「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

ファッションギャラリー「Makes」開店25周年@水戸市泉町

2018年04月19日 10時55分24秒 | 水戸
ファッションギャラリー「Makes」開店25周年@水戸市泉町








水戸市泉町の「ファッションギャラリー Makes」が開店25周年を迎えた。




イタリアンテイストを中心に洋服から雑貨まで、お洒落なアイテムが揃うセレクトショップとして信頼を得ている人気店だ。






30年前に、水戸市大町のサンライズビル2階に「ファッションがラリー・高松」として高松貞子さんが創業し5年後に現在地に移転した。

移転時に長男・長女・長男のお嫁さん・自分を含め4人で運営することになって、各自の頭文字を組み合わせ「Makes」と店名を変更することに。









アルベロベロ・アルチビオ・ピッコーネ・RITSUKO SHIRAHAMA・吉田ヒロミ等のブランドを中心に、レディース・メンズ・キッズ・スポーツウエア・雑貨まで幅広く揃っている。

大通りの角を曲がって芸術館に至る道の途中で、立地としては恵まれてはいないが、親切で丁寧な応対で信用を築いてきたことが四半世紀を過ぎても、人気店として存続している秘密のようだ。

これからも、末永く存続してもらいたいと、切に願う。
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新・旧茨城県庁エリアの桜まつり。

2018年04月10日 00時46分47秒 | 水戸
新・旧茨城県庁エリアの桜まつり。

旧県庁舎(現・茨城県三の丸庁舎)前の広場で開催された「第20回記念お堀の桜のライトアップ:夜桜コンサート」




「星野由美子withフレンズ」(4月7日)

茨城県の県庁舎が三の丸から笠原に移転してから約20年経つ。
県庁と言えば、弘道館と城跡の濠に映える姿をを思い浮かべるのは我々の世代。
今は、県内で一番の高さを誇る新県庁舎を指す様になった。


県庁舎移転の前後の時期からボランテアグループにより始まった「お堀の桜のライトアップ(3月28日~4月15日)」

今年は4月6日・7日に「夜桜コンサート」が開かれた。

6日は春の嵐の様な天候だったが、ジャズや三味線、フォルクローレのバンドが出演した。

7日の出演は地元の他、福島のグルプープなど4グループ。






仮設のステージのライブコンサートと、飲食の屋台が数軒。




和服を召したご婦人も。



「ポルタ—モ」(クラッシック・オペラ)




生憎なことに始まるころはパラついた雨が終盤には本降りに。


今年は開花の時期が早く、ほぼ葉桜で名残りの花がチラホラ。
前日は強風、この日は小雨模様で観衆は少なく寂しい。


「県庁北通り桜まつり」




「第1回水戸カーフェスティバル オールドカー in 茨城県庁」














昭和の旧車が主だが、アメ車の改造車も、



路上の特設ステージでは各種のパフォーマンスが、





葉桜になってしまったのはどちらも同じだが、20年を経過し新庁舎のエリアは樹木も育ち、ビルの立ち並ぶ新市街が形成されている。
現庁舎の敷地は旧庁舎の何倍もあり、道幅も広く整然としている。

三の丸の様な歴史や風格は感じないが、それぞれの持ち味だ。

南町・泉町・大工町の旧市街地の衰退に歯止めが掛からない。
遡れば水戸市役所の駅南移転から始まり県庁舎の笠原への移転へと連なっている。

中心市街地の活性化とかで、多くの施策がなされ計画もされている。
しかし、歴史に永遠はありえず、常に替わり回り続ける。
既に、中心線は移動してしまった。

無駄な努力より、現状を認識し将来を見すえた計画を再検討すべき時期だろう。
決断をもって多くの計画をゼロから見直さないと大きな禍根を残すことになる。
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少友幼稚園創立100周年式典@水戸市備前町5-36

2017年10月24日 04時01分13秒 | 水戸
少友幼稚園創立100周年式典@水戸市備前町5-36



10月22日(日) 10:00~11:00 、水戸市備前町5-36の少友幼稚園ホールにおいて「小友幼稚園・創立100周年記念式典」が開かれた。



創立100周年記念事業実行委員長・遠山勤さんの「初めの言葉」に次いで園児たちの「讃美歌」、吉野悦子・園長の「お祈り」後藤久美子さんの「聖書朗読」など、キリスト教学園ならでの式次第であった。




