「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

出光創業史料室@北九州市門司区東港町2-3 

2017年12月13日 16時54分40秒 | 人間
出光創業史料室@北九州市門司区東港町2-3 






出光美術館(門司)は、出光佐三とゆかりの深い門司港レトロ地区の一角に出光コレクションを展示する美術館として2000年に開館した。
その後、改築を経て2016年に新たに完成した美術館に出光美術館の創設者である出光佐三の生涯の軌跡を紹介する「出光創業史料室」を併設。
美術館の入場料に資料館の入場も含まれている。







出光興産の創業者 出光佐三(1885-1981)は明治44年(1911)現在の鎮西橋交差点近くに機械油の販売店「出光商会」を開店した。
創業当初は従業員数名の小さな店で、彼らからは親しみをこめて「店主」と呼ばれていた。
日清、日露戦争に始まり、二度の世界大戦、戦後復興、経済大国への道とまさに激動の時代、「人間尊重」という理念をかかげ、事業経営に取り組んできた。


百田尚樹による歴史経済小説『海賊とよばれた男』は出光佐三をモデルとした主人公・国岡鐡造の一生と、出光興産をモデルにした国岡商店が描かれている。
人名や社名など一部は仮名が名前が使われているが史実に基づいた話だ。
体制や規制に対し自由であるべきを主張し、自らの信念を貫き通し、如何なる苦境の時期においても社員を解雇することはなく家族的な経営を説いた。

幸いに、以前この本を読んでいたので大いに理解することが出来たが、明治の日本人の信念の強さに感動した。

グローバル経済となり民族系として自主的な運営が厳しい時代、出光興産と昭和シェル石油の経営統合の動きが創業家の反対で停滞している。
どのような結果となるにしても、出光佐三の創業の精神と出光美術館に込めた愛情を忘れ去らない会社であることを切に望む。



出光史料館(門司)紹介映像

https://youtu.be/b5_dZaE3nKo

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コシノジュンコ氏が文化功労者に

2017年11月27日 15時51分59秒 | 人間
コシノジュンコ氏が文化功労者に



骨董通りから六本木通りの「レッドシューズ」への曲がり角に「コシノジュンコ」の本社ビルが在る。
1階はショップなのだが、大量の蘭の花で埋め尽くされていた。







何事かと店に入って聞いたら「コシノジュンコが文化功労者に選ばれたことで、お祝の花が、沢山届けられましたので」とのこと。

NHKの連続テレビ小説「カーネーション」のモデルとなり、ファッション・デザイナーとしての業績は広く知られている。

戻ってから調べると『政府は24日、2017年度の文化勲章を光化学・電気化学の藤嶋昭・東京理科大学長(75)、分子生物学の松原謙一・大阪大名誉教授(83)ら5人に贈ることを決めた。文化功労者にはデザインのコシノジュンコ氏=本名鈴木順子=(78)、歌舞伎の中村吉右衛門氏=本名波野辰次郎=(73)、バレエの吉田都氏=本名遠藤都=(51)、重量挙げの三宅義信氏(77)ら15人を選んだ。』とあり『文化勲章受章者は原則として文化功労者のうちから選ばれる。』ので将来文化勲章ということもある。
因みに、水戸芸術館の理事長・森英恵氏は1996年に文化勲章を受賞した。

1978年からは22年間パリ・コレクションに参加しモードの最前線で活躍した。一方、中国、キューバ、ミャンマーなど、さまざまな政治体制の国々でいち早くショーを開き、ファッションを介した交流を続けてきた。
舞台衣装や制服のデザイン、福島県の地場産業との協働など活動は幅広い。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の一員としても、世界を飛び回る。
異文化、異業種の人々と交わるファッションを通し、洋服だけでなく、衣食住に関わる幅広い活動が受賞の理由のようだ。



衣装を担当した「ドラムロック 疾風」のポスターが貼られてあった。

●1966年頃の数か月の短い期間であったが「コシノジュンコ・アトリエ」で仕事をした。自宅兼事務所が龍土町、アトリエが六本木で、従業員が数名の時代であった。多少なりとも縁があった氏の今回の受賞は嬉しいことだ。
テレビなどで拝見する姿は髪形を含め、当時と変わらぬ若さやバイタリテイーを感じさせることは驚嘆に値する。

