朝礼の話題

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原因と結果の法則

2009-03-28 11:22:26 | 成長
「原因と結果の法則」を考える 2009/03/28
 ジェームス・アレンの「原因と結果の法則」は随分前に読みました。若い人の成功法則の本を見ますとこの本のことが引用され肯定されています。
 原因があってそれがあるプロセスを通して結果となる。現在の状態は結果であって、それには以前の原因がある。「くさいものはもとから絶たなきゃ駄目」と解釈していました。

 HCI(ヒューマン・コミニュケーション・インスティテュート)の勉強では「意図のように結果はなる」と習い、実感したことがありました。

 先週、アポイントした相手からすっぽかされたことで、思い出し考えています。相手は約束を忘れたのでしょうが、忘れる原因は「会いたくない・面倒な話は嫌だ・すっぽかしても問題無いと舐めている」のでしょう。交通事情・天候・突発の用事などであれば、携帯電話で連絡もつきます。このすっぽかしは物理的なものではなく、動機的・感情的理由でしょう。それを「意図」と表現すれば「意図と結果」は同一と言えるでしょう。この人とは付き合うべきではないと決心しましょう。

 こんな屁理屈を言いたくなったのは、上原先生の講義で次のようなことを勉強したことからです。
     人間の能力=知力X度量=Iq X Eq
知力(Iq)=言語能力X理論数値能力X空間認識能力
     度量(Eq)=忍耐力X行動力X意志力XやさしさX熱意

 昔読んだ京セラ稲盛会長の本で次の公式がありました。
     人生の成果=能力X熱意X考え方
 私はこう解釈します。能力=レンズの面積
           熱意=レンズの焦点距離の逆数
           考え方=レンズの曲率(凸レンズ=+ 凹レンズ=-)
 日光を集めて高熱を出すとき、その高熱を人生の成果と考えれば、その要素は能力(レンズの大きさ)X熱意(焦点距離の逆数)X考え方(曲率)である。
 私たちは勉強し自分のレンズを大きくしなければならない。そして曇りなきよう常に磨いておかねばならない。一点に集中する焦点がいる。凹レンズのように拡散する曲率では何の成果もあげられない。

 上原先生のお話と稲盛会長の話を混ぜ合わせて理解するとき、
      知力=能力=レンズの面積
      度量=熱意=(1/焦点距離)* 曲率
   と考えれば、知力・度量を掛け合わす意味が理解できる気がします。

  物事の考え方には定性的考え方と定量的考え方と分けて考えると理解しやすい場合があります。
   定性的な能力=空間認識能力、やさしさ、熱意
   定量的な能力=言語能力、理論数値能力、忍耐力、行動力、意志力

 「原因と結果の法則」と言うとき、定量的能力を優先している気がしますし、
 「意図と結果の法則」というと、定性的能力を主に考えている気がします。

 デジタル・アナログという分類の仕方を当てはめてみると、脳細胞の働き・機能として、デジタル=定量的考え-=左脳で処理し、
       アナログ=定性的考え=右脳領域の働き だと考えました。

  年取ってくると、経験も多くなり、いろんな見方が出来て楽しくなります。
  こんなこと考えてそこから何も生まれる訳でもないのですが、少なくとも習ったことの概念が立体的な自分のものになり、「わかった」とうれしくなります。
   ***概念=自分の頭の中に作った一言で言える定義
  しかし、そんな考えたことを言葉にして表現することが正確に出来なくてさびしくもあります。

  上原先生は、成長限界の原理は、人間頭脳の能力には当てはまらないといわれます。人間の肉体能力や物理的能力は限界が来て、そこをピークにしてあとは成長限界の原理をグラフに描いたようにように低下していく。
  しかし、頭脳は100才を過ぎても活性化しておれば、成長し続けている例が沢山あるそうです。
  聖路加病院の日野原重明先生や、しいのみ学園の明治39年8月16日生・102歳. 地三郎博士、日産自動車のミスターKこと93才現役片山豊さんなど高齢で活躍されています。
  成長限界の原理は、限界を意識したとき自分に適用されるものと考えよう。
  私は、ミネラルの摂取とあらゆる範囲の勉強を手段として、140才に私の肉体的な限界を設定しよう。



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