ヤマトタケルの夢 

―三代目市川猿之助丈の創る世界との邂逅―
★歌舞伎・スーパー歌舞伎・その他の舞台★

九月博多座大歌舞伎観劇アレコレ

2005-09-25 02:37:21 | 歌舞伎
そろそろ記憶が断片的になってきているので
断片的なカケラをあれこれ。

※おとせさん、川に突き落とされますが、
3階から見ると、メチャクチャ高さと深さがあるように見えて
怖かったんですが、実際、通常より高さあったみたいですね。

※大詰の雪上の立廻りも屋根の上斜めってる(笑)し、
どういう感じで滑り止め効果しているんでしょうか?なし?
本人のバランス感覚だけが頼り?段ちゃんの飛び降りもドキドキしました。
逆に、玉三郎さんの櫓への昇降は安心して見ていられたのですが。
白く塗ってあるだけなのに、はしごや土台?の枠組みに
雪が積もっているように見えるのが素晴らしい!

※芝居の中でいろんな伏線が張られているけれど、
妙に引っかかり恐ろしくそして哀しい想いが募るのが
和尚が包丁を眺め、よく研いであると呟く場面・・・
末期の苦しみが少ないようにということなのかと思うと切ない。

※今回は、十三郎とおとせが死ぬ場面で、犬の思いいれはナシとの事ですが
笑三郎さんがおとせににじり寄るあたりで
若干動物的な動きに見えたのですが、どうでしょう?見間違いかな?
瞬間の印象なので・・・

※お坊とお嬢はプラトニックな関係ということらしいのですが、
今回の二人は、どうみてもでしょう~と盛り上がった@
ドトール(気分は芝居茶屋)での観劇後自主歌舞伎鑑賞教室
(あ、「社会人のための~」の方で)
あんなに(意外と)さっぱりした気性に見えるお嬢なんですけどね。
これはコクーンの福助さんの方がもっと退廃的でありえる造形だったけれど、
博多のお嬢とお坊は、表面的に見える以上に深い繋がりを感じました。

※化かされでダミーの弘太郎くんが、切穴より前、かなりセンターに
出て芝居していたのも、ビックリ。

※だいたいどこの劇場でもブロマイド500円なんですけど
博多座の550円、この50円アップ!!っていうのは、なんなんでしょ~
(って博多座にメールしろって?)
そして襲名興行並に(より?)高い筋書(>_<)
でも、博多座のスタッフの方の対応やサービスは凄くよくて
また、アクセスもいいし、好きな劇場ではあります!!

※小林恭二さんの「悪への招待状」を参考文献として読まれた方も
いらっしゃるかもしれませんが
コクーンのパンフレットの中で、著者ご本人が、

>僕この本の中で決定的な間違いを一つ犯してしまったんです。
>三人が出会う場面を節分の日の出来事として書いたんですけど
>実はあれ節分ではなく大晦日だったんです。
>「月も朧に…」のせりふの中に「ほんに今夜は節分か」
>とあるので、二月の節分だとばかり思ってたんですが
>あの年は年内節分と言って、年内に節分が来ているんです。
>ですから、あの三人吉三が出逢って血杯を交わした日は大晦日で
>翌日は正月なんですよ。原本に「としこし」とルビが振られている
>理由が執筆時にはわからなかったんですが、

とおっしゃってます。
もしかして、増刷分とかは内容が改訂されているでしょうか?
ご参考までに。

勘九郎さん(現:勘三郎さん)もそれを受けて
「それは知らなかったな~」
「二月と十二月三十一日では、ぜんぜん気分が違うもんね~。」と。

さて、今回の博多はどんな気分で演っていらしたのでしょうか。

九月博多座大歌舞伎観劇記【3】『義経千本桜』          川連法眼館の場(四の切)

2005-09-25 01:29:02 | 歌舞伎
纏まりのあるしっくりとした一幕でした。

久しぶりに、板付きでない法眼さんも見たし
でも、切ないですよね~夫婦でも、そのお互いの心底を
確認し合わなければならない状況。
しかも、昨日今日の政略結婚で夫婦になったワケでもなく、
かなり長年連れ添ったお二人とお見受けするのに・・・

今回三階からの観劇だったので、忠信の花道からの出端は
見えなかったのですが(この揚幕がちゃりんと開いて、
サーっとオーラが差す様な、そして哀愁が漂う猿之助さんの
出端が大好き♪)七・三辺りにかかったときの佇まいに、
国立観劇時より、憂いがあったかな~という印象。
病み上がりであることや、主君に長く暇をしていたことなどなど
ここは、ホント、役者としての出端の華と、でも役柄として
秘めている憂愁とのブレンドが結構難しいところでしょうか。

偽の忠信と静一行が到着したとの知らせを聞き
下緒を捌くところも、所作が丁寧になっていた。
でも、ここはもっときっぱりメリハリが欲しい。
丁寧だけでなくキリリっとね。
あと、良かったのは、狐忠信で出た後、
広庭から蹴上がって欄干をくるりと回って下手回廊に上がるところが、
7月よりも綺麗でした。ちゃんと長袴の裾が延びて、
欄間の花丸にピシっと当てていました。

源九郎狐の述懐も、切々と心情が伝わってきた。
というか無意識のうちに胸を打たれていました。
三階席だと前方で観る時より、多少、登場人物へののめりこみ方が
薄くなる傾向にあるのだけど、
ふっと気づいたらホロっとした気持ちになっていて(/_;)
結構、冷静?というか落ち着いて舞台観ていたのに・・・と、
いつの間にか胸の奥をすっと掴まれたような感覚。
源九郎狐の心が届いてきたのね

段治郎さんの義経も、また、ひと回り大きく見えて
臣下と向き合う“御大将”に相応しい雰囲気を醸し出していました。

7月国立劇場の四の切を観ていて
笑也さんの静は、以前よりはだいぶ無駄な動きが抑制されていたと
思ったけれど、もっと動かなくて良いのでは?@偽忠信への詮議
とも思っていた。
今回、玉三郎さんの静を観て、やはり動いてないな~と確認。
何度か斬りかかろうとする所作がありますが、
玉三郎さんは、前のめりにいかにも斬りにかかります、
という動きはなく、逆に刀を引いて、ひとつの形を作ることによって
事があれば斬りますよ、という想い入れを表現している。
そのあたりが、やっぱり美しかったですね~。
段治郎さんの義経とも、愛に満ちた素敵な一対でした。

狐忠信の飛翔を見送る際、御簾が降りないバージョンって
もしかして初めて?過去どうだったかな~
いつも忠信一点集中なので記憶なし。
今回は、右近さんと玉三郎さんの格の上からそういう演出
なのかしら?と考えると、過去、猿之助さんより幹部の方が
静御前を勤めた時はどうだったのかしら、と考えてしまいました。 

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