うたのすけの日常

日々の単なる日記等

埋み火 八

2014-10-13 06:31:01 | 埋み火


                      三幕 二場

 

数日後、「たえ」の店、まだ外は明るい、たえ、浮かぬ顔で椅子にかけている。そこへ二階か降りてくる後藤。そんなたえを見て。

 

後藤 どうしたんだその浮かねい面は。

たえ ほっとおいておくれ。

後藤 そうかよ…(思いなおしたように)どうだ、ここらで一気に攻めたててみねえか、おめえの躱に旦那が後先の見境えなく、かっかとのぼせ上がってるいまがうってつけだ。ここで大芝居打つんだ、腹ぼてになりやしたと揺さぶりかけて、逃げを決めるようならまとまった金を、脅し半分頂いちゃおうじゃねえか。

たえ お黙り!悪党…

後藤 悪党が悪党よばりか、笑わすぜ。

たえ ふん、おまえにあれこれ指図は受けないよ、ちとしゃべり過ぎじゃないのかい。    (考え込むたえ)脅しに出ようなんて考えちゃいないよ、旦那は人を疑うことを知   らないお人だ、手荒なまねしなくたって、お宝せしめんのは赤子の手えひねるよか   軽い。だけどねえ、あこぎなまねしてんのがあたい辛くなってきたんだよ近ごろ…   奥様のお顔がちらついて気が滅入ってくるんだ。

後藤 おいおい、冗談じゃねえぜ、ふん、柄にもねえ。

たえ なにがふんだい、わかりもしないで、それより出掛けたらどうだいそろそろ店をあけるよ。

後藤 邪魔にすんない。

たえ 邪魔なんだよ、客にさわるし第一うっとしいんだよ。

後藤 そうかよ、だがよくきけよ、まとまった銭手にしねえうちは、おめえとは他人にゃ   ならねえんだよ、わかってるな。

たえ くどいよ!   

 

後藤、せせ笑いながら店を出る、たえ、店の支度にかかる、花をあしらい香を焚く、入れ違いに沢、綾と夏を伴い店に入って来る

 

たえ あら、あな…(綾を認め、慌てる)あの…沢さんの奥様で…

綾  一度お目にかかってますわよね、いつぞや仲店通りで。

たえ 申し訳ありません御挨拶も出来ず…

綾  いいんですよそんなこと。あたしのほうこそ、あなたがこの店のおかみさんかどう   か定かじゃなかったもんで、やはりそうだったのね。もしやとは思ったんですよ。たえ 恐れ入ります。

綾  今日はね、早い時間なんですけどそこまでついでがあったもんで、一緒に寄らして   貰ったのよ。

   

沢、綾の後ろで憮然としている。

 

たえ わざわざありがとうございます、こんなむさ苦しい店に。さあどうぞお掛けになって下さい。沢さん、お酒にしますか。

沢  うん、女房はいいよ、お茶でも淹れてやっておくれ。

たえ はい。

綾  いいのよ、あたしなら構わないで。

たえ いえそんな。奥様、今日はどちらかお出掛けですか。

綾  ちょっとお得意様に。

たえ さようでございますか。(酒と茶となにやら支度して、土間の飯台に並べる)

綾  あなた、召し上がったら。

沢  おう、(たえ、酌をする、綾それを見遣る)

綾  おや、いい薫り、香を嗜みなさるのね。それに奇麗にお花も活けてらっしゃる。な   かなかじゃありませんかお若いのに…

たえ お恥ずかしいいですわ、ただ見様見真似で…

綾 (店をさりげなく見迴しながら)そうそう、出がけに板前にみつくらしてお重に詰め   てきたのよ、お酒のつまみにどうかしらと思って。お夏、こっちへ…

夏  (綾に風呂敷包みを手渡しながら大仰に)あれっ、こちらへお持ちするんだったんですか?

綾  そうですよ、それがどうかしましたか。

 

夏、たえをきつい目で見る。

 

たえ なんですか、勿体ないですわうちあたりの店で。

綾  まあまあ、あなたにお持ちしたのよ、一つ味見して下さいな。

たえ すみません、遠慮なく頂きます。まあおいしそう、奇麗な盛り付けで、いまお重をあけてきます。

綾  いいのよ、そのまま使って頂戴。

たえ それじゃあんまり…

綾  いいんですよ。(沢に)あなた、なかなかいいお店じゃないの、(たえに)いつも   すみませんうちの人がお世話かけて、さぞかし我がまま言ってるんでしょうね。感   謝してますよ。

たえ 感謝だなんて…あたしの方こそ旦那様にご贔屓にして頂いて、それより奥様、結構なお着物たんと、なんとお礼申していいか、奥様にまでかわいがって貰って嬉しいですわ。喜んで着させて頂いてます、これそうなんですよ奥様。