少友幼稚園は、英国人クエーカー教徒による水戸の伝道拠点として1912年(明治45年)開設された「水戸基督友会堂」に始まる。



フィラデルフィアから派遣され1910年に普連土女学校教師として来日していたイデス・シャープレス(1883-1956)が水戸市天王町に居を定め、水戸の伝道に当たることになった。




日本人最初のクエーカー教徒であった新渡戸稲造も1929年に来水し、講演会を開催している。

イデス・シャープレスは「幼児期は生涯に影響を及ぼす大切な時期」と考え1917年(大正6年)に私立幼稚園を開設することになった。
子供たちに英語を教えもしたが、自らは日本語を勉強して歴史に秀で、漢字を上手に読み書きした。
洋装よりも和服を好み、この地に根を下ろし理解しようと努力を重ねながら、幼児教育・女子教育を通じて日本伝道に努めた。

その後、日中戦争から太平洋戦争に至る頃には軍事色が強まり1943年に帰国。



母国にあって幼稚園を案じていたが、終戦後の1950年に来日し、1951年に小友幼稚園を再開した。
この頃、僕は小学生でシャープレスさんから、外国郵便の切手を貰い、英語を教えてもらったりしたが、温和な優しい方だった。

この頃「ヤギのおじさん」として有名だった、ハーバード・ニコルソンさんも水戸基督友会や幼稚園にしばしば顔を見せていた。

シャープレスさんは余生を母国で送るため1954年にアメリカに帰国した。

その後、経営主体は水戸基督友会に移り、やがて学校法人に移管された。

僕の子供時代の遊び場であり、我が家の長男・長女もお世話になった。



(1950年に再建された会堂)

2011年の東日本大震災で大きな被害を受け解体されることに。

水戸基督友会会堂及び少友幼稚園園舎は2012年3月に元の敷地おいて起工式を挙行、同年9月に竣工した。

100年前にミセス・シャープレスが個人で創業し、戦時下においては休園をやむなくされ、戦後再びミセス・シャープレスによって再建され、経営母体も個人立から教会立、さらには学校法人となり、「認定こども園」として100年を迎えた。
これからも、創始の精神を守り多くの人材を育てていくことであろう。

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水戸一高・劇的サヨナラ。

2017年07月11日 19時41分14秒 | 水戸
水戸一高・劇的サヨナラ。



7月10日、水戸市民球場で開催された全国高校野球選手権茨城大会の1回戦 で水戸一高は9―8鹿島学園に勝利。



鹿島学園との5時間3分にも及ぶ熱闘をサヨナラで制し、2回戦に進出。

かっては甲子園に出場したこともある野球部だが、我々の在学時は既に弱小のチームとなってしまって、県大会の応援練習は熱が入らなかった。
吹奏楽部も無いし、応援団のリーダーによる掛け声と拍手だけだった、と記憶する。



今年の6月24日(土)25日(日)の両日に開催された「学苑祭」。

偶々のはずみで、25日の午后に出かけてみた。

4






卒業後も校庭を何度か通過したことはあったが、校舎内や体育館の中に入ったのは初めて。



校舎や体育館を含め往時の建築物は全てない。
在校生の女子の比率も当時は学年で数名が現在は約半数と言う時代になった。



展示やイベントは、あらかた終了、体育館で開かれた吹奏楽部の演奏を聴くことが出来た。
部員も大勢で、女生徒がリーダーのようだ。

照明も音響も良い状態ではなかったが、それなりの演奏を愉しめた。


2回戦は7月14日(金)10:~水戸市民球場。
甲子園出場は夢にしても、健闘を期待して応援に出掛けようと思っている。


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2016年の大晦日の宵。

2016年12月31日 20時06分01秒 | 水戸
2016年の大晦日の宵。






大晦日の過ごし方に決まりがあるわけでなく、毎年異なる。
今日は友人宅で千波湖越しに筑波を眺めた。


三日月が昇り金星が輝く。

今年も、無事に過ぎそうだ。

良いことも悪いことも、それぞれが良き想いで。

日が変るまで数時間。

皆さま、良いお年を。
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元日のお散歩は「千波公園西の谷緑地」へどうぞ。

