プラド美術館 スペインうたたね紀行 ⑲
今回の旅の大きな目的がプラド美術館とソフィア王妃芸術センターに行くこと。
バルセロナのサグラダ・ファミリアを観ることに始まったスペインの旅のフィナーレだ。
もっとも、作家の沢木耕太郎は『深夜特急』1992年(新潮文庫)第17章で、
『フランスのマルセーユからスペインのマドリードまで一気に駆け抜けてきた。バルセロナに1泊し、バレンシアにも1泊しただけで、マルセーユから3っ日目にはマドリードに到達してしまった。
夕方、バスで街に着き、安宿を見つけ、近所のレストランで簡単な食事をすると、もう眠くなってしまう。そして朝起きると、何をそんなに急いているのか自分でも分からないまま、市場でパンとハムとオレンジといった食料を買い込み、その日のうちに次の街に向うバスに乗り込んでいたのだ。バルセロナに1日しかいなかったというと、バレンシアの安宿で出会ったアメリカ人の女性に、なんともったいないことを、と哀れみように言われた。多分、その通りなのだろう。しかし、私にはガウディやピカソより大事なものがあるような気がしたのだ。』とある。
北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』(1960年)や小田実『何でも見てやろう』(1961年)
は海外旅行が珍しかった時代の紀行文。
タイプは異なるが、若さ、知性、とバイタリティーにみちた旅の記録。
自分もその様な旅をしたいと憧れた。
それから約30年、沢木耕太郎の『深夜特急』もその系譜だと思う。
帰る時があらかじめ決めらていない、のが本来の旅。
その点で、僕は旅をした事がないとも言えるし、見知らぬ異国を見聞したことは無意味ではないから、旅だった。
と、言っても良いのだろうけれど。
外国に出かけると「旅とはなにか」を考えたり「日本と外国」とか「自分が目指すもの」など、何かと考えることが多い。
今回の旅の大きな目的がプラド美術館とソフィア王妃芸術センターに行くこと。
バルセロナのサグラダ・ファミリアを観ることに始まったスペインの旅のフィナーレだ。
もっとも、作家の沢木耕太郎は『深夜特急』1992年(新潮文庫)第17章で、
『フランスのマルセーユからスペインのマドリードまで一気に駆け抜けてきた。バルセロナに1泊し、バレンシアにも1泊しただけで、マルセーユから3っ日目にはマドリードに到達してしまった。
夕方、バスで街に着き、安宿を見つけ、近所のレストランで簡単な食事をすると、もう眠くなってしまう。そして朝起きると、何をそんなに急いているのか自分でも分からないまま、市場でパンとハムとオレンジといった食料を買い込み、その日のうちに次の街に向うバスに乗り込んでいたのだ。バルセロナに1日しかいなかったというと、バレンシアの安宿で出会ったアメリカ人の女性に、なんともったいないことを、と哀れみように言われた。多分、その通りなのだろう。しかし、私にはガウディやピカソより大事なものがあるような気がしたのだ。』とある。
北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』(1960年)や小田実『何でも見てやろう』(1961年)
は海外旅行が珍しかった時代の紀行文。
タイプは異なるが、若さ、知性、とバイタリティーにみちた旅の記録。
自分もその様な旅をしたいと憧れた。
それから約30年、沢木耕太郎の『深夜特急』もその系譜だと思う。
帰る時があらかじめ決めらていない、のが本来の旅。
その点で、僕は旅をした事がないとも言えるし、見知らぬ異国を見聞したことは無意味ではないから、旅だった。
と、言っても良いのだろうけれど。
外国に出かけると「旅とはなにか」を考えたり「日本と外国」とか「自分が目指すもの」など、何かと考えることが多い。