類が主なる収蔵品。
それらを調査・研究・展示することを目的に開設された。
土浦は度々訪れながら、拝観するのは今回が初めて。







1階の「大名土屋家の文化」コーナーでは土屋家旧蔵の刀剣・茶道具を展示している。
今月の土屋家の刀剣は島田派と三河の刀を展示。





大名家だから、茶道具も重要なコレクション。

2階は「霞ヶ浦に育まれた人々のくらし」を総合テーマとして、より詳しく土浦の歴史と文化を紹介している。











2階は「霞ヶ浦に育まれた人々のくらし」を総合テーマとして、より詳しく土浦の歴史と文化を紹介している。
勿論、土屋家の館蔵品は2階にも展示されてある。
旧城址にという優れた立地と、土屋藩旧蔵品を展示する博物館は、目的がはっきり定まっている。建物を含め土浦市立博物館の立派さに感心した。

かねがね、水戸市立博物館の充実を願っている、土浦と比較して雲泥の差だ。
水戸市立博物館は1980年7月1日に開館したが、図書館と併設で単独館ではなかった。
歴史,芸術,民俗,産業,自然科学など広範囲の収集と研究は場所や学芸員を多く必要とするが、学芸室など研究管理部門は地下で展示空間は2階~4階に分散している。
両館を併設するには敷地や展示空間に当初から無理があった。
是正する方針で、何度か独立館建設の計画と敷地の選定もされたが、進展しないままだ。
財政上の課題も大きく、建設計画が難しいのは承知だが、水戸の歴史を知りたくて来水するお客様には不便をかけている。
建設後40年以上を経ているので図書館・博物館の整備は重要で大切だ、早急な検討が必要になっている。
現市長の長期にわたる在任は確実視された状況であり、その間に実行されんことを期待する

博物館でお花見を@東京国立博物館 2月20日(火)~4月7日(日)

2024年04月08日 08時34分28秒 | 博物館
博物館でお花見を@東京国立博物館
2月20日(火)~4月7日(日)










東京国立博物館は僕にとってのディズニーランドだ。
特別展を観なくとも本館・東洋館・法隆寺館の常設展示を見ているだけで一日が過ぎる。
正月二日は「博物館に初もうで 謹賀辰年―年の初めの龍づくし」から始まった。
春は「博物館でお花見を」(2月20日~4月7日)が楽しみ。
2月から3月にかけ雑事が多く、やっと会期終了間際の4月6日(土)に行くことになった。
水戸駅を発つ頃は小雨がぱらついたが、上野駅に到着する頃は雨も上がり花曇り。
公園口から公園にかけては花見の人たちでいっぱいだ。
博物館に向かう人は少ないが、東博に入れば建立900年特別展「中尊寺金色堂」(1月23日~4月14日)は長蛇の列だ。
中尊寺金色堂展も拝観したいところだが、パスして本館北側に広がる庭園の桜を観に。





開花時期の異なる約10種類の桜を堪能できるが、若緑の葉に白い花をつける「オオシマザクラ」が大好きで、隣の枝垂れ桜との対比も素晴らしい。
平成館の裏庭まで続く散策路に桜が咲き競う。











本館の各展示室では、絵画、陶磁器、きもの、工芸など、桜をモチーフにした日本美術の名品が展観されている。



一行書「花開万国春」池大雅



飛鳥山図



法隆寺館の前の池に映る桜も見事。



法隆寺館の飛鳥仏を拝観する。

本年も、展示室の美術品と庭で本物の桜の両方を楽しめる東博ならでのお花見を楽しむことが出来た。

馬の博物館@横浜市中区根岸台1-3 秋季特別展「戦国武士と馬」 会期:2023年10月7日~12月3日

2023年10月29日 22時14分48秒 | 博物館
馬の博物館@横浜市中区根岸台1-3
秋季特別展「戦国武士と馬」
会期:2023年10月7日~12月3日






馬の博物館は横浜市中区の根岸競馬記念公苑(根岸森林公園)の敷地内にある。競馬・馬事文化の関連資料を展示した博物館で、1977年にJRAにより開館した。
根岸競馬記念公苑は、1866年に誕生した横浜競馬場(日本初の本格的競馬場で1942年に幕を下ろすまで競馬が行われた)。
その歴史を今に伝える遺構が、根岸森林公園の跡地にあり、馬と人の長く深い歴史によって生み出された様々な文物を歴史、科学、美術など、さまざまな角度から紹介している。