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鶴瓶の家族に乾杯@水戸編

2017年03月23日 11時25分01秒 | 人間
鶴瓶の家族に乾杯@水戸編

●NHK 4月3日(月曜日)午後7時30分~午後8時43分






司会の笑福亭鶴瓶とゲストが旅人として各地を訪れ、「家族」をテーマに地元の人々と触れ合いながら旅する番組。
鶴瓶とゲストが別々に行動するシーンもあり、成り行き次第で展開する。
“やらせ”がなさそうなのも見ていて好感を持てる。

今回は水戸を旅するらしい。
4月から始まるNHKの朝ドラ「ひよっこ」は茨城県の北西部が舞台、で租其の出演者の沢村一樹が「水戸市ぶっつけ本番旅」と云う趣向。
“番宣”だが水戸にとっては大歓迎。

4月3日(月曜日)午後7時30分~午後8時43分の放送だが、見逃せば再放送もある。

先日は「ブラタモリ」の放送で盛り上がったが、今回はどの様な処を巡り、誰と出会うか興味津々だ。
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企画室長・用田貞夫さん「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

2016年07月19日 21時28分42秒 | 人間
「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

企画室長・用田貞夫さん




(2016年7月10日・千波湖ストリートライブでの用田貞夫さん)

ダイエー水戸店誘致運動の前に、南町2丁目の商店街の有志によって店舗の内装やチラシなどの広告宣伝を業務とする株式会社「共同企画」が発足していた。
業者に発注するより内製化して価格や質を良くとの考えで、相馬画材の相馬武男さんが社長に就任した。
相馬さんはデザイン関係に明るく、商店街の知識も豊富な勉強家だった。

ダイエー水戸店の開店が1973年(昭和48年)、遡ること5年前頃と思う。
社員はインテリア関連3名、グラフィックが1名程だった。
創業時ではなく、幾分たってから用田貞夫さんが入社した。
同じ頃、ビル開発を業務とする「JSD」を設立され、相馬さんや用田さんはそちらに移り、東京との折衝が大きな仕事になった。

「サントピア」が竣工したが、建設費の支払いが出来ず、開店が危ぶまれたが、オープンにこぎつけた。

資金面は常陽銀行から出向した社長が担当することで解決したが、広告宣伝・テナントの誘致・サウスコアのイベント運営、総務・経理以外の営業と企画の全てをまかされたのが「企画室」。
開店に力を貸したバツの松本社長の戦略を下に室長の用田貞夫さんは東京と地元を奔走サントピア運営の中枢を担う様になった。

用田貞夫さんは「チーフ」と呼ばれ、次第にサントピアの顏となった。
業務の拡大につれ社員も増えた。
サントピア水戸の成功を基に、サントピア○○と、他の都市に作ることなども考えたらしいが実現には至らなかった。
サントピアの成功により、企画室を発展させ広告宣伝・コンサルタント業務とする(株)イッツを設立し社長となった。

サンントピアの業務を継承しつつ、新たな業務にも乗り出した。
2005年(平成17年)11月11日に開業した「イオンモール水戸内原」の開発にも関わったが、体調を崩し療養に専念。その後、会社は消滅した。
サントピアは2005年に閉店、店も人もばらばらとなった。

協同企画~サントピア企画室は、バブルの真っただ中、商店街に活気があり、大型店の誘致と商店街との共栄共存。
そんな状況の下、用田さんは八面六臂の活躍だった。

病を得た後、リハビリに専念していた用田さんが、昨年あたりから人前にも顔を出すようになった。



マエダ ヨウイチさんが中心になって千波湖湖畔・好文カフェ前のデッキで開催される「千波湖ストリートライブ」にギターを片手に演奏している。




用田チーフを囲んでサントピアOB会in千波湖。
Kショップ・木村さん。大内本舗・大内さん。チームK・加藤 保さん、染谷千浩さん。



用田貞夫さん、大内勝さん。



加藤 保さん、荻野健三さん。

(写真はいずれも加藤保さんのFBより。2016年7月10日) 




