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「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

石岡瑛子Iデザイン@茨城県近代美術館 2024年4月27日(土)~7月7日(日)

2024年05月16日 20時34分18秒 | 美術館
石岡瑛子Iデザイン@茨城県近代美術館
2024年4月27日(土)~7月7日(日)


「資生堂」や「PARCO」のポスターなどのデザインで知られる石岡瑛子(1938-2012)の展覧会で「スゴい人がいた」のサブタイトルにあるように「凄い人」だった。
アメリカに活動拠点を移す前、1960-80 年代の仕事を中心に、アートディレクターとして采配を振るったポスターやCM、グラフィックアートからスケッチまで、約500点が展示された。







常に革新的なヴィジュアルを目指した石岡のデザイン哲学と、彼女が表現者として生涯にわたって磨き抜いた「I=私」を浮き彫りにする。
「I=私」――自らを鍛錬し続けること、そして他者とのオープンな協働を通して培った「本当の“自分力”」 ――は、彼女のデザインを唯一無二のものとした。







PARCO(パルコ)の存在も含め、新鮮でインパクトがあった。















雑誌の表紙や教科書などまで、多様な分野への創作意欲が感じられる。



映画のポスター



全仕事のカタログブック?

本展は予想以上の展示内容で、日を改めて再見したいと思った。
県美の単独企画なのか、或いは巡回展なのか?
単独としたら県美の仕事としては快挙だ!

「髙鳥達明 テンペラ画展」~螺旋の導き~@常陽資料館 2024年4月2日(火)~5月25日(土)

2024年04月26日 10時33分10秒 | 美術館
「髙鳥達明 テンペラ画展」~螺旋の導き~@常陽資料館
2024年4月2日(火)~5月25日(土)











画家・髙鳥達明さん(日立市在住)は、卵や膠など乳化作用をもつ物質と油を混ぜて固着剤として利用する絵の具で描く「テンペラ画」に魅せられ、学生時代から描き続けてきた。




展覧会に合わせた関連企画として「ヘルマンハープミニコンサート」が開催された。
2024.4.25(木) 11:00~11:30 13:00~13:30 15:00~15:30
出演・種村厚子 高橋久美子 高崎利子 長谷川鈴子 川又泰子 木村礼子
演奏予定曲・プッチーニ「私のお父さん」久石譲「魔女の宅急便」より「海の見える街」‥




テンペラ画を描くことに必要とされる顔料や筆などの道具類なども展示されてある。


展覧会を観てコンサートも聞ける、楽しい集いであった。

画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎 展 @静嘉堂文庫美術館 4月13日(土)~6月9日(日)

2024年04月25日 16時58分25秒 | 美術館
画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎 展 @静嘉堂文庫美術館
4月13日(土)~6月9日(日)





河鍋暁斎と松浦武四郎とは?

河鍋暁斎(1831~89)は幕末から明治時代に活躍した絵師で、下総国古河石町(現茨城県古河市中央町に生まれた。
浮世絵師の歌川国芳に弟子入りした後に、狩野派の門を叩き、最初に妻としたのは江戸琳派・鈴木其一の次女で、様々な画風の作品が遺されている。
また弟子の一人に、ニコライ堂や三菱一号館を設計した、ジョサイア・コンドルがいたことでも知られ、欧米での人気も高い。

松浦武四郎(1818~88)は現在の北海道である蝦夷地の各地を探検し、歴史や地理、文化や風俗などを自ら著した、関連書籍を多く出版したことで知られる。
また「北海道」の名付け親と言われることもある。

絵師・河鍋暁斎と、探検家で好古家・著述家である松浦武四郎二人の交流は明治の初め頃からで、武四郎は愛玩品を集めた書物『撥雲余興(はつうんよきょう)』(1878・明治10年と1883・同15年に出版)の挿入画を、河鍋暁斎などの絵師に依頼した。

好古家とは、読んで字の如く「古(いにしえ)を好む者」ということで、歴史や民俗に興味や関心を抱き、古文書や仏像などの収集し研究・保存に携わった。



松浦武四郎のコレクションである《六鈴鏡》と、図録『撥雲余興 二集』明治15年(1882)・松浦武四郎著・出版、福田行誠序、静嘉堂蔵
今回の特別展では、松浦武四郎の古物コレクションのいくつかと、それらが描かれた『撥雲余興』の該当ページを並べて見ることが出来る。
松浦武四郎という偉大な探検家であり好古家が存在したということを知った。
自分が歩んだ骨董古美術の大先達に出会えたことは嬉しい。