茨城県美浦村のJRA(日本中央競馬会)美浦トレーニングセンター広報会館にも小さな展示室があるが、根岸は本格的な博物館ながら入館料100円と格安。
石川町で「baybike(ベイバイク)」をレンタルして港の見える丘公園から、地図も無しに、勘で走って来たが何とか到着できた。





訪問したのは10月12日だが、記している本日(10月29日)は秋の天皇賞開催日。府中の東京競馬場では令和初の“天覧”競馬で1番人気のイクイノックスが優勝で2連覇したが、天皇賞も当初は根岸競馬場で開催された。



秋季特別展「戦国武士と馬」
武士を「弓馬の士」、武芸を「弓馬の芸」と呼ぶように、武士が馬術と弓術を習得することは不可欠だった。





戦国時代以降は、需要の高まりに応じて馬具が大量に作られた時代でもあった。
華麗な装飾を施した観賞品から大量生産された規格品まで、多種多様な馬具が登場した。



中国の戦国時代の磚による馬のレリーフなど考古的な品も展示されてある。





この森の下の方までは行かなかったが、この先には旧根岸競馬場一等馬見所の一部が残っているようだ。
ここがそうかと思ったが、そうではないらしい。
横浜のホテル・ニューグランドや旧丸ビルなどを手掛けたアメリカ出身の建築家・J.H.モーガンが設計による。


足柄の仏像展 @神奈川県立歴史博物館 10月7日~11月26日

2023年10月27日 21時55分24秒 | 博物館
足柄の仏像展 @神奈川県立歴史博物館
10月7日~11月26日







足柄地域(神奈川県西部、西湘)に伝わる平安時代から鎌倉時代の約80件の仏像・神像・肖像彫刻・仮面を紹介する展覧会が神奈川県立歴史博物館で開催されている。
この地域の仏像は、長年地元の人々に大切に守り伝えられ、現在でも地域に密着した信仰のよりどころになっている。
そのため、通常は非公開や公開の日時が限られていることが多い。



万巻上人坐像 平安時代 箱根町・箱根神社 重要文化財



女神坐像 平安時代 箱根町・箱根神社 重要文化財



男神坐像 平安時代 箱根町・箱根神社 重要文化財



聖観音菩薩立像 平安時代 南足柄市・朝日観音堂 神奈川県指定文化財



北条時頼坐像 南北朝時代 大井町・最明寺



博物館の旧館部分は、明治37(1904)年に横浜正金銀行本店として建てられ、国の重要文化財に指定されている。



横浜の中心街の一つ「馬車道」に在るから気軽に入館できるのが嬉しい。

特別展「南方ノート」と「戦後日記」―大佛次郎が見た戦中・戦後 @大佛次郎記念館

2023年10月19日 13時25分15秒 | 博物館
特別展「南方ノート」と「戦後日記」―大佛次郎が見た戦中・戦後
@大佛次郎記念館






横浜を訪ねる際は港の見える丘公園の展望台に立ち、海を眺める。
南側に広がる花壇の奥の「大佛次郎記念館」とさらにその奥には「神奈川近代文学館」が在る。





本展は、2023年刊行の新著『南方ノート・戦後日記』の出版を記念する展覧会。この書籍は、6冊のノートに綴られた南方(現東南アジア諸国)視察中の日記(1943.11~1944.2)と、既刊『敗戦日記』に続く8冊の戦後日記(1946.3~1950.8)の内容を初めて活字化したもの。

