花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

捨て果てむと思ふさへこそ

2014-12-26 | 詩歌とともに
大西洋に沈んだタイタニック号が終焉を迎えた時、楽団長は乗客の心を励ますために仲間とともに最後まで演奏を続け、運命を船と共にする道を選んだ。その楽団長のバイオリンが公開されたニュースがかつて新聞に掲載されていた。1997年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の映画「タイタニック」にも描かれた最後のこの光景とともに、心に残ったのはヒロイン、ローズが選んだ人生である。最愛の恋人が水底深く消えて行った後も、年月を経て再び万感胸に迫る海上に立つ時まで、ローズはその後の人生を女性として十二分に力強く生き抜いている。平家物語の小宰相との違いは何なのだろうと考えずにはいられなかった。西洋と日本の女性の心情の相違なのだろうかと。小宰相は「あかで別しいもせのなからへ、必ひとつはちすにむかへたまへ」と、平通盛を偲んで千尋の海に身を投じたのである。

捨て果てむと思ふさへこそかなしけれ 君に馴れにし我が身と思へば  (後拾遺集)

和泉式部のこの絶唱を思い浮かべた時、東西の時空を越えて共通な、そのような愛され方をした女性の気持ちが心に沁みてきた。その身を慈しみ真摯にありたけの思いを注いでくれた、そして憂き世にひとり自分を残して旅立っていった男性の、ただ一つの大切な形見がその女性自身だったのである。かけがえのない思い人を失った後に、絶望の淵から明日へと命を繋ぐ孤独な心を支えてくれるものは、紛う方なく、その人が我が身に深く刻んで行った記憶に違いない。

それにしても、紫式部日記で悪しざまにけなされた人ほど、清少納言もまたしかり、私にはより一層、有神で魅力的に映る。陰刻のくぼみが深くなればなるほど、反ってその人となりが鮮やかに浮き上がって見える。これはどうも一筋縄ではゆかぬ性格らしい紫式部の、練りに練り上げた逆説的なエールであったのか。


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