収集品の「法隆寺百万塔」と「陀羅尼経」
「陀羅尼経」は世界で最初の印刷物ともいわれる。

小さなものから大きなものまでの木彫像‥、楽しい小品も多い。







「武四郎涅槃図」に描かれた「大首飾り」
縄文時代~近代までの勾玉を始めとしたヒスイなどの大小の玉石を繋ぎ合わせた首飾り。

晩年の松浦武四郎は全国各地を巡り、骨董品のほか奇石や古銭、勾玉の収集に熱中したという。収集の幅の広さ、純粋にものを観る目の確かさは天才的。
あまり知られた人物ではなかったが、近代の大収集家であり今回の展覧会で名を知らしめた。収集品を一括して手に入れ今回の展示につなげた静嘉堂文庫(三菱)の業績も大きい。



第4章では、武四郎の親友・川喜田石水(1822~79/川喜田家第14代)と実業家で陶芸も能くした川喜田半泥子(1878~1963/川喜田家第16代)、岩﨑小彌太(1879~1945/三菱第四代社長・静嘉堂初代理事長)との縁も紹介している



また同館所蔵の、国宝《曜変天目》(南宋時代)が見られるのも格別だ。
照明の効果もあるだろうが、はるか天空を望んでいるようだ。

没後55年 藤田嗣治展 @笠間日動美術館 2023年9月30日~12月17日

2023年11月28日 22時33分52秒 | 美術館
没後55年 藤田嗣治展 @笠間日動美術館
2023年9月30日~12月17日






画家の藤田嗣治(1886~1968)の「没後55年 藤田嗣治展」が笠間日動美術館で開かれている。
藤田と交流のあった日動画廊・笠間日動美術館をはじめ「平野政吉コレクション」(秋田)「軽井沢安東美術館」(長野)や、個人コレクターなどから出品の協力を得た油彩、水彩、版画など約60点が展示されている。
日本人の画家で海外での名声を得た作家は数少ないが、エコール・ド・パリの寵児として名を馳せた藤田嗣治は稀である。
近年、再評価されることも多く世界的な名声を得そうな勢いがあり、タイムリーな企画展だ。





第1章 藤田と5人の妻たち
創作のインスピレーションを与えた美神(ミューズ)たち
生涯5人の妻を娶った。
最初は;女学校の美術教師であった鴇田登美子(ときたとみこ)と大恋愛をして、1912年に正式に結婚した。単身で渡仏したゆえ、日本に残した妻と離婚した藤田は、現地で公私に渡るパートナーを見つけた。
それが2番目の妻となるフランス人モデルのフェルナンド・バレエでした。
フェルナンドという現地人の協力者を得たことで、藤田はシェロン画廊と契約を結ぶことができ、初めての個展も開催された。

第2章 ポートレート女性を描く
第3章 ポートレート時代を描く

1920 年代には「素晴らしき乳白色」と称される画風 を確立してエコール・ド・パリの寵児として名を馳せた。

第二次世界大戦中の戦意高揚を図るためのポスターなども展示された。
戦争に協力したとして批判され、それが原因で日本を離れ二度と故国の土を踏むことはなかったが、戦時下において己の考えを貫き通すことが出来なっか時代に藤田を非難して済むだけではない。

水戸徳川家13代当主徳川圀順(くにゆき)との交友
「猫」(軽井沢安東美術館蔵)を特別展示。



戦後はフランスに帰化して、レオナール・フジタと改名した。
今展は、藤田の名品の所蔵で知られる平野政吉コレクションをはじめとする国内各地の美術館、及び個人コレク ターにご出品をいただき、フランスにおける藤田の作品を中心に展観されてある。
また、茨城県と友好関係を結ぶエソンヌ県(フランス共和国)に関連画像をご提供いただき、藤田が終の棲家としたヴィリエ=ル=バクルのアトリエや同県の様子についても紹介される。