大佛次郎は南方から帰国後、別の生き方が初まっているのである」(『敗戦日記』1944.10.9)と記し、南方体験が転機となったことを示唆している。
しかしながら、その南方での記録は、『帰郷』をはじめとする小説や随筆などで描写される以外、公開されなかった。

本展は、二つの「日記」の記述をたどることで、戦中の南方、敗戦直後の日本で大佛次郎が何を見、何を思ったのか、作家の視線とその思いにせまる。









検閲を経ない個人の「日記」だからこそ書ける当時の社会状況や、作家として、雑誌「苦楽」を世に送る出版人としての苦悩など、等身大の大佛次郎を通して激動の時代を紹介されている。(展覧会の解説などによる)



2階の優雅なサロンに腰掛けて公園や港の風景を眺められるのもこの記念館の良いところだ。

*第二次大戦中に生まれ、戦後の焼け野原で食べ物・着るものなど、全てがないない尽くしの時代に育ってきたが、それ以前のことに関しては全く知らない。
その後の高度成長の時代の一部を体験はしたが、今にして思えば一瞬の夢か幻だった。遡って、戦前を知ることが大切に思うが、接する機会は少ない。
今回の展覧会で、幾分かを知ることが出来た。
未完の大作「天皇の世紀」をはじめ、大佛次郎の作品を読まなくては思いつつ、なかなか実現しない。

日高朋子 創作人形展 カノン ~響きあう~ @常陽史料館「アートスポット」9月26日~11月12日

2023年10月18日 21時56分24秒 | 博物館
日高朋子 創作人形展 カノン ~響きあう~
@常陽史料館「アートスポット」9月26日~11月12日





常陽史料館で粘土・金属・木・和紙などさまざまな素材を使用して独自の女性像を制作する日高朋子さんの創作人形展。











大学在学中に見よう・見まねで、独学で創作を始めたというが、粘土・金属・木・和紙などさまざまな素材を使い、多彩な作品が並んでいる。
従来の「お人形さん」をイメージして見に行ったのだが、まるで異なったのは嬉しい誤算であった
「人形とは」と問いかけてくる。











パンフレットに『時代や国を超えて「今」を生きる女性たちのしなやかさや優しさを表現する』とあるが、40数点の作品はそれぞれの背景と物語がありそうだ。大人のための人形ともいえそう。



作家・日高朋子さんにお会い出来た。
自らがモデルではないかと思えるほどに美しい方だ。
短い時間ではあったが話を伺い「創作人形」と称する意味も理解できたように思う。





全国各地で個展を開かれているが、2020年には地元(日立市久慈町7-2-20)に「ギャラリー朋」を開設した。
常設展示とカフェの空間でレンタルスペースとして利用できるようだ。

日立にはJR日立駅海岸口徒歩5分の「三春とcafe miharu」もお気に入りの店だが、しばらくご無沙汰しており再訪したいと願っている。

市立博物館コレクション展 @水戸市立博物館 其の①

2023年07月27日 18時41分55秒 | 博物館
市立博物館コレクション展 @水戸市立博物館 其の①
2023年6月10日~2024年1月8日





水戸市立博物館は昭和55(1980)年に開館以来、40年以上にわたり水戸に関する自然・歴史・民俗・美術といった分野の資料を収集・保存し、展示や調査・研究に活用してきた。
水戸市民会館のオープン記念特別展示として「コレクション展」が開催されている。

第1期 江戸から近代へ 水戸の作家たちの軌跡(6月10日~8月27日)
立原杏所(1785-1840)、五百城文哉(1863-1906)、中村彝(1887-1924)、横山大観(1868-1958)など、江戸から近代までの時代を象徴する作家たちの絵画や彫刻などの作品を展示。

*博物館の3階の半分が会場なので、作品数は少ないが時代の流れを通観できるようには展示されてある。
しかし、収蔵品は沢山有るのだから4階を使った構成で、多くを拝見したかった。