2016年12月31日 16時13分53秒 | 水戸
元日のお散歩は「千波公園西の谷緑地」へどうぞ。






今日は大晦日、水戸市内を歩いたが、商店街の半数は店を閉じ「謹賀新年」の張り紙。商店街の衰退を嘆く声があるが、店主が土日祭日を休みとする現状ではどうしようもない。

京成百貨店は地下食品街が大賑わい、駐車場も満杯なのは嬉しい姿。
駅ビルは元日から初売り営業とか。

心配な話題は千波湖の鳥インフルエンザ。
白鳥・黒鳥を含めかなりの被害らしい。
そのせいで、千波湖を訪れる人も少ないらしい。

世の中の出来事に関係ないのが「千波公園西の谷緑地」。



公園協会の手による草刈りもすんで、新春を迎える準備は完了した。



沼の水位は下がって、木道も通れる。



元日のお散歩は「千波公園西の谷緑地」へどうぞ。

(写真は12月29日の撮影。)

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1984(昭和59)年に「直し屋」を開店

2016年12月14日 17時47分18秒 | 水戸
サントピア水戸の時代への挽歌 其の18
1984(昭和59)年に「直し屋」を開店






保守的な水戸の街に「渋谷パルコ」に次いで日本で二番目とも言われるファッションビル「サントピア・水戸」が1978(昭和53)年5月に誕生した際は地方都市の先進的な取り組みとして、大きな話題を呼んだ。

しかし、原宿や渋谷の先端的な店を揃えたにもかかわらず、売り上げが伴わない。1年を経過する頃から撤退店が続出して歯抜けの状態になってしまった。
その穴を埋めたのが、地元の若者達による「命がけ」の出店。
裸一貫で起業した僅かの4~5坪のユニークな品揃え店が競い合うことに。

中央からの出店の業者以上の売り上げとなり、サントピアの業績は瞬く間に回復し、全国的にも注目されるようになった。

階ごとの店舗の入れ替えやリニューアルも頻繁に行われる様になり、そこもお客さんの話題を呼び、来館者も増える好循環。

5階の全面的改装に伴って、企画室の用田貞夫さんから「お直し屋」を出店しないか」との打診を受けた。

1970年代末から「DCブランド」が社会的なブームとなった。
DC」とはデザイナーズ(Designer's) & キャラクターズ(Character's)の略とされ、デザインが優先され、ワンサイズの品もあって、SMLさえ揃っていないことも。大は小を兼ね、着丈・袖丈など大きめに作られていた。
ズボンの丈は必ず調整しないと穿けないのは今でも同じだが。

買って直ぐに着たい人のため、ファッションビルにはサイズを調整する店が必要となっていたのだ。

用田さんの話を聞いて出来そうな気がした。
それ以上に、服や衣類を含めた「モノ」全般に対し創意や工夫で大切にする心を伝える場にしたいとの思いもあった。
話を受けて1ヶ月程度の1984(昭和59)年3月10日、改装なった「サントピア」の5階に「直し屋」が開業した。

兼任の業務なので、技術者を配し自分は店長と言う管理業務で出来ると考えたのがいささか軽はずみ。
開店1週間を過ぎる頃から後悔した。
とは言え、それから約20年間、場所は5階から7階に更には地下、そして再び7階と移動を重ねたが、「ファッションビル」の中から街や世相を観察できたことはいい体験であったことは間違いない。

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間もなく解体終了・その後は

2016年12月11日 11時55分06秒 | 水戸
間もなく解体終了・その後は
サントピア水戸の時代への挽歌 其の17



(南側から)


(国道側から)

「サントピア水戸」の解体工事の期限は10月31日まで、と表示されていたが地下が斜面に接している所もあり、工期が長引いたが間もなく終了しそうだ。
埋戻しまで含めれば年を越すかもしれない。


(東側・旧搬入口は鋼板で塞がれた)


(東側から)



ともかく、建物の撤去は済んで、その後はどうなる?
現場の塀には「次なる予定もあるかも」的な曖昧な表示が貼られていたが、未定が実情らしい。

噂話では、ダイエー跡地に建設中のタワーマンションの駐車場との話もある。
とすれば、ダイエー誘致の副産物として誕生したサントピアがダイエー跡地共々、新たなマンションの一部となるのは落ち着きが良いのかもしれない。