笠間日動美術館・長谷川徳七館長独演会
「没後55年 藤田嗣治展 FOUJITA in Paris & Villiers-le-Bacle」の関連企画として「館長 長谷川徳七と副館長 長谷川智恵子による対談会」の内容が変更され、 長谷川徳七館長の独演会が11月18日の14:00~15:00まで開催された。
画商ならではの眼で見た藤田嗣治の裏話はパリ・東京にとどまらず、世界各地に及ぶ内容で、1時間があっという間に過ぎた。話ならOKでも文章にしたら問題か?というようなことが多々あった。副館長 長谷川智恵子さんも同席されてはいたが、話すことなく聞き役だった。
お二人での対談ならば2時間以上は必要だったでしょう。
私の敬愛する故山上鎭夫さんが藤田嗣治の母方の従兄という話を聞いた。
嗣治から絵が入った手紙を拝見したこともある。
山上さんの叔母に当たる方は嗣治が2歳の時に亡くなられ、後妻である継母との折り合いも悪く幼少期の体験がその後の人格形成に障ったようだ。



閉会後、長谷川智恵子副館長とツーショット写真を撮らせていただきました。
アンディ・ウォーホルの『C夫人の肖像・Chieko』(1975年・笠間日動美術館蔵)は48年前の作品ですが、当時と変わらぬ美しさです。





*『FOUJITA』2015年製作/日本・フランス合作/配給:KADOKAWA
藤田嗣治の半生を、オダギリジョー主演で映画化。「泥の河」「死の棘」の小栗康平監督が10年ぶりに手がけた長編監督作で、画家の晩年まで寄り添った5番目の妻君代を演じた中谷美紀、共演は加瀬亮、岸部一徳など。

*エコール・ド・パリ(パリ派)
1920年代パリで制作活動をしたアーティストたちの一群。
特定の流派や様式、芸術運動を伴わない外国人芸術家たちのゆるやかなまとまりを指す。その多くはモンマルトルもしくはモンパルナスに居住する東欧出身もしくはユダヤ系の作家たちであった。

没後 55 年 藤田嗣治展 FOUJITA in Paris & Villiers-le-Bâcle

2023年10月23日 21時17分21秒 | 美術館
没後 55 年 藤田嗣治展
FOUJITA in Paris & Villiers-le-Bâcle
会期:2023 年 9 月 30 日(土)‐12 月 17 日(日)
@笠間日動美術館






藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886~1968年)の没後55年展が30日、茨城県笠間市の笠間日動美術館で開幕されている。
代名詞と言われる乳白色の女性像や、極細の線描で表現した作品などの他に、第二次大戦当時に描かれたポスター(後に戦争に協力したとして非難されることになった)など、希少な作品を含め63点が展示されている。



藤田は、後に陸軍軍医総監となる藤田嗣章の次男として東京で生まれた。
東京美術学校を卒業後、1913年に渡仏。パリでは、透明感あふれる乳白色で肌を描いた画面や、面相筆による繊細な線を用いた独自の画風を確立し、「パリ派」の画家の一人として活躍した。
日本人の画家でパリにおいて存在を認められた数少ない画家の一人で、戦後はフランスに帰化し、レオナール・フジタと改名した。
私の尊敬する故・山上鎭夫さんの母方の従兄ということで、山上さん宛の藤田からの絵入りの手紙、何通かを見せて頂き、話を伺ったことを思い出す。
山上さんの父親も津山藩の藩医の家系で軍医であった。

本展は、藤田の名品所蔵で知られる平野政吉コレクションをはじめ、各地の美術館や個人から、藤田が20年代前後と50年代にフランスで描いた作品を軸に構成されている。
今まで目にする機会がなかった作品も沢山あるので、再度、足を運ぶ必要のある展覧会だ。



第1章 藤田の5人の妻たち
創作のインスピレーションを与えた女神たち

第2章 ポートレート女性を描く
二つのフランス滞在時期を中心とした女性像

第3章 ポートレート時代を描く
藤田の眼で捉えた同時代の人々



藤田の発案により、パリと同様に展覧会・会場には入場料を払う。
という形式を日本で初めて取り入れた。
藤田嗣治(中央)と長谷川仁、林子 1934年 銀座日動画廊にて
(笠間日動美術館)

「猫」1929年絹本墨画(軽井沢安東美術館蔵)
藤田は小学時代からの学友である水戸徳川家13代当主徳川圀順(くにゆき・1886~1969)が1929年に公爵の爵位を授けられた記念に贈った作品が特別に展示されている。