鍾馗図 東皐心越(1639~1696)
江戸時代初期に中国から渡来した禅僧。
徳川光圀に迎えられ水戸天徳寺(後の祇園寺)の開山となる。
詩文,書画,七弦琴にすぐれた。



鷹図 萩谷遷喬(1779-1857)
林十江、立原杏所とともに水戸の三大画人とされる。
水戸藩士で下梅香に住し、奥右筆や書院番などを務めた。
花鳥画や人物画などを得意とし,30代半ばに立原杏所が江戸詰めになった後は9代藩主徳川斉昭の肖像画や弘道館の小襖絵,弘道館碑上部の龍のデザイン、偕楽園・好文亭内の板戸絵(これは戦災で焼失)など様々なことに拘った。
彰考館や弘道館で活躍した水戸藩士青山延于・延光親子など多くの水戸藩士と交流した。作家でありデレクターともいえる。



日光東照宮 陽明門と神輿舎 五百城 文哉(1863年 - 1906年)

水戸藩士の子として水戸に生まれた。
1878年(明治11年)から翌年まで母校である水戸上市小学校の教壇に立つ。
(*わが母校の水戸市立五軒小学校)
1884年(明治17年)農商務省山林局雇となり、高橋由一の門に入る。
1890年(明治23年)その後、農商務省を依願退職し、肖像画や風景画を描きながら新潟地方や、茨城、栃木など、各地を遊歴。
1892年(明治25年)日光に住み、植物や名所を描く。
日光での弟子には小杉放菴や福田たね等がいる。
1893年(明治26年)シカゴ万博に「日光東照宮陽明門」を出品。
1901年(明治34年)日光を訪れた牧野富太郎と植物採集をする。
東京山草会の結成に携わる。1906年(明治39年)日光にて没、44歳。
高山植物を中心とする、植物学的な知識に基づいた精緻な植物画を得意とした。また、武田久吉らと交遊し「日本高山植物写生図」をのこした。



水温む 横山大観(昭和29(1954)年・
展示期間:7月25日(火)~8月27日(日)

横山大観(1868年- 1958年)
水戸市下市出身の近代日本画壇の巨匠(巨匠と呼ぶのに似合う人物はざらにいない・今だもって取引されている量や金額は多いという)
今日「朦朧体」と呼ばれる、線描を抑えた独特の没線描法を確立した。

●築40年以上を経た博物館は、数年前に耐震工事が施されリニュアールが済んだが、照明を含めた展示空間までは手が届かなかった。
一方、新市民会館は巨費を投じて7月に開館した。
分相応の暮らしが持続可能な社会と思うが、コストに見合う運用がなされる施設のようには思えない。考えは人それぞれだから、評価は後の方々に任せる他にないが。
豊富でない市の財政を考慮すれば新たな博物館の計画は難しい。
しかし、何時までも中央図書館に付属した資料館的な博物館では歴史を誇る水戸と水戸を訪れる方々とっても良いことではない。

世界のカバン博物館@台東区駒形

2023年07月26日 00時14分03秒 | 博物館
世界のカバン博物館@台東区駒形





駒形橋から雷門に向かってぶらぶらと歩いていたらビルの入り口に「世界のカバン博物館」(入館無料)の表示があった。
1階の受付で訊くと博物館は7階とのことで、エレベーターで7階に。



入り口には皮で作った馬と馬具・乗馬靴などがお出迎え。
西洋では鞄の類は馬具屋さんがルーツということが多い。

各種カバンの製造・販売会社「エース株式会社」は新川柳作により、1940年(昭和15年)に大阪で「新川柳商店」としてスタートした。
1975年に創業者・新川柳作が、カバンを通じて世界の風土や歴史を紹介する施設を作りたいという思いから「世界のカバン館」を開設。
2010年の創業70周年の節目に「世界のカバン館」から「世界のカバン博物館」へと大幅にリニューアルした企業博物館だが、鞄の博物館は珍しいのでは。