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野坂昭如 逝去

2015年12月13日 22時02分14秒 | 人間
黒眼鏡 野坂昭如 椿落    阿然

本業の作家以外に作詞家・歌手など多彩な才能を持った野坂昭如が12月9日心不全により死去した(享年85歳)。

昨年11月10日に高倉健(享年83歳)
28日には菅原文太(享年81歳)が相次いで亡くなった。
二人とも、昭和を代表する俳優だった。

冬茜 健さん文太 昭和果つ   阿然

このお三方の本を読んだことも無ければ、映画もほとんど観ていない。
テレビの画面からの知識しかないが、偉大な方々だった。

太平洋以前に生まれた方たちの言語を絶する体験は筋金入りだ。

其の幾分かを伝へたい。

その時代に生きながら、知らずに過ごしてしまうのが凡人の常か。

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風マルシェ&上映会@稽古場「風」・水戸市新荘3丁目

2015年10月15日 10時27分03秒 | 人間
風マルシェ&上映会@稽古場「風」・水戸市新荘3丁目





「大人たちのたまり場」として【ReMITO 21稽古場「風」】
として紹介された営業日は毎月9日(雨が降ってもやりが降っても)とあったが、今月は17日にもあるらしい。

水戸市新荘3丁目、見事な赤松(水戸市の指定保存樹)がある住宅の一郭に
稽古場「風」が開業したのは20年前頃か。
展示会場・ライブコンサートなど各種の催事、「稽古場」とあるから演劇なども?
とにかく、水戸には珍しい多目的な空間として貴重な場所だった。

主宰者は民芸品,輸入雑貨などの販売をされ、東南アジアににも度々出かけている活動的な女性で那珂市のギャラリー「アカデミアプラトニカ」で展示会をしたこともあった。





前を通りかかったら、何やら人けが有るので入ってみたら、打ち合わせが有ったので在宅だったとのこと。

9日の定例以外に17日に開催される「風マルシェ&上映会」のチラシを戴いた。
開催時間は12:00~16:00





「あすかぶどう園」の無農薬ぶどうの販売。 
「小さな風」のコーヒー・ルイボスティーの販売。
「島さん」のこだわりおにぎり。
「生活クラブ生協」の安全性の高い生協の試食販売。
「Kamos」の無肥料・無農薬野菜販売。

更には「日本と原発」の映画上映会。
1回10:00~12:30 2回16:00~18:30
弁護士発のドキュメンタリー映画とのこと、是非見たいので10時の部に参加したい。映画は会費300円。

稽古場「風」が、まだまだ健在で安心しました。
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眞壁明吉良さん@秋田県横手市

2015年08月06日 10時37分30秒 | 人間
眞壁明吉良さん@秋田県横手市



シェ、ジャニーの盛岡・材木町店を訪れることが出来たのは、横手のうどん屋・眞壁屋の専務、眞壁明吉良さんの縁による。

「眞壁屋のうどん」をシェ、ジャニーの春田さんが推奨しているのを、水戸京成のお中元ギフト売り場で知ったのが5年前くらいのこと。
味には厳しく、お世辞やご愛想を云わない春田さんが褒めているのだから、間違いはない。
以来、夏冬のギフトの時期にお会いすることになった。

眞壁さんは紛体工学の工学博士、富士通勤務時代にオランダ留学の実績もある。退社して家業のうどん製造に携わるように成るや、技術を生かし「饂飩を科学」した。
科学的な粉と水により手造りされる「うどん」は冷やしても・温かくても美味しいと好評で、今や世界に進出している。

今回、水戸の中元セール終了後に横手に戻られる車に同乗し、いったん横手に立ち寄り盛岡の「シェ、ジャニー」にご一緒した。
その際の記録は先に掲載したが、常に変わらぬジャニーの料理を二人で堪能することが出来た。
眞壁さんも僕もジャニーの料理の信奉者で、全面的に信頼している。

この夜は、横手の眞壁さんのお宅に泊めて頂くので、春田さんとは多くを話せなかったのが、シェ、ジャニーの開店を祝すことが出来た。

眞壁さんは仕事の傍ら、横手市や秋田県の行政などに積極的に物申している。
横手市のごみ焼却場の問題などにも積極的に取り組まれた市民運動家としての顏もある。
「横手倫理法人会」の会長も務められている。
「倫理運動」は全国的な広がりを持つ団体で、水戸にも支部がある。
何人かの友人も会員だが、人間的に素晴らしい方が多い。

翌朝、「横手倫理法人会」経営者モーニングセミナーに出席することが出来た。
横手駅前のホテルが例会場で幹事さん達が事前の設営をすませる頃、会員が集合。会員100名を要するらしいが、この日の出席者は約25名位。
会の信条の何か条かを斉唱する。
「今日は最良の1日、今は無二の好機」
幾つかの例会のフォームの後ゲストスピーカーの講話。
この日はヒーリングサロン経営の関坂真紀子氏。