綾  そのようね、よくお似合いよ。喜んで着て貰ってほっとしましたよ。(沢に)あな   た、あたしたちお店開けるまでには帰りますから、ゆっくりなすってらっしゃいな、沢  うん、まあ適当に。

綾  ほほほっ、適当だなんて。

沢  もうそのあたりで話は止めにしたらどうだい、遅くなるんじゃないのか。

綾  ほほほほっ、そうですね、ではお夏、失礼しましょう。そうそう、お子さんが見え   ないようだけど。

たえ  はい、ちょっとの間、裏の年寄りが構ってくれてるです。

綾  それはまたいい人がいてよかったわ、小さい子を抱えてのご商売、大変でしょう、   よくおやりなさる、偉いのねえ。

たえ 偉いなんて奥様。

綾  ほんとよ、ねえあなた。

沢  まあまあそれぐらいにして。

綾  はいはい、こんどこそ。

たえ あらほんとにお帰りですか、いろいろお気使いありがとうございます。またお近いうちご一緒にお出掛けください。

綾  そうね、そうしますよ、それでは御免下さい。(たえ、綾を腰をかがめ見送る)

夏  (表に出た綾を先に、店先を振り返りながら)この飲屋なんですねおかみさん、旦   那様が行きつけのお店って。ここならあたし知ってます。

綾  そうかい。

夏  そうかいじゃございません。よろしいんですか旦那様一人置いて、あたしなんか心   配です。旦那様あの女に喰われそう。

綾  ほほほっ、なに言うのお夏は。さあ急ぎましょう、時間までにもどれませんよ。

夏  はいっ。

   

二人を送り出した沢とたえ、場所を座敷にかえ、たえ、あらためて膳を整える。

 

たえ あなた、あたし気い張りっぱなし、疲れたわ。それに…なんだか惨め、泣きたいわ、こんなんていや。(たえいきなりたちあがり、戸口に走りしんばりをかい、戻るとなにか意を決した眦で座り直し、そして両手で顔を覆い哭き出す)

沢  どうしたんだ急に黙りこくって、おまけにしんばりまでしちゃって、おいたえ、お   前泣いてんのかい、一体どうしたってんだ。女房が顔見せたのが気にいらないのか、   あたしが好んで連れて来たんじゃないんだよ…

たえ そんなんじゃありません。あなた、思い切って言いますよ。

沢  改まってまた。

   

たえ、沢の耳元に口を寄せささやく。

 

沢  えっ、本当のことかい、(沢の顔に苦汁の影が一瞬走る)

たえ 嘘や冗談で、愛想が尽きましたか、後藤とは他人よ、言えない…

沢  間違いないのかい?(たえ頷く)

たえ あたしが迂闊でした、すみません…

沢  たえがあやまることじゃない。

たえ 怒ってますね。

沢  怒っちゃいない、戸惑っているだけだ。

たえ いえ、その目、その貌(かお)…

沢  そんな、後先考えなくてはならんじゃないかい。

たえ 逃げても構いませんよ、追いはしない。

沢  馬鹿言うんじゃない、なんであたしが逃げを打つなんて考えるんだ。たえはあたし   をそんな男と…

たえ えっ、そんじゃあたしを今までどおり、かわいがっておくれなんですねえ…

沢  当たり前だ。要はだね、薄情に聞こえるかもしれないが、わかってくれ。たえはまだ亭主持ちの躯だ、ご亭主とはっきり切れなきゃ、喜んで生みなさいと…

たえ わかっています。後藤がなかなか別れ話に…なんだかんだと無理難題を言って、頭を縦に振らないんですよ。あなたにはただただ申し訳なくて…でも生もうとは思っていませんよ。騒動はいやです、始末をしますよ。

沢  (そっと安堵の吐息をつく)そうか、すまない。それで、どこか安心なとこ…どう

してもみつかんなけりゃあ…

たえ いえ、あなたの手はわずらわしはしません。でもさみしい、あなたの子が産めたら   と…(顔を袂で覆う)でもあたしたちの間なんて、こんなもんなのね。奥様が妬け   るう…

 

たえ泣く。

 

沢  それを言ってくれるな。

たえ 理屈ではわかっているんですよ。

沢  それでいいじゃないか、もうこの話は止めにしよう、あとは躯に気をつけて、頼ん   だよ。

たえ はい。

沢  いい返事だ、これであたしも安心出来るというもんだ。さあ一本つけなおして貰お   うか、店も開けなくてはな、そろそろ客もくる時間じゃないのかい。

 

たえ、沢にしなだれかかる。

 

沢  ご亭主との間にけりがついたら、格好の家をと、心してるんだよたえ。

たえ (沢を凝視し)あたしを囲ってくださるんですか、うれしい!

 

                         暗転



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