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サントピアのクリスマス・パーティ―

2016年09月08日 20時45分55秒 | 水戸
サントピアのクリスマス・パーティ―
サントピア水戸の時代への挽歌 其の14





サントピアの思い出、は人それぞれだろうが年末に行われた「クリスマス・パーティ―」は欠かせない。


売り出しで当選したお客さん。
或いは店が購入して常連のお客さんを御招待。
又は、お客さんが自費で購入。

大体が「水戸京成ホテル」2階の宴会場が舞台。
時には、大洗に停泊中のサンフラワーの船内、と言うこともあった。

飲み喰い、バンド演奏、ダンス、ゲーム。

トリは豪華景品、テナント提供の商品が当たる抽選会。



仕切るのは企画の加藤さん。
お目当てはグアム・ハワイなどの海外旅行御招待。

それぞれ、めかしこんだ男女が繰り広げるクリスマス会は水戸の名物だった。

その時代、サントピアと張り合ったファッションビルが「カメソー」
カメソーは顧客と取引先そして従業員対象。

幾らか性格は異なったが、ハデ・ハデで楽しい空間だった。

ある面で「水戸が一番賑やかだった時代」
今では「夢のまた夢」

昔は良かった、と言うつもりはないが皆が輝いていた時代だった。


追記
中島 雄介さん
僕はババクール店だったので、サントピアの大内商店のスタッフがパーティーに参加しているのが羨ましく、ズルイなズルイな〜、と思ってました、が、
一度だけ、余興の人数合わせで参加しました。
加藤さん達のテンプテーションズ?がとてもカッコ良かった記憶が(^_−)−☆
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8月28日(日)@水戸芸術館

2016年08月28日 11時39分03秒 | 水戸
8月28日(日)@水戸芸術館





南米初開催となるリオデジャネイロのオリンピックで日本人選手の大活躍と感動の名場面でいささか寝不足の毎日だった。
青春18切符を使用してのホーリホックの松本遠征の応援は引き分け、翌日は甲府に移動し観光。
14日は18切符での千葉から東京へ。
21日から25日まで琵琶湖周遊の旅、と水戸にいる時間が少なかった。
さすがに夏の暑さの疲れもあって26日と27日は家でだらだら。

今日は曇り空で涼しくもあり、水戸芸術館に。






入り口で「24時間テレビ」のテントが。
この様な番組のあり方に、いささか疑問も感じる。



「記憶の円環|榮榮&映里と袁廣鳴の映像表現」展
7月23日[土]~ 9月19日[月]は東アジアの写真と映像で過去から現在を観る展覧会だが、映像による表現は一目して分からないのでどうも苦手だ。









1階の「サザコヒー」で休憩。
この様な公共施設のレストランなどは採算が取れないので出店・撤退の繰り返しになるが「サザ」の義侠心に拠る営業に感謝。



広場のステージでは「24時間テレビ」関連、或いは関係なしかダンスの練習などが行われていた。



藝術館の道路の向かいのケーキ屋さんでシュークリームを。
ここは、何時もシュークリームが100円。
ついつい買ってしまう。

明日辺りは「迷走の大型台風10号」が関東に上陸の恐れ、無事であることを願う。
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「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑨

2016年07月14日 19時10分04秒 | 水戸
「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑨



エキサイティングビッグバザール.


梅雨が明けないがデパートなどでは夏物のセールが行われている。
セールと言っても、特に目玉が在るわけではない。

しかし、サントピアが躍進した1980年代は日本全国で広く社会的な現象となった「DCブランド」ブーム。
今では死語となったDCブランド(ディーシーブランド)の「DC」とはデザイナーズ(Designer's) & キャラクターズ(Character's)の略とされる。

●熱田 龍明 さん
サントピア、高校時代のDCブランドブームの時はよく行ってました。
●Yuko Miyanagaさん
お正月の初売りですごい行列でした。入り口から歩道橋へと並んで中央郵便局の方まで続いていたような......。

夏と冬のセールと新年の福袋の時期は、開店の数時間前から座りこみ人達が出て舗道には警備員が並んだ。
水戸ではサントピアと駅前の丸井が双璧だった、

サントピアは「エキサイティングビッグバザール」.と銘打って単なるセールではないよと云う感じ、値段で勝負の様な広告はしなかった。

引っ張ったのは地元の若者

ブランド店の集客力に呼応して、地元の若者が起業した小さな店も魅力的な品揃えで対抗したのも活況を呈することにつながった。
これからブレイクしそうなブランドを先買いしたのだ。