第4章 動物
終生の友である猫やユニークな動物たち



第5章 子供たち
愛情をこめて描かれた絵の中の子供たち

第6章 異国趣味
異邦人・藤田に求められたジャポニスムとシノワズリ



第7章 メゾン=アトリエ・フジタ

1960 年 エソンヌ県ヴィリエ=ル=バクルの一軒家を購入し、住居兼アトリエとして人生最後の 8 年間を妻とともに過ごす。

土とともに美術にみる〈農〉の世界

2023年08月13日 23時34分19秒 | 美術館
土とともに美術にみる〈農〉の世界
―ミレー、ゴッホ、浅井忠から現代のアーティストまで―
@茨城県近代美術館 2023年7月8日〜9月3日





今年の夏の極暑・酷暑は異常現象を実感し、線状降水帯による集中豪雨による洪水などかってないことが当たり前のように発生する。
欧米の異常干ばつ。ウクライナ紛争による小麦の供給減など武力紛争によって生じる食糧危機を身近に感じる時代となり、命を育む《農》が改めて注目されている。

日本やフランスの農村風景、農婦と子どもの姿、社会派の画家が描く農民運動、農業にまつわる現代アートなど、《農》に関連するイメージの作品・約100点が展示されている。

第Ⅰ章 田園風景の発見 フランスと日本



第Ⅱ章 ふるさとへの想い わが愛しき農村



第Ⅲ章 畑のマリア モデルとしての農婦と子





第Ⅳ章 現実と抵抗と はたらく農民への共感



第Ⅴ章 アートの土壌としての農



●八郷町の筧次郎さんの影響で「食の自給や安全」を考えるようになり、水戸市岩根町のSさんの畑を借りて、日曜菜園を1985年頃から7~8年間した。
間もなく河川敷の畑が新堤防の内になるので、止めることになった。
楽しみながら農業問題を考える機会であったが、25年以上の年月を経て忘れてしまった。
今回の展覧会は農に関する美術を広く観ることが出来たが、食に関連する《農》について改めて考える機会になった。


「フィンランド・グラスアート」@茨城県陶芸美術館

2023年06月10日 18時30分23秒 | 美術館
「フィンランド・グラスアート 
輝きと彩りのモダンデザイン/ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル」
3月18日~ 6月11日 @茨城県陶芸美術館











北欧フィンランドのデザインや工芸作品は日本でも人気が高い。
その中でもガラスに焦点をあて、20世紀初期から現代までのフィンランドを代表する8名のデザイナーの作品を、フィンランド国内のコレクション約130点が紹介されている。





















*北欧はデザイン全般が素晴らしいく、社会福祉が充実している国々としても知られている。

20年ほど前に福祉関連の学校や施設を見学する研修でデンマークを3回にわたって訪問した。「ゆりかごから墓場まで」をモットーに、税金は高いが生涯の全てを国に任せられる。豊かでゆとりある生活が出来る国であることは間違いない。
軍事と外交は国が担い、ほかの全てはコミューン(地方の自治体)が行う。
どの自治体も「充実した生活が送れますよ」と競争して住民を呼び込む。
老後に一戸建てから施設に移る場合はかなりコンパクトに荷物を纏めるが、以前と変わらない環境で過ごすことが出来る世界で有数の地域だ。

デンマークの家具や照明器具の分野では世界的に評価が高い。
シンプルで美しく機能性に富んだデザインに感心したが、大方は第二次世界大戦以降のことと知り驚いた。
スカンジナビア3国(スウェーデン、ノールウェー、フィンランド)とデンマーク等の北欧の経済発展と福祉国家への歩みは何れも第二次大戦以降のことで日本と変わりないが、日本は質より量を優先する道を歩んだ。


「若冲と一村  ―時を越えてつながる―」展@岡田美術館

2023年03月16日 22時05分26秒 | 美術館
「若冲と一村  ―時を越えてつながる―」展@岡田美術館
会期:2022年12月25日~2023年6月4日






岡田美術館は箱根小涌谷に2013年10月開館した美術館で、日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの東洋美術を収蔵し、5階建ての広い会場に、絵画や陶磁器など常時約450点を展示している。
開館10周年を迎えた記念展「若冲と一村  ―時を越えてつながる―」が6月4日まで開催されている。
全5階からなる美術館の展示面積は、約5,000㎡と箱根随一を誇る広さだ。



