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私はいきなり血が頭に集まるようにかっとしても、気まずい気分で、箪笥を全部引き出した。<o:p></o:p>
3階の売場の非常に大きい抽斗と文箱の抽斗を、そして布団売場、洋服売場の大きい抽斗と、衣装箪笥の深い隅々までやたらにひっかき回した。<o:p></o:p>
母は少しも関係を持とうとせず、いつもと同じくのろのろと食器を片づけると、こつんと音を立てて膝からぐずぐずと立ち上がって、御膳を運んで行った。<o:p></o:p>
私はやたらに箪笥の抽斗をひっくり返して、いよいよ異常な考えになった。抽斗があまりにきれいに整頓されていたからだ。<o:p></o:p>
母は本来勤勉な主婦だったが、抜けていることも多く、よく自分が置いた物の行方もわからず、父に怒られながら抽斗をめちゃくちゃにするのがいつものことで、それで抽斗の中はいつもごちゃごちゃになって、忘れた物はまた母でなければ探せなくなっていた。<o:p></o:p>
その上、なにしろ避難に遅れていて、早目に戻って紛失した物が多くはなくても、ごちゃごちゃになっていた箪笥の中を、このようにきれいに整頓する状況が母にあったということは、あまりにも意外だった。<o:p></o:p>
使い道のある物より使い道のない物が、多かった抽斗に使い道のない物は、全部捨ててしまったのか、空っぽの抽斗にはまたすぐに外出でも出かけられるように、よく手入れの行き届いた服が、季節ごとにきちんと重なっていた。<o:p></o:p>
けちをつける必要もない、完璧な整頓、しかしそこはまるっきり生活の臭いがしなかった。寒気が漂った。それは父と兄達の遺品であるとともに母の遺品のでもあった。<o:p></o:p>
それはいつまでもその完璧な整頓の中に残っているだけで、それがその本来の機能を発揮する日があるはずもなかった。私は脈がぽんとなくなって、探っていた手を放した。<o:p></o:p>
生活の臭いがない空虚な抽斗。完全に思考を追い出して、空っぽになっている母の頭の中のように、完全な<虚>の抽斗。私はくまなく探すことをすっかり諦めた。<o:p></o:p>
いや、なぜかそれが、その抽斗の中の遺品が私の手をいっぱいにして拒んでもいるようだった。<o:p></o:p>
私は箪笥をさっきのようにぎゅうぎゅうに閉めてしまった。母に義歯を入れさせようとしているのが、どんなに無意味な徒労だったのかに気付いた。その義歯は母が未練なく捨ててしまった使い道のないゴミの一部だったのは明らかだからだ。<o:p></o:p>
母はまだ時々銀製の食器をぶつける音を出して舌打ちをし、私は母が舌打ちをしながら、軽い嘲笑を浮かべているのを見ているようで、私の頭をやたらにかきむしって自分の部屋へ行って寝ころんだ。<o:p></o:p>
どんなに寝ころんでも私は私が広々とした古家、建物の一方を失った不吉な家で、完全に一人で生きているというぞっとする思いを和らげることはできなかった。<o:p></o:p>
それでも、私はこの古家の外には人が生きているという思いで自分を慰めながら、外の人との対話を思案した。<o:p></o:p>
便箋と万年筆を取り出した。そして<愛する○○に>と書いて、その空っぽの舛をどんな名前で埋めるか思いめぐらした。<o:p></o:p>
私はどうしても<愛する>と冒頭に書きたくて、今切実に愛したいということに手を焼いていた。まずオクヒドさんを考えた。しかし彼の名前の上にかぶせるのには<愛する>は取るに足りなくてつまらない冠だ。<o:p></o:p>
<愛する泰秀>、嘘が少し度を越しているようで、気乗りがしない。<o:p></o:p>
ではもう少し遠い釜山へ出そうか。<愛するマリ>、彼女はいつも誰かを気遣って耐えられない子供だから、間違いなく私は長い返書を受け取るだろう。<o:p></o:p>
返書が必要ない手紙を書きたい。返書が来るかもしれないと気が気でなくてもいい手紙を書きたい。<o:p></o:p>
<愛するチンイ兄さん>私はチンイ兄さんの金属製で非情な目と堅く結ばれた薄い唇を思い出した。彼は絶対にくだらない返書の類は書かないだろう。<o:p></o:p>
<愛するチンイお兄さん>そうして見ると親戚の中で彼を一番好きなようだった。<o:p></o:p>