入道相国に寵愛された白拍子の祇王は、年もまだ若い仏御前の艶姿に心を奪われた入道に弊履の如く捨てられる。当初、召されていないのに推参した仏御前に対し「とうとう罷出よ」(さっさと退出せよ)と言い放った清盛に、不憫だから御対面だけでもと執り成したのは他ならぬ祇王自身である。初音の帖で恩に着せた光源氏の空蝉への物言いが表す様に、権力者が施す特別の計らい、家内富貴や百石百貫などは、寵愛が失われ関係が消滅すれば何れも其迄である。
「いづれか秋にあはではつべき」の恨みがましい歌など残さず、立つ鳥跡を濁さずの舞納めこそあらまほしけれ。頼朝に命じられ、しづやしづのと命を懸けて謡い舞い終えたのは、後の靜御前の心意気である。我こそは都に聞えたる白拍子の上手と謳われた祇王ではないか。身を恥じねばならぬことなど一つもない。性懲りもなく、思ひ知らずの清盛は座興として祇王を呼び寄せたが、冥途の土産にせよと芸の何たるかの神髄を堂々と見せつけてやればよい。
それにしても一群の中で、おのれの身の安泰だけを図り、自死まで覚悟した祇王・祇女の姉妹に親孝行を盾にひたすら堪忍せよと強いる母刀自は酷い。そしてひとえに胸を打つは、栄寵を固辞し、並々ならぬ精進を重ねてきた芸の道を捨てて落飾し、祇王の跡を慕い往生の素懐を遂げた仏御前の清冽な心根である。
参考資料:
市古貞次校注・訳:日本古典文学全集「平家物語①」, 小学館, 2014