若きオーナーたちは僅か5坪くらいの店舗で月商500万円、年商6000万から1億を売り上げた。
驚異の数字で、ファッションの専門誌に「サントピアの駐車場にはオーナーの高級外車がゴロゴロと取り上げられたこともあった。



5月の開店の記念日頃には「サンキューデー」が開催され、この期間は安売りでなく、海外旅行などのあたる抽選会などのイベントが主体だった。

バブルの時代と共にサントピアはあったのだ。

(2枚のポスターの写真撮影は海老原 豊さん)
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サントピア水戸の時代への挽歌 其の②

2016年06月19日 23時19分05秒 | 水戸
サントピア水戸の時代への挽歌 其の②


思い出の人とか店名など思いつくまま。


松本瑠樹(1946年~2012年)
文化服装学院在学中に、株式会社オールファッションアート研究所を創立。
自らプロデューサー兼デザイナーとしてDCブランド「BA-TSU」を創業。
水戸サントピアの開業に尽力。水戸の街に多大な影響を与えた。
65歳で没したが、ファッションデザイナーとしてよりもプロデューサーの先駆者としての功績は偉大だ。
(敬称は無しで)
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舛添要一辞任と水戸の新市民会館

2016年06月16日 20時27分47秒 | 水戸
舛添要一辞任と水戸の新市民会館

当たり前に思われていたが、そうはならないだろうと云う話が現実になった、
水戸の新市民会館、どう考えても無理な話がまかり通るようだ、

しかし、一寸待って、市民は馬鹿ではない。
今後の進展に期待しよう。

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ゲセナイ垂れ幕@水戸市南町

2016年03月08日 23時24分17秒 | 水戸
ゲセナイ垂れ幕@水戸市南町



南町を歩いていたら、街路灯に備わった催事等を告知するポールに「進めよう・新市民会館・南町商店連合会」と記された垂れ幕が並んで掲示されていた。



駅に向かって行くと銀杏坂では、紅白の梅の造花に添えて「水戸の梅祭り・水戸市商店街連合会・水戸市・水戸観光協会」
水戸市にとっての大きな催事「観梅」の真っただ中。
この垂れ幕が順当なのは言うまでもない。

「よこそ水戸に」とでもいう歓迎の垂れ幕ならともかく、何んと無粋な物を大量にぶら下げたもので驚くを通り越し呆れる。

掲示した南町商店連合会の感覚とは如何ほどなのであろうか。
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リオデジャネイロ展 @水戸国際交流センター展示室

2016年02月26日 13時05分59秒 | 水戸
リオデジャネイロ展 @水戸国際交流センター展示室





第31回夏季オリンピックが2016年8月5日から8月21日までブラジルのリオデジャネイロで開催される。
開催を間近に控えたブラジルに焦点を当てたパネル展示が水戸国際交流センター2階の展示室で3月25日まで開催されている。

25年間前になろうか、サンパウロ在住の友人を訪ねた。
マイアミからでも8時間、日本を発って丸一日を要したようにも思う。
上空から延々と続くアマゾンの熱帯雨林地帯に驚いた。
サンパウロと近郊港町のサントスに行っただけで、広大なブラジルのほんの一部だ。日系人が100万いるのはブラジルだけ、サンパウロには各都道府県の日本人会館が有るとのことだった。
とは言え、人口1億の100万、幾らでもない。
100ヵ国人で構成される、人種のるつぼ。
勿論、茨城県人会館も在るのだが、訪ねる機会はなかった。

サンパウロとリオデジャネイロ、ブラジルの二大都市で、東京と大阪のような関係らしい。



サンパウロ人をパウリスタ、リオデジャネイロ人をキャリオカと呼ぶ。
カーニバルや観光ではリオデジャネイロが有名だが訪ねることは出来なかった。

オリンピックの中継放送が楽しみだが、今回の写真展示を見て、事前の知識を幾らか。



開会式と閉会式は「マラカナン」競技場。



コパカバーナとイパネマビーチ。



ボサノバ発祥の地、サンバの本場、音楽の街でもある。



若き日のフジタも訪ねている。

オリンピックを観にリオデジャネイロを訪ねたいが、夢のまた夢か。

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