1階展示室
中国陶磁と玉器(一部に韓国・日本の陶磁器)
とりわけ中国の歴代の陶磁器が充実している。

2階展示室
古九谷、鍋島、柿右衛門など肥前の陶磁器や野々村仁清の京焼など何れも逸品ぞろい。
横山大観の超大作「霊峰一文字」は、大観ならではの傑作。



3階特別展示室「若冲と一村  ―時を越えてつながる―」
伊藤若冲(1716~1800)と田中一村(1908~77)は近年に注目を浴びるようになった。



若冲の「孔雀鳳凰図」は大名家の旧蔵品で重要美術品に指定。



田中一村は作品が少ないので見る機会は稀だ。
「熱帯魚三種」「白花と赤翡翠」はまさに一村らしい作品だ。

4階展示室の特集展示は「生誕360年記念 尾形乾山」



5階展示室は仏教美術





1階の中国美術の展示室に山上鎮夫さん旧蔵の「紫斑文百合口梅瓶」(均窯・北宋時代)が展示されてあった。
現在は石川県立美術館蔵の「色絵鳳凰文平鉢」も山上さんの旧蔵品で2点とも山上さんのご自宅で手に取って拝見したことを思い出した。
「紫斑文百合口梅瓶」再会できたのは望外の喜びだった。



風神・雷神の大壁画「風・刻(かぜ・とき)」の正面には、100%源泉かけ流しの足湯が使える。
疲れを癒して、もう1巡と思ったが帰路を考えて残念ながら退館することに。

速水御舟展@茨城県近代美術館

2023年03月02日 16時10分59秒 | 美術館
速水御舟展@茨城県近代美術館
2月21日(火)~3月26日(日)








大正から昭和にかけて近代日本画の流れを牽引し続けた画家・速水御舟(1894〜1935・40歳没)の大規模な展覧会が、茨城県近代美術館で開催されている。
従来の日本画にはなかった徹底した写実、細密描写からやがて代表作『炎舞』のような象徴的・装飾的表現へと進んだ。
長くない生涯に多くの名作を残し、『名樹散椿』は昭和期の美術品として最初に重要文化財に指定された。
本展には『炎舞』や『名樹散椿』は出陳されていないが、本画約100点と素描により生涯の画業をたどることが出来る。



《洛北修学院村》1918(大正7)年 滋賀県立美術館



《鍋島の皿に柘榴》1921(大正10)年





《菊花図》1921(大正10)



《菊に猫》1922(大正11)年 豊田市美術館



《牡丹》1926(大正15)年 遠山記念館



《花ノ傍》1932(昭和7)年 株式会社歌舞伎座

※3月13日(月)は一部作品展示替のため、企画展示室は休室。
ただし、所蔵作品展は開室。

茨城県近代美術館所蔵作品展

2023年01月24日 07時42分30秒 | 美術館
茨城県近代美術館所蔵作品展

美術館や博物館などのテーマを決めた特別展を観に行くことが多いが、館の収蔵品を順次公開する所蔵品展を拝見するのも楽しい。
特に、東京国立博物館の本館の展示は素晴らしく、観客も少なくぶらぶらと眺めるのも心地よい。
同様に「茨城県近代美術館」1階の所蔵作品展の会場で出合った作品はアレコレと思い出す。

展示室1
日本の近代美術と茨城の作家たち 冬から春へ
2022年12月24日~2023年4月9日
横山大観・小川芋銭・中村彝など茨城ゆかりの作家の作品を中心に、春への季節を感じさせる作品が展示された。



筑波山 横山大観 〈絹本·淡彩 昭和3年(1928)〉
紫峰にかかる月とおひさま、筑波は茨城の人にとって切り離せない存在だ。



丁卯清平 小川芋銭



湖上迷樹 小川芋銭

霞ヶ浦や牛久沼も同様で、2016年山本哲士さんに案内でされ、小川芋銭の最晩年に建てられた住まいを兼ねたアトリエ「雲魚亭」(小川芋銭記念館・牛久市城中町)を訪ねた。
河童が現れてもおかしくない風景が残されている。



老子 小杉放菴
小杉 放庵(1881年(明治14年) - 1964年(昭和39年))
明治・大正・昭和時代の洋画家・日本画家・歌人・随筆家。
「老荘思想」に漠然と憧れているが「「放庵紙」と呼ばれる特別に漉かれた和紙に渇筆で描かれた放菴ならでの書・画にはその神髄があるよう。



カルピスの包み紙のある静物 中村彝 大正12年(1923) 油彩・麻布
中村彝 明治20年〜大正13年 (1887~1924)
関東大震災の後、結核を患いながらも生き延びた彝は花を中心とした静物画を繰り返し描いた。この作品を描いた翌年、彝はその短い生涯を閉じた。