大小様々、内外のバッグやスーツケースが展示されてある。



鰐皮(クロコダイル)は異様で迫力がある。



アントニオ猪木が使用したボストンバッグ。



三浦雄一郎がエベレスト登頂に使用したバッグなど、希少品も。

街中散歩の途中休憩を兼ねてこのような施設があるのも、観音様の街・革製品の街・浅草ならではですね。

茨城県立歴史館の大賀蓮が咲き始まった。

2023年06月29日 08時01分07秒 | 博物館
茨城県立歴史館の大賀蓮が咲き始まった。







昨年は葉も花も寂しく心配したが、今年は見事に復活した。
まだ数が少ないので、蓮の香りはしないようにも感じる。
これから暫くの間、楽しむことが出来るのは嬉しい。







花の寿命は3日間。
真夜中から咲き始め、朝5時から8時頃が満開で香りも強い。

歴史館の蓮は「大賀蓮」(日本の縄文時代の遺跡から発掘された種が原種)を植えたのが始まりだが、今は幾らか混雑しているとか。
古代人にとっても愛する花であったろう。





下草を刈った岸辺に白鷺が餌をついばんでいた。

●大賀ハス(オオガハス)
昭和26年(1951)、千葉市検見川(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の落合遺跡で発掘された、2000年以上前のハスの実から発芽・開花したハス(古代ハス)。
植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎(当時・関東学院大学非常勤講師)が発掘された蓮の種を発芽させたことから「大賀蓮」と呼ばれる。
この古代ハスは、昭和29年(1954)年6月8日に「検見川の大賀蓮」として千葉県の天然記念物に指定された。
日本各地はもとより、世界各国へ根分けされ、友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っている。

「鹿島と香取」展 @ 茨城県立歴史館

2023年03月08日 11時30分53秒 | 博物館
「鹿島と香取」展 @ 茨城県立歴史館
2023年2月17日~ 5月07日
会期は1期(3月21日まで)と2期(4月8日〜5月7日)に分かれる。
(一部展示替えがあり、国宝の「拵」は1期のみの展示。)
両神宮が所蔵する宝物や歴史館所蔵の関連資料を中心に、約160点を展示。










茨城県と千葉県の境界に広がる水郷地域は、中世以前には「香取海」と呼ばれる内海により、近世以降には利根川により常陸国と下総国、あるいは茨城県と千葉県に分かれていた。



 しかし、国や県を異にしながらも、この地域は内海・利根川の沿岸社会としてひとつの文化的空間を形成していた。

内海沿いに鹿島・香取の神宮、貝塚、遺跡、古墳、廃寺など太古の昔から様々な営みが行われていた。陸平貝塚、龍角寺跡など訪ねた思い出の地の位置関係がよく分かる。阿玉台貝塚などこれから訪ねたいところも記されてある。



埴輪(南羽鳥正福寺1号墳)古墳時代・6世紀 成田市下総歴史民俗資料館
内海に面していた当地域では、縄文時代には狩猟・採取や塩つくりが行われており、古墳時代には神を祀っていた。
埴輪や古代の祭祀遺跡からの出土資料などから、鹿島神宮・香取神宮が創建される以前のこの地の様子。


第2章 二つの神宮
鹿島神宮と香取神宮は、ともに古代において神宮と称され、伊勢神宮とならぶ社格をもっていた。また、内海を挟み近在したことから、様々な共通性が見られる。



国宝 直刀・黒漆平文太刀拵(奈良~平安時代・8~9世紀)
鹿島神宮【直刀:通期展示、拵:Ⅰ期展示



国宝 海獣葡萄鏡(唐または奈良時代・7~8世紀 香取神宮
※出陳は複製品【通期展示】



高瀬船模型 千葉県立関宿城博物館【通期展示】

利根川の水運と文化
大水上山を水源とする利根川は、中世までは現在の東京湾へと流れていたが、17世紀になるとその下流が銚子へと遷された。
この水路の変化により、江戸と鹿島・香取間における利根川の水運を利用した人や物の移動が盛んに行われるようになった。



