里山の風景、旧水府村、里美村。
常陸太田市は2004年12月1日 に金砂郷町、水府村、里美村の3町村と合併し、県内では最も面積の広い市町村になった。
南北に長い市域をもち西から順に浅川、山田川、里川が並行して南へ流れ、それぞれ谷に集落と耕地が広がり、背後には里山が連なる。
旧佐竹藩の領地で歴史的な社寺も多い。
戦前まで繁栄した村や町は高度成長に反比例して衰退した。
しかし、往時を偲ぶ建物と豊かな自然が残されている。
旧里美村の古民家レストランを訪ねた際、眼についた風景などの写真を数点。
折橋の旧家の門構えと、玄関の飾り物。
大中の大中神社、樹齢400年の杉の古木がある。社殿は総欅造り。
以前は神社や仏閣が住民の心の拠りどころだった。
神社の脇の彼岸花。
今年は暑さと水不足で、例年より2週間くらい遅い開花。
この辺一帯の田圃の畦などに沢山咲いている。
鶏頭、秋を象徴する草花だったが、最近見かけることが少ない。
旧水府村、葉タバコ栽培の裏作として行われた蕎麦栽培。
白い花が盛り、あと1ヶ月くらいで収穫だ。
いまやブランド化した『常陸秋蕎麦』。
新そばを求めて多くの人達が訪れる。
*因みに江戸時代の五街道を補った脇街道(脇街道は幅三間・約5.5メートル)で里美を通った棚倉街道のルートは、
(水戸ー枝川ー額田ー太田ー常福地ー春反ー町屋ー折橋ー大中ー明神峠ー東館ー八槻ー棚倉ー矢吹)ここで、奥州街道と連結した。
常陸太田市は2004年12月1日 に金砂郷町、水府村、里美村の3町村と合併し、県内では最も面積の広い市町村になった。
南北に長い市域をもち西から順に浅川、山田川、里川が並行して南へ流れ、それぞれ谷に集落と耕地が広がり、背後には里山が連なる。
旧佐竹藩の領地で歴史的な社寺も多い。
戦前まで繁栄した村や町は高度成長に反比例して衰退した。
しかし、往時を偲ぶ建物と豊かな自然が残されている。
旧里美村の古民家レストランを訪ねた際、眼についた風景などの写真を数点。
折橋の旧家の門構えと、玄関の飾り物。
大中の大中神社、樹齢400年の杉の古木がある。社殿は総欅造り。
以前は神社や仏閣が住民の心の拠りどころだった。
神社の脇の彼岸花。
今年は暑さと水不足で、例年より2週間くらい遅い開花。
この辺一帯の田圃の畦などに沢山咲いている。
鶏頭、秋を象徴する草花だったが、最近見かけることが少ない。
旧水府村、葉タバコ栽培の裏作として行われた蕎麦栽培。
白い花が盛り、あと1ヶ月くらいで収穫だ。
いまやブランド化した『常陸秋蕎麦』。
新そばを求めて多くの人達が訪れる。
*因みに江戸時代の五街道を補った脇街道(脇街道は幅三間・約5.5メートル)で里美を通った棚倉街道のルートは、
(水戸ー枝川ー額田ー太田ー常福地ー春反ー町屋ー折橋ー大中ー明神峠ー東館ー八槻ー棚倉ー矢吹)ここで、奥州街道と連結した。