講話を含め約1時間、終了後は各自の仕事場に向かうが、幹事と講師を含んだ方々の朝食会にも参加させて頂いた。







食事をとりながら、講師への質疑や会員情報など。

冬場の早朝は、ちょっと辛いかもしれないが、夏場の早朝、仕事前の例会は快適だ。



豪雪地帯『かまくら』で有名な横手も夏はその様な気配は何処にもない。
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「独居老人スタイル」都築響一著 筑摩書房刊

2014年07月15日 20時50分47秒 | 人間

「独居老人スタイル」都築響一著 筑摩書房刊

 

20日(日)に「ひめくり俳句会」の月例会があった。

月に一度、頭の体操と思い参加しているが、各々方が選んだ句に対しての感想を聴くと、思いもよらない発見などがあるのが楽しみだ。

会主はいなく、輪番の当番さんがすべてを仕切る。

今月担当の吉治さん、山登りや自家菜園など守備範囲が広い。

お茶うけに、自家製の「青梅のゼリー」やミニトマトの酢漬けなどを持参されたが、これが商品として売れるほどに旨い。

 

その他の雑談も愉しみだが、特に、画家の福地靖さんは長老的な存在で、日常のよもやま話は面白い。

この日は「独居老人スタイル」という本を持参された。

面白そうなので、来月の句会までお借りした。

 

16人の独居老人の暮らしぶりが紹介されている。

都知事選に立候補したり、はたまたブリキの彫刻家として展覧会を開催するアーティスト秋山祐徳太子(あきやまゆうとくたいし)

ゴミ屋敷のような部屋に寝起きし「片付けるってのは、消極的なことですよ。」とのたまわく。

「片付けなくちゃ」と常日頃感じている僕には力強い生き方だ、

登場人物の全てに沢山の写真が添えられているから、凄く分かりやすい。

写真は、カラーとモノクロだが哀愁感が漂っている。

 

91歳で3点倒立を披露する伝説のアーティスト・ダダカン。

 

新宿の荒木町、路地裏の飲食街に着物姿にギターを抱えて姿を現す「流しの新太郎」今では珍しい「流し」が存在している。

「荒木町」も一度は訪れたいネオン街だ。

 

新宿3丁目のスナック「香夢」(がぼう)のママ・鈴木惇子。 

 

福島県本宮市、人口3万人ほどの福島で一番小さい市。

「本宮映画劇場」館主・田村修司。

 

品川区西大井界隈、シャッター街の一角に「モミジ堂」と書かれた薬局。

そのままを利用したアトリエ兼画廊。

画家「戸谷誠」絵描きでは食えないので、午前中はビル掃除で生活費を稼ぎ、午後から絵を描く。

 

道化師「ブッチャリン」

漫画家「川崎ゆきお」

日曜画家、写真家の「川上四郎」

 

何れの登場人物もお金や世間の名声には無縁で、自分が好きな道を歩んでいる。

 

 

その様な人生を「好む好まないは」人それぞれだろう。

「独居老人」がテーマだが、独居も老人も特別に意味はなく、どの様な生き方を選択しているかを提示している。

 

僕には、しっくりとくる人達と行ってみたい町や店が沢山あった。

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着物の戴き物

2014年03月14日 20時51分54秒 | 人間
着物の戴き物

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和服を着る人が少なくなってしまった。
このままでは、急速に姿を消してしまのではないか、と心配だ。

着付けや小物の取り合わせなど難しいことも沢山あるが、着てみることが必要と、思っている。
着付けの方法は適当だが、恥はかき捨てと、実践するようにしている。

たまたま、着物姿を見た友人が「父親が着ていたものですが」と袴やコートを含め、何着かの和服を持参してくれた。

せっかくの好意、ありがたく使かわせていただくことに。

枯れ木も街の賑わいと、自己弁護しながら街を散歩している。
水戸の街を見直す機会と心得てブラブラしているが、見たい店があまりないのが残念だ。
以前なら、立ち寄る店が沢山在ったのに。

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水戸市南町3丁目の「平本花園」は植木苗や鉢植えの花など、四季を問わず楽しめる。今は、沢山の椿の苗木が並んでいる。
街中に植木屋さんは珍しい存在だろう。
旧市街地の衰退は何処の土地でもあるだろ云うが、個性が有れば存続しえる。