神宮寺経塚出土資料 平安時代【Ⅰ期展示】

鹿島・香取地域の特徴を反映した古墳出土資料や板碑などの石造物、両神宮における神仏習合の様相が見られる仏教美術、鹿島の武甕槌神を主要モチーフとした鯰絵、水郷の移り変わりを記録した行政文書などから、この地域に展開した歴史や文化の諸相を探る。

昨年、友人たちと鹿島・香取の二社巡りをした。
鹿島神宮の広大な敷地と神宮の杜、要石など社格では鹿島が勝るが、香取はコンパクトながら高低差の変化や黒塗りの社殿、交通の便、参道の賑わいなど、香取に軍配が上がる。茨城県民としては誠に残念に思った。
今回の展覧会により多くの方々が鹿島に詣でられることを願う。

「不思議ワールド うつろ舟」展 @常陽史料館(水戸市備前町)

2023年01月26日 10時04分04秒 | 博物館
「不思議ワールド うつろ舟」展 @常陽史料館(水戸市備前町)
 2023年1月24日~3月19日






(地下への階段の踊り場に、彫刻家・北沢努さん制作の「うつろ舟」)

常陽史料館(水戸市備前町6-71)で「不思議ワールド うつろ舟」と題する展覧会が始まった。
「虚舟(うつろぶね)」他に「空穂舟(うつぼぶね)」とも呼ばれる架空の舟の民族伝承で、日本各地の民俗伝承に登場する。
最も広く知られるのが常陸国(現在の茨城県)に漂着したとされるものらしいが、このようなUFO話を見聞きしたことが無かったので興味津々。
本展はこの不思議な話を文献資料で紹介している。





彫刻家・北沢努さん(水戸在住)、陶芸家・田崎太郎さん(笠間市在住)や水戸芸術館の案内スタッフ (ATM フェイス)の「Face Labふぇいす・らぼ」による手作りアクセサリーなどが展示など、それぞれの空想・妄想の世界が拡大する楽しい展覧会。





「Face Labふぇいす・らぼ」による手作りアクセサリー作品や浜辺で拾い集めた貝殻など。



陶芸家・田崎太郎さん制作の「うつろ船」



養蚕信仰を伝える「金色姫伝説」の金色姫と特徴が酷似する女性が描かれた「水戸文書」



『兎園小說』(昭和女子大学図書館藏)
「南総里見八犬伝」で知られる読本作家の滝沢馬琴らが書いた奇談集「兎園小説」、11巻に「虚舟の蛮女」を収録。
鹿島神宮(鹿嶋市)の大宮司家が収集し、1987年に鹿島神宮から昭和女子大学図書館(東京都)に他の史料と移管されていた。



錦絵 「養蚕守護神衣襲明神真影」(神栖市歴史民俗資料館蔵)
神栖市には天竺(インド)の姫が流れ着き、養蚕技術をモたらしたという「金色姫伝説」も伝えられる。

*「うつろ舟」研究の第一人者で岐阜大名誉教授の田中嘉津夫氏のインタビュー映像も会場で放映されている。

水戸徳川家名宝展 ―花鳥風月―」(其の2)@水戸徳川ミュージアム

2023年01月19日 21時01分42秒 | 博物館
水戸徳川家名宝展 ―花鳥風月―」(其の2)@水戸徳川ミュージアム



香之覚 徳川家康筆
上段は薫物に用いる練香 「千年菊方」の調製のための覚書き。

沈香、丁子、甲香、麝香などの香料を調合する 次第が記されている。
下段は香木に貼る香札を貼りこんである。
いずれも家康の自筆で、下段中央の香札には「東大寺」と書かれている。
これは蘭奢待の異名で、家康が蘭奢待を所持していたといわれる一つの根拠である。(水戸徳川家伝来の銘香壺には、家康御譲りの蘭奢待も納められている。)



