花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

学者先生

2020-10-16 | 日記・エッセイ


生涯で初めてお目にかかった学者先生は、京都産業大学名誉教授、宗教哲学者の三谷好憲先生である。御縁を得て十代の頃に友人と二人、様々な英文の御講話を頂く貴重な機会を得た。度の強い眼鏡を装用し御着物で端座なさっていた、長身痩躯の御姿が今もありありと眼に浮かぶ。

御自宅は坂道を登った京都郊外の静謐な一画にあり、御座敷には数多くの洋書や和書が整然と並んでいた。其処には私が育った自宅兼医院の、やたら騒々しい町医者の家とは明らかに違う涼やかな空気が流れていて、学者がお住まいになる御家とはこのようなお家なのだと子供心に響いてくるものがあった。そして夏になれば、御自宅からやや離れた深い木立に囲まれた別所で御講義が行われた。涼風が吹き来る中での豊かな勉学の一時を振り返る時、あたかも十便十宜図に描かれた宜夏のようであったと思うのである。

1992年に御病気で御逝去され、学究の血を受け継がれた御子息の三谷研爾教授がおまとめになった御遺稿集『思索の森へ カントとブーバー』(行路社, 1993)を後に頂戴した。医学の道に入った時に三谷好憲先生に頂いたドイツ語の辞書とともに、御本は私の一生の宝物である。あの頃のやっと襁褓が取れたばかりに過ぎない学生には(そして今もなお進歩がなく慚愧に堪えない)、三谷先生の深い学識と教養はまさに猫に小判状態であった。三谷先生はそのような遥かに至らぬ若輩に対しても、何時も真正面から真摯に向き合って下さった。高潔無比にして清廉潔白、そして溢れるばかりの慈愛に満ちた先生であった。

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