うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その283

2011-07-25 06:47:42 | 日記

                   告別式に

 辛うじて今日まで何とか涼しさが保たれそうで、ホッとしながら車で11時半葬祭場へ向かいます。今日でお役目御免、娘は夏祭りのチラシと、寄付を仰いだおうちに金券を配りに歩きます。婿殿はどうしても休みが取れず、その分一家の大黒柱として大いに稼いでいただくことを、小生としては暗に期待であります。
 式は2時からなのですが、昨夜のお通夜もそうでしたが、この時間にスタンバイするのは土地柄なのでしょうか。時間に無頓着なのでしょうか。というよりは、善意に解釈して遠方からの方々は乗り物の時刻表が、そう都合よくは参らないせいかも知れません。車で来られるにしても、渋滞を意識して早めに出られるのかもと思ったりします。
 
 昨晩お通夜で斎場に泊まられた親戚の方々が、早々と受付に降りてきてお香典ではなく、花輪代と書かれた袋を何人もの方が差し出されます。それよりお手伝いさんへと但し書きのある香典袋を、これもまた何人もの方がお持ち下さいます。これには驚きであります。
 今日はこのお話に終始しそうです。小生は土着の人間ではありませんので口は挟みたくはありませんが、一人が班長さんの立場からいかがでしょう、有難く常識的な日当分を頂き、後は町会に寄付をしたらと。今一人の方は、いや、一応当家に(施主のことらしゅうございます)お返しするのが筋といい、そんな意見があったりして
最終的には式が終わった段階で、お香典と一緒に当家の息子さんにお渡ししました。
 式も無事に終わり、お浄めのお膳が用意されまして、一献傾けて散会ということになりました。問題はこれからであります。

 家に戻りのんびりくつろいでいますとインターホンか鳴ります。当家の奥さんの来訪であります。お返ししたお手伝いさんへのお礼の香典袋を、息子が何も分からず受け取ってしまって申し訳ないことをしました。これはあたし共の心からのお礼の気持ちですから受け取って貰わなければ困るということなのであります。小生としては受け取らざるを得ません。その上うたの助さんには色々町会への連絡などして頂き感謝しておりますとまで言って頂いたりしました。
 さてと、ここからが思案のしどころではありますが、もう小生の腹は決まっておりました。これから一同に招集かけて話し合っても埒の明かぬ事は、それこそ明らかであります。ここへ来ては班長代理の立場から意を決して各人に電話を入れました。当家の奥さんが見えた経緯を語り、班長の立場と言ってはおこがましい限りではありますが、小生に一任されたしと、そのうえで選択した一案を承諾頂けないかと。そしてその案はお礼を当分に割り貰って頂く、そしてそれぞれその中から応分の金額を連名で、折も折町会も夏祭りの準備にかかっていますので、寄付をするということでいかがなものかと、戸別に話したわけであります。


 案ずるより産むは安しで皆さん即、小生の立場を理解してくれて納得してくれました。これが小生を含めて、皆さんの本音ではなかったでしょうか。そう思います。なお婿殿の帰ってから言うことには、この辺はまだ昔ながらの習慣が根強く残っているそうでして、他ではもうすべて葬儀社に一任して、町会の御手伝いなんてことはないそうであります。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (みどり)
2011-07-25 08:49:10
 私の実家は横浜市の鶴見という場所でしたが、下町でしたので、ご葬儀のお付き合いは欠かせませんでした。
母が亡くなった昭和40年代に、ご近所では此方の記事と同じ様な具合でした。お世話下さいました、7人前後の方に2000円と白砂糖2㎏をお渡し致しました。又お隣の葬儀にも、同じ様なお付き合いでお礼を頂きました。みな遠慮なく頂くのが習いと聞きました。
今では実家も無いのですが、幼友だちが申しますには、一時期は会館での葬儀が主流になったようです。
今ではそれも半々、密葬でひっそりと済ませる場合も増えました。ご自宅へ数日後に花や線香をお供えするらしいのですが、そうした別れ方にも心惹かれております。
縁者少ない世代が主流になり、葬儀模様はどんどん様変わりしてゆくようです。
返信する
Unknown (うたのすけ)
2011-07-25 10:41:12
お早うございます。
土地にはそれぞれ残る因習があって、葬儀のことはなかなか難しいようです。根強く旧弊の残る土地、いろいろ改革を重ねる土地、千差万別といったところです。
これからは家族葬儀とやらが論議されていて、個人個人での改革が早道と思います。
返信する

コメントを投稿