椿 須田 国太郎  昭和15年(1940)



鳩舎 脇田和 昭和42年(1967) 油彩・麻布

脇田和 明治41年~平成17年 (1908~2005)
子供や鳥を主題に、簡略化した形態と中間色の柔らかな色彩で、抒情性豊かな作品はとても楽しい。花のデッサンが彫刻家・後藤清一さんのアトリエにいつも掲げられてあった。



小渓(あるいは谷間)・木村 忠太(大正6年~昭和62年)
昭和61年(1986)・油彩・麻布
フランスに長く滞在し奔放な筆遣いによる新鮮な色彩で、大胆に対象を簡略し、自ら「魂 の印象派」 と呼ぶ光の表現を追求した。

展示室2



熊岡美彦とその時代・2022年12月24日~2023年2月12日
石岡市出身の洋画家・熊岡美彦(1889-1944)は、大正から昭和の戦前にかけて官展を舞台に活躍した。熊岡作品のほか、彼に教えを受けた洋画家たちの作品などを展示。熊岡美彦/斎藤与里/森田茂/小貫綾子/斎藤久子/小又光



「追羽子」 小又 光 昭和22年(1947) 油彩・麻布
小又 光 (大正8年~昭和53年)
日本舞踊や歌舞伎など伝統芸能を題材に、踊り手が舞台で生みだす一瞬の美を追求した。大正8年 現・茨城県常陸太田市に生まれる。 昭和8年 菊池五郎に師事。昭和16年 上京して熊岡絵画道場に学ぶ。
*「白牙会研究所」での指導を終えた土曜日の午後「一楽洞」に必ず立ち寄られ骨董談義、ご自宅に何度もお伺いしたことなどを思い出す。

戦後日本版画の展開-照沼コレクションを中心に@茨城県近代美術館

2023年01月20日 13時18分11秒 | 美術館
戦後日本版画の展開-照沼コレクションを中心に@茨城県近代美術館
2022年12月24日~2023年2月5日






県内のコレクター・照沼毅陽氏(1926-2021)より寄贈された作品を中心に、戦後の日本版画の展開をたどりながらその魅力を紹介する展覧会。







浜田知明《初年兵哀歌(歩哨)》1954年



棟方志功《〈二菩薩釈迦十大弟子〉より「舎利弗の柵」》1939年



浜口陽三《黒いさくらんぼ》1962年



靉嘔《グッドバイ・ムッシュウ・ゴーギャン》1973年



加納光於《「波動説」―intaglioをめぐって No.24》1984-85年



野田哲也《日記 1977年8月10日》1977年

など180点が展示された。

50年前頃に版画に興味を持った時期がある。
今はなき洋画家・福地靖さんの影響が大きい。
銀座の「シロタ画廊」水戸に在った「ギャラリー鴉屋」などによく顔を出した。
コレクターの照沼毅陽さんについての話も聞いた。
後にコレクションを茨城県近代美術館に寄贈された。
展覧会を通して何度も拝見する機会が有るのは嬉しい。
コレクションが散逸せずに多くの方々に見てもらえるのは収集家冥利に尽きることだろう。

馬頭広重美術館@栃木県那須郡那珂川町

2022年12月26日 17時13分38秒 | 美術館
馬頭広重美術館@栃木県那須郡那珂川町

栃木県塩谷郡熟田村狭間田(現さくら市)に生まれた青木藤作氏は実業家として成功する傍ら広重の肉筆画や版画などを収集した。没後に遺族が作品や関係資料など約4500点の寄贈を馬頭町(現那珂川町)に願い出た。町は作品の収蔵・展示の施設として地元産の八溝杉材をメインに、地元産の石材、地元の職人が漉いた和紙などを使用することで地域の再生を図ることにした。
構想の全てを隈研吾建築都市設計事務所に依頼し2000年(平成12年)に「馬頭広重美術館」が開館した。







隈研吾(1954~)は国立競技場の設計者として世界的にも著名だが、1990年代半ばから木材を使った和(日本)を感じさせる作品が特徴となっている。
「馬頭広重美術館」は水戸から那須・黒磯辺りに出かける際の中間点で、一休みするには絶好の場所だ。