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改良品種だろうが、茶花に最適な藪系の数々に見惚れた。

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FBで40数年ぶりの再会。

2013年06月20日 22時41分01秒 | 人間
FBで40数年ぶりの再会。

菅井さんの自宅で

旅先のゲストハウスで出会った台湾の学生が、フェイスブック、旅の記事や写真をアップしているのを見て、便利なものだと感心した。
それから1年ぐらい経って、2009年2月にfbに参加した。
以来、ネット上ではあるにせよ交流の薄れていた友人の状況を知ることが出来るのはfbの効用だ
時には、リアルな再会もある。

40数年前に通ったジャズ喫茶の常連さんの一人、Sさんは、僕が時々行く笠間の蕎麦屋の近所にお住まいらしいとfbで知った。
善は急げとばかり、急遽に訪問。

40数年の時を経ていたが、ネット上で近況を見ていたせいか、幾らか会わなかった、くらいの感じで世間話しに興じた。
4月に定年退職してから、家庭菜園と離れたところに在る畑で農作業にいそしんでいるようだ。

ジャガイモ

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昨日収穫したという、新ジャガの塩茹でをご馳走になった。
ジャガイモは万能選手でいかなる料理にも変身するが、この様なシンプルなものは最高だ。

田舎暮らしで自給自足的な生活に憧れを持った僕から見たら、理想の世界。
好きなジャズのCDを大きな音量で聴きながら、庭先での農作業や花の手入れ。
帰りに、バジルとモロヘイヤの苗を戴いた。

先日は、Sさんのお宅からゴーヤと胡瓜の苗を戴いて植えたばかり。
日当たりが悪く、猫の額の様な狭い我が家の庭で、上手く育つかは疑問だが楽しみだ。

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岡倉天心の生誕百五十年

2013年06月14日 22時44分24秒 | 人間
岡倉天心の生誕百五十年

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今年は岡倉天心の生誕百五十周年、没後百年を迎える。
茨城県天心記念五浦美術館では6月14日~8月4日「天心と日本美術院の画家たち ―サースビーコレクションを中心に」が開催される。

映画「天心」は昨年末撮影が終了し今秋公開予定。
昨日(6月13日)水戸でオールラッシュ(映像のみで音声の無いフィルム)の上映会が開催された。
監督の松村克弥さんも登城したトークショウもあったようだ。
撮影が終了しても、完成までは経費も時間もかかる。
資金的にも胸突き八丁の厳しい状況で、多くの方からの資金援助を募っている。

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染井霊園の岡倉天心の墓地。
遺言により分骨され五浦にも墓がある。

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東京芸術大学敷地内の岡倉天心像。


『THE BOOK OF TEA』 1906年 フォックス・ダフィールド社(ニューヨーク)は英文。
邦題『茶の本』は多くの翻訳や解説書が出版されている。
ソートン・F・直子訳(昭和44年・海南書房・昭和56・16版)の末尾には

           戒 告

私が死んだら
鐘を鳴らすな 幟を立つるな
寂しい松葉の下深く
静かに埋めてよ―汝が詩をわが胸に乗せ
浜千鳥をして我が挽歌を歌わせよ
もしわが碑を建てんとならば
少しの水仙と香ぐわしき梅樹を植えよ
或いは遠き未来の霧の夜
甘き月光の上に汝の足音を聞くやも知れず
            1913年8月1日
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縄文遺跡の発掘@アミューズミュージアム

2013年05月05日 00時10分20秒 | 人間
縄文遺跡の発掘@アミューズミュージアム

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浅草の観光地の傍の博物館でありながら、展示品は青森県生まれの民俗学者・田中忠三郎<1933-2013>の3万点以上の骨董、古民具、衣服などの貴重なコレクションの一部。

日本文化の源流と云える縄文時代。

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青森の縄文遺跡の発掘に八年間携わった時の、おびただしい土器片等の一部が展示されている。

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縄文時代の衣服を再現して展示、アイヌの服装に似た感じだ。

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黒澤明監督映画「夢」の為に、資料を提供している。
「夢」の老人役・笠智衆、ワダエミの衣装デザインだが、インドシナ半島の民族衣装のようでもあり、東北の野良着のようでもある。

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田中忠三郎は同じく青森出身の棟方志功や高橋竹山とも交友があった、
共に、東北・秋田を代表するような人たちだ。

