中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

神曲(終)

2008-12-08 00:18:28 | 読書
 ダンテの神曲の「地獄篇」を読んできましたが、そろそろ終わりにいたします。飽きてきたせいもありますが。

 地獄の一番奥深くには、最も罪が重いとされる者が落とされています。それは「恩を仇で返した者」です。

 「コチト」という氷の池が広がっていて、人を裏切った亡霊達が震えながら氷づけになっています。「あまりの冷たさで、両耳が取れてしまっている者もいる」とあります。

 しかしその中にはそんな目に遭いながらも、憎しみ争い合っている者達がいます。「よく見ると、一人の男がもう一人の男の頭に、獣のようにかじりつき、血だらけになっている」という記述があります。壮絶ですね。

 今までに見てきたように「世の中を悪くした者」が地獄では厳しく裁かれます。秩序やモラルを破壊するような事が「悪」なわけです。それが憎み合いを生み、醜い争いを起こさせるのだ、という事なんでしょう。

 さて、地獄の閻魔様にあたる魔王が、ダンテの地獄にもいます。「大悪王ルシフェル」です。もとは美貌の天使だったのに、神に背いたために凄い姿にされて地獄の最奥にいます。

 顔は三つ。コウモリのような6対の羽根。巨大な姿で、コチトの池から上半身を出しています。彼が翼を動かすと恐ろしい寒風が吹いて、池をさらに凍らせるのです。

 彼は常に、あるものを噛み砕いています。何だと思いますか?それはイエスを裏切ったイスカリオテのユダです…。

 「ああ怖かった…」という事で、ダンテ達は深い地獄の底からさらに下り、地球の反対側から(!)地上に帰ります。

 この地獄巡りの旅から、ダンテは何を得たのでしょうか?地獄の入口で案内人の詩聖ヴェルギリウスが、亡霊達を見る時の注意をしました。
「彼らについて語るな。ただ見て過ぎよ。」
これはどういう事でしょう?

 悪い心、醜い心は誰の中にもあります。他人のそれを見た時に、「あいつもやってるから、良いじゃないか」とか「いつか仕返ししてやる」などと思う事は、自分の中の醜い心を解放してしまう事になるんですね。それを戒めたのが「語るな」という言葉なのだと思います。

 この旅を始めるきっかけは「人生の半ば近くで正しい道を間違えて、深い森に迷い込んでしまった」ことでした。答えは見つかったのでしょうか?

 「真っ暗なトンネルを、長い間、一時の休みもなく、ただひたすら上へ上へと上って行く。ようやく光が感じられ、向こうが明るくなって、トンネルから出ようとした時、頭上に開いた岩の間から、ついに私は見た。空の遥か彼方に美しく輝く星を…」

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