『華岡青洲の妻』を初版本で読んだのは小学生の頃である。見て見ぬふりでお母さんや奧さんを競わせて漁夫の利を得ようとする、まことに卑怯なお医者さんやと大いに義憤にかられた。刊行後まもなくTVドラマ化された映像を、熱心に毎週かかさずに観た子供は一層その意を強くした。最近、懐かしく思い立って書棚を探したが何処にも見当たらず、これもまた駅前再開発に伴う移転に際して散佚した本のひとつらしい。
小説で初めて御名を知りはや半世紀が過ぎた。業界の遥か下流の末席に連なり巨星の偉大な業績を知り、のみならず帰耆建中湯に関連した論文を書く機会を得た。後世の泡沫の如き取るに足らぬ身に、かくなる御縁を賜ったことをしみじみ有難いと思う。