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沢木耕太郎「キャパの十字架」

2013年03月03日 21時15分18秒 | 人間
沢木耕太郎「キャパの十字架」

兵士キャパ・崩れ落ちる



1936年に起きた、スペイン内戦の時に、キャパが撮影したという「崩れ落ちる兵士」の写真。戦争報道において、必ず引き合いにだされる有名な写真だ。
これはフランスの雑誌に1936年9月に掲載されたものだ。ほとんど同じ場所で別の兵士にも撃たれたところを演出して撮影しているのである。2つの写真のうち左のほうが“出来”がよかったので、こちらが有名になった

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一信忌 『政治は最高の理念である』

2012年11月19日 09時21分22秒 | 人間
一信忌 『政治は最高の理念である』

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今日(11月19日)は元・水戸市長の佐川一信(1940-1995)さんの忌日。
亡くなられて17年が経つ。

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水戸市酒門町「酒門共有墓地」の佐川家墓所には常に花が絶えない。
時間が経過しても、彼を愛した人多かったことを物語っている。

佐川さんは、水戸芸術館の創設者とし知られる、文化によるまちおこしを意図し力を入れた。その他にも千波湖浄化や備前掘りの美化、下水道の普及などの水への拘り。公園都市の実現の夢。清掃工場の建設にあたって熱帯植物公園開設、水戸駅北口開発、図書館の増設など8年足らずの在任中に多くの実績を上げた。
強引な手法に反感を持つ方も多かったが、眞の人柄は、照れ屋で謙虚な方だった。多面的に活躍し、多くの顏を持っていたから、「私の・僕の、佐川一信さん」像が有り固定出来ない。

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没後の2007年に編まれた追悼文集『声低く語れ』は執筆者が83人、605ページ、写真も多用された分厚い本だが、それ以外にも沢山の方々との交流が有った。執筆者それぞれの佐川感が述べられている。
追悼集の発行者・吉田光男さんは―序に変えて―の中で、
『文化のことを第一に据える心意気。私心の無さ。それに国際性。今日本の政治や行政にもっとも必要な資質を三つながら身に付けていたといえる。異端児の様に思われながら、彼ほど正統的に政治の理想を追った男はいない』と述べている。

タイトルの如く、話す声は低く、非常に聞き取りにくかったが、言葉を慎重に選び、発言には重みが有った。
子供の頃から万巻の書に親しみ、何度かのヨーロッパ遊学で激動するフランス政治の現実をつぶさに見た経験から『ミネルヴァの梟が翔びたつ日―自主管理社会への模索』(毎日新聞社、1982年8月)、更には1978年水戸市民の会を主宰し「市民からの出発」に投稿した水戸市の発展への提案。
退任後、市長時代を総括し未来を展望した『水戸発地方からの改革』(日本評論社、1994年11月)。等の著作にまとめられているが、それらの考えは、時間を経ても今でも多くが通用する。

水戸市長在任中に聞いたが、『権力者は10年以上やっちゃいけない。初めからそう思っていたけれど、やってなお一層その感ははっきりしたね』。と話した。

常に、次の世代にバトンタッチをしようとする気持ちを持ち続けていた。
生前の佐川さんを知らない世代の人が、水戸・茨城・日本の為に立ち上がることを期待する。

墓碑には『政治は最高の理念である』と刻まれている。

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深作欣二監督の『仁義なき戦い』(1973年)

2012年10月27日 18時09分34秒 | 人間
深作欣二監督の『仁義なき戦い』(1973年) @まちなかシネマ

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昨日と今日は(19日・21日)は「水戸バー・バル・バール(310bbb)」
今から、水戸駅前で友人と待ち合わせて下市をクロールしようと考えている。

明日は「水戸まちなかフェスティバル」
市内各地域で様々なイベントが開催される。
沢山の企画が有るから、街を歩きながら覗いて見る心算。

必ず行こうと思っているのが、映画上映会「まちなかシネマ」
深作欣二監督の代表作『仁義なき戦い』(1973年)が10:30/13:30/16:30の3回上映される。
料金はなんと¥500。

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任侠映画に興味あるわけではないが、深作監督は水戸の出身。
一度も観たことが無いので、敬意を表して観ることに。

会場の前を通ったら、ボランテアスタッフが準備をしていた。
中を覗くと、かなり広いスペース。
明日が楽しみだ。

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