「画鬼・河鍋暁斎」展(2022年4月1日〜5月8日)
河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい、1831年・天保2 - 1889年・明治22)は下総国古河石町(現・茨城県古河市)に生まれ、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、日本画家。
号は「ぎょうさい」とは読まず「きょうさい」と読む。
それ以前の「狂斎」の号の「狂」を「暁」に改めた。



「応需暁斎楽画 第九号 地獄太夫がいこつの遊戯をゆめに見る図」河鍋暁斎



葛飾北斎の『北斎漫画』に通じる『暁斎漫画』『暁斎鈍画』『暁斎酔画』『暁斎百鬼画談』なども数多く刊行されている。



ミュージアムショップに隈研吾の色紙や写真などが飾られてある。



本年(2022)10月古河市を訪れた際「河鍋 暁斎誕生の地」を確認できた。

半蔵門ミュージアム @東京都千代田区一番町25

2022年12月22日 04時28分34秒 | 美術館
半蔵門ミュージアム @東京都千代田区一番町25





半蔵門ミュージアムは真如苑が所蔵する仏教美術品を一般に公開している美術館で東京メトロ半蔵門線『半蔵門駅』の4番出口の脇という好立地。



特集展示「仏教美術の精華 観音応現身像をまじえて」(2022年11月23日~2023年3月12日)が開催されている。



常設展示としてガンダーラの仏伝図浮彫り。
ガンダーラ(現在のパキスタン西北部にあるガンダーラ地方を中心に、紀元前後から5世紀頃まで栄えた)やハッダ (現在のアフガニスタン東部の古代ガンダーラ地域のギリシャ風仏教遺跡)はギリシアとオリエントが融合して誕生したヘレニズム文化は日本からみると異国的だが、そこに魅力がある。
釈迦の前世や誕生、出家、悟り、説法、入滅といった生涯をたどる仏教の説話が彫られている。それまで仏の姿は象徴的だったが、この時代から具体的に顕されるようになったから仏像の始まり。



運慶作と推定される《大日如来坐像》鎌倉時代・12世紀(重要文化財)。


特集展示は観音菩薩に関連した仏像や経巻など。



三十三応現身立像・梵王身 室町時代 明徳5(1394)年頃
悩み苦しむ人々を救うために観音菩薩が変化した応現身のひとつ。



紺紙金字一切経(神護寺経)のうち仏説意経 平安時代 12世紀 
紺紙に金字で経文が書かれ、金銀泥による見返絵も付された装飾経。



地下1階にある展示室は天井が高く、石を多用した明るく落ち着きのある会堂の様な空間で静かに仏像や仏画と向き合うことが出来る。
しかも、宗教法人の運営する施設なので入館は無料というのも魅力。





半蔵門周辺には行く機会が少ないが、桜の名所の千鳥が淵なども近い皇居の御濠沿いは絶好の散策路。
九段坂から神保町を抜けてJR神田駅まで歩いた。

建窯「曜変天目( 稲葉天目)」静嘉堂文庫美術館@丸の内

2022年12月17日 09時56分15秒 | 美術館
建窯「曜変天目( 稲葉天目)」静嘉堂文庫美術館@丸の内

世田谷区岡本に在る「静嘉堂文庫」の美術展示部門が東京・丸の内の明治生命館に移転し「静嘉堂@丸の内」として新たなスタートを切った。
開館記念「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき―」展は2022/10/1(土)〜12/18(日)[前期]10/1~ 11/6[後期]11/10 ~ 12/1で展示替えあり。







「明治生命館」は1934年(昭和9)に竣工。
1997年(平成9)に昭和期の建造物としては初めて、国の重要文化財に指定された。



展示室はホワイエを囲むように4室が配置されている。



ホワイエにも「白玉双喜文水注」( 清時代 18~19世紀 一口 玉器)、「瑪瑙双耳瓶」(清時代 18~19世紀 一口 玉器)、「紫水晶木蓮式瓶」( 清時代 18~19世紀 一口 玉器)、有田窯 色絵花卉丸文菊形皿(古伊万里 金襴手様式・江戸時代 18世紀 二枚 磁器)が展示されてある。

本展は第1章~第4章の構成。
第1章 静嘉堂コレクションの嚆矢―岩﨑彌之助の名宝蒐集
第2章 中国文化の粋  第1部 宋~元時代 / 第2部 明~清時代
第3章 金銀かがやく琳派の美
第4章 国宝「曜変天目」を伝えゆく―岩﨑小彌太の審美眼

