五鉢の睡蓮鉢にめだかを飼っている。水底で長らく蟄居していたが、ようやく3月末頃より水面に姿を現した。昨年の夏は喧嘩で飛び出たのか、その内の一匹が地面で半死半生になっていた。気付いて慌てて戻したのであるが、大変な事態が起こったことはすっかり忘れた如く、一日たてばまた元通り仲間と連れ立って元気に泳いでいた。話は飛ぶが、一発奮起して家の壁を飾るべく12本の朝顔を並べて植えた年があった。網を張って這わせたらどんどんと伸びて、毎朝色とりどりの花が一面に咲いた。日差しが強い真昼はくたくたと萎れている緑の葉は、夕方に散水すれば見る見るうちに生気を取り戻してゆく。今年はゴーヤを育てる予定で苗を植え付けたばかりである。
干物になりそうになったことがなんだ。枯れかかったことがどうした。そんなものは何時までも覚えていられるかい。今をつなぐのに忙しいのじゃ。動物であろうが植物であろうが、ことあるごとにその様に、物言わぬ彼等に叱りとばされている気がする。