み吉野の 耳我の嶺に
時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける
その雪の 時なきが如 その雨の 間なきが如
隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を (万葉集 巻1・25)
壬申の乱に勝利した天武天皇が、乱直前の吉野入りを回想なさった御歌である。後世の者がなんと評しようと、その時、この道に踏み入らねばならぬという一つの決断があったのである。踏み込んだからには駆け抜けるしかない。来し方に残し置いた思い、行く末までたずさえてゆく思いは、そのどちらが重いのだろう。絶え間なく、修羅道に降りやまぬ雪。降る雪の中で問われる覚悟は、今も昔も変わりはしない。
市井の草木は夢破れ踏みしだかれようとも、一本の命に止めを刺されることはない。それに比して権力の周辺に生を受けた者はどうだろう。おのれに組する者と組せぬ者が錯綜する、むんむんと湧き上る情念の只中で、乱されることなく歩を測る者だけが生き残る。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、天を仰ぐ覇者には覇者の、地を這う我等草木には知るべくもない規範がある。射抜かねばならぬと定めた標的に向かってきりきりと絞られてゆく、贅肉のひとかけらもない行動様式は、時代を越えて非情で美しい。
時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける
その雪の 時なきが如 その雨の 間なきが如
隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を (万葉集 巻1・25)
壬申の乱に勝利した天武天皇が、乱直前の吉野入りを回想なさった御歌である。後世の者がなんと評しようと、その時、この道に踏み入らねばならぬという一つの決断があったのである。踏み込んだからには駆け抜けるしかない。来し方に残し置いた思い、行く末までたずさえてゆく思いは、そのどちらが重いのだろう。絶え間なく、修羅道に降りやまぬ雪。降る雪の中で問われる覚悟は、今も昔も変わりはしない。
市井の草木は夢破れ踏みしだかれようとも、一本の命に止めを刺されることはない。それに比して権力の周辺に生を受けた者はどうだろう。おのれに組する者と組せぬ者が錯綜する、むんむんと湧き上る情念の只中で、乱されることなく歩を測る者だけが生き残る。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、天を仰ぐ覇者には覇者の、地を這う我等草木には知るべくもない規範がある。射抜かねばならぬと定めた標的に向かってきりきりと絞られてゆく、贅肉のひとかけらもない行動様式は、時代を越えて非情で美しい。