静嘉堂創設者の岩﨑彌之助が高輪邸の応接室に飾ったという菅原直之助の能刺繍《翁》(1907頃)のほか、茶道具で最初の蒐集品とされる《唐物茄子茶入 付藻茄子・松本茄子》(南宋〜元時代 13〜14世紀)、そして国宝《倭漢朗詠抄 太田切》(平安時代 11世紀)など、国宝7件を含んだ名宝が展示された。









好みは人それぞれだが4室の建窯「曜変天目( 稲葉天目)」茶碗が本展の白眉だ。
展示ケースに低反射ガラスを使用していることや、小さな照明器具を多方面から当てているので、深く多様な紺地をベースとした色と文様は今までの陶磁器で観たことがない。正に宇宙空間を眺めているように感じられた。
どのような写真でも再現は出来ないだろうが「ぶらぶら美術・博物館」( BS日テレ)の放映画面を写した写真を思い出の記憶に。

*静嘉堂文庫美術館の礎は、岩﨑彌之助(1851〜1908、岩崎彌太郎の弟で三菱第二代社長)とその息子・岩﨑小彌太(1879〜1945、三菱第四代社長)による父子二代のコレクション。
約20万冊におよぶ古典籍と6500件の東洋古美術品のなかには、国宝7件と重要文化財84件が含まれる。

*三菱の美術館・博物館は「東洋文庫」「三菱一号館美術館」「静嘉堂文庫美術館」の3館。

*今から20年前頃、世田谷岡本の「静嘉堂文庫美術館」を訪ねた。
二子玉川だったか、私鉄の駅から徒歩15分位で静嘉堂の門に至るが、そこから山道を登って建物まで10分くらいを歩く。岡2つはあろうと思える広大な敷地だった。昨年までは公開していたようなので、再度訪ねておけば良かったと、後悔している。


「夭折の画家たち -青春群像-」展 其の2 @笠間日動美術館

2022年11月30日 20時03分37秒 | 美術館
「夭折の画家たち -青春群像-」展 其の2 @笠間日動美術館
2022年10月1日(土)~12月18日(日)




「自画像」松本俊介



「駅」松本俊介

松本 竣介(1912- 1948)東京で生まれ、その後岩手県で育ったが17歳になる年に再び上京し、その後は東京で絵を描き続けた。
中学にあがった時に聴力を失ったが、都会の風景やそこに生きる人びとを、理知的な画風で描いたが、ストップモーションのように思える。



「夭折の画家と東京」
作家や文学者など、ゆかりの地を訪ね歩くようにしている。
今となってその地の片鱗さえ探すことが難しいが、想像力で補うのもたのしいものだ。



「花変容」靉光(あいみつ、本名:石村日郎、1907-1946)
広島県出身、大正末に上京し「池袋モンパルナス」を拠点に独自の世界観を様々な手法で表現した。
シュルレアリズムを取り入れた独自の画風。
作品数が少なく見る機会は稀だ。



「女の顔」(ボアの女)萬鉄五郎 



「雲のある自画像」萬鉄五郎 



「赤マントの自画像」萬鉄五郎 

萬 鐵五郎(1885- 1927)
岩手県生まれの日本の前衛美術の先駆者となった画家。
早稲田中学卒後短期渡米、帰国して東京美術学校に入学。
当時の画壇の潮流を否定する「裸体美人」を卒業制作とした。
卒業後、フォービスムからキュービスムへとヨーロッパの造形思考との対決を重ねながら日本人としての絵画を模索、転じて、南画研究を通して新たな境地をつかみ、反アカデミズムの立場を貫いた。







三岸 好太郎(1903年 - 1934年)
北海道札幌生まれ、戦前のモダニズムを代表する洋画家の1人。
夫人の三岸節子(1905- 1999)は女流画家で晩年は南仏に定住し長命だった。

2014年に札幌の「北海道立三岸好太郎美術館」を訪ねた。
大感激し感想をまとめたいと思いつつ、あまりの素晴らしにグーの音も出なくて、いまだにそのまま。
デジカメが変わるたびにデータが飛んで写真もないのが残念。

*企画も作品も素晴らしいく、で何度も足を運びたい展覧会だった。
夭折(若死に)の人たちはそれぞれに魅力を秘めているが、人となりが良く分からない。ネットで調べたのを簡単に書き留めただけとなってしまったのが残念だが、各々をもっと知りたいと思っている