三幅対  円山応挙筆
円山応挙 (1733-95)は現在の京都府生まれの江戸後期の絵師。
写実的な画風で知られ、現在も続く円山派 の祖。
6代治保の遺愛の品として伝来した。
㊨ 猫見鼠之図両欲執之図
障子越しに影を浮かべる鼠、それを捕らえようと睨みを きかせている猫。
㊥ 花籠牡丹蝶舞遊之図
花籠に紅白色鮮やかな牡丹が生けられ、そこに蝶が舞遊 する様子を描く。
㊧鶏家鴨卵雛貝水中遊驚図
鴨の雛が悠々と泳ぐ姿、それに驚き注視する一対の鶏。





赤楽茶碗  銘 「かすみ」  2代 光圀作  (江戸時代 17世紀)
光圀自作の赤楽茶碗で高台脇に光圀の花押が記されている。
淡い赤みの釉薬がかかった本品は「かすみ」と名付けられている。
現在確認されている茶碗の 中で光圀の自作の茶碗は本品のみ。





軍扇 梅松図 徳川家康所用
片面は青字に銀の日の丸を中央に描かれ、もう片方の面は赤地に金の日の丸、 梅と松を配している。
骨は10本あり、表裏 のコントラストが美しい軍扇。
家康の御譲り品として水戸徳川家に伝 わった軍扇は、本品を含めて4点。





采配(さいはい)徳川家康所用 桃山 江戸時代 (16-17 世紀)
采配は戦場で軍勢の指揮に用いられる武道具。
銀箔を捺した厚紙を細かく切った房、朱漆塗八角の柄には酢漿文 (カタバミ科の多年草を模ったハート形の文様)の金具と唐草文様の金銀象嵌が施されている。
家康の遺品として水戸徳川家初代頼房が受け継いだ品。



太刀 銘 「児手柏」  包永(かねなが)作
「太刀 児手柏」は水戸徳川家伝来の刀剣のなかで、宝刀の第一番目に記載されており、水戸徳川家の最も重要な刀で あった。



武庫刀纂總目錄 全23巻の卷之一 寶刀「兒手柏」

鎌倉時代の大和国(現在の奈良県)の手掻派 の刀工・包永作の太刀。
表は乱刃、裏は直刃 の珍しい刀剣で知られており、表裏の刃文が 異なる刀剣を児手柏と称するのはこの太刀 に由来する。
包永の銘を残して磨り上げ (刀剣の長さを詰めること)られた。
裏面に天正2年(1573) 銘。長69.6cm・反り2. 4cm

*水戸 家の当主の印として金扇馬標、日の丸軍 ともにこの太刀を受け継いできた、しかし大正12年(1923) 9月1日の関東大震災 で小梅邸において被災した。

「水戸徳川家名宝展 ―花鳥風月―」(其の1)@水戸徳川ミュージアム

2023年01月15日 16時02分14秒 | 博物館
「水戸徳川家名宝展 ―花鳥風月―」(其の1)@水戸徳川ミュージアム







2023年のNHKの大河ドラマ 「どうする家康」に因んで水戸徳川ミュージアでは水戸徳川家に伝来した家康の遺品(48点が重 要文化財に指定されている)など「水戸徳川家名宝展 ―花鳥風月―」展が開催されている。



碁盤(銘 舞葡萄)徳川家康所用
豊臣秀吉が愛用し、 徳川家康との対局にも使用したと 伝えられる碁盤である。
「舞葡萄」の銘が示すように、 盤面に浮き出た葡萄の房のような模様が美しい。 材質は榧の根でたっぷりとした厚み、太くて短い脚が桃山時代の様式を伝えている。「駿府御譲品」として水戸徳川家初代・頼房 が譲り受けた。

四字一行書 「花鳥風月」徳川家康筆
徳川家康の直筆の書、 水戸徳川家に伝来した。
薄く具引した素紙に四字一行 「花鳥風月」と書した。
手習い作と みられているが、本書と同様のものが将軍家にも伝来している。
武人でありながら茶人のような風雅さがある。
今回の展覧会のタイトルに引用されている。



金小札緋緘具足 徳川家康所用
水戸徳川家に家康の御譲品「代々様御譲 「緋威具足」 明珍信家作の 具足。

六十二間筋兜、 前正中に「神武不殺」の文字が金象嵌され、鍬形に青龍の前立、靴は五段下り、鉢裏に「享禄四年辛卯二月吉日 明珍(花押) 」の銘がある。
胴は二枚胴、草摺は七間五段下り、籠手には梨子地雷龍文蒔絵、臑当には梨子地雲鯱文蒔絵が施さ れている。
征夷大将軍らしい金色の華麗な具足。



「紫羽二重地桐紋繡取羽織」(重要文化財)
表裏ともに紫羽二重、中綿入り。前後5箇所に変わり桐紋が金・ もえぎ 萌黄・白など6色の色糸で繍い取ってある。
鎧の上から羽織るため普通の袖よりも広めに、1か月限定展示。
ほかの服飾類と合わせて48点が重 要文化財に指定されている。





白天鵞絨地陣羽織(重要文化財)
元和2年(1616) 徳川家康が薨じた際、御三家を中心に分与された遺品の「駿府御分物」



印籠3件
「水戸黄門漫遊記」により印籠は日広く知られるが、印籠は古くは印や印肉を入れる携帯用の容器であったが、江戸時代には薬類を 入れるようになった。
印籠の左右の紐穴に緒と称される紐を通し緒・根付と称される部分を付けて、帯にはさんで使用した。
㊧楽器蒔絵印籠 (徳川家康所用)
雅楽の装束や楽器が蒔絵された優美な印籠。
水晶の飄型根付が付属している。

㊥黒地葵紋金蒔絵印籠 (2代 光圀所用)
黒地に家紋を金蒔絵した最高の格式の印籠。

㊨黒地岩木犀蒔絵印籠(所用者不明だが歴代の藩主の何方かであろう)
岩上に立つ木犀を蒔絵にした印籠。
象牙に菊花が透彫された根付が付属している。



太刀 ・銘 備前口村 (号 八丁念仏) 刃長 79.7cm
作者については未詳。銘の切り方から平安時代の作、古備前の刀と考えられている。 細身の姿が美しい太刀。
八丁念仏の銘は、切られた人が八丁 (約 900 メートル) ほど念仏を唱えて歩いて、そこで息が絶えたという由来から命名されたと考え られる。

*大正12年(1923)9月1日、関東大震災で被災し光を失ってしまった水戸徳川家伝来の「享保名物帳」に記載される「名物」と呼ばれ、168振の名刀を所持していたことでも知られている。
その中にはオンラインゲーム「刀剣乱舞」によって広く知られるようになった
「燭台切光忠」と新たに加わったのが「八丁念仏」。

「石の百年館」@笠間市稲田2307

2022年12月10日 21時55分44秒 | 博物館
「石の百年館」@笠間市稲田2307





JR稲田駅の隣の「石の百年館」は御影石の産地として100年以上にわたって築き上げた採石の歴史を広く後世に伝え、未来に向けて100年先の発展につなげたい。という願いを込めて2014年に開設された。
印象的な外壁は、結城紬にも見られる日本伝統の「杉綾文様」でデザインされ、稲田石の加工技術の高さを物語っている。







貴重な鉱物標本展示し、稲田石の特徴や生成される過程を分かりやすく解説してある。











小さな施設だが「稲田花崗岩とともに生まれたいろいろな石」をテーマ石の岩盤の割れで結晶化した水晶など大型でユニークな標本や鉱物の美しさの多様さを知った。
水戸から30分足らずの笠間は多くの魅力を秘めている。
単独で時には仲間達と、度々訪れるが飽きることがない。