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西洋文明の混同

2022-06-27 10:40:27 | 日記
     80年代に行った教会の教派。聖餐式の見方は分かれていたが、信徒たちの大勢は、コンパみたいなものであり、仲間関係を作る目的であった。同じ見解を持つ一神学生からもそのように聞いた。聖餐式するには、堅信礼を受けなければならないが、当時の僕はすでにコンパにも、仲間関係にも魅力を感じなくなっていた時期なので、聖餐式も受けたくなく、したがって堅信受けないまま、教会もやめた。コンパや仲間意識がキリスト信仰や愛になるとは、当時の僕にも思えなかった。それらは人のすることだと。

  後年、放送大学やNHKラジオ講座で、西洋文明の源流はギリシア・ローマと、ユダヤ・キリストの2つがあり、それぞれ違うこと、そのギリシア社会にはコンパ文化もあり、酒を酌み交わしながら、議論して交友していたことも知った。

  ならば、明治からそのような聖餐式を解釈する信徒が多いその教派。西洋文明の源流の区別ができず、聖餐式もギリシアのコンパと同じに思い、あのような解釈もし、さらに当時の教育勅語の「仲良く」も当てはめ、本当に独特の聖餐式解釈になったかもしれない。

  その教派は日清戦争以降の日本の全戦争に積極的に協力し、軍人信徒も多かった。戦後はレイプ牧師を3人出し、内一つは牧師会が隠ぺいしようとした。どちらも反キリストとも言える大罪だが、なぜそのようになったのか、僕は考え込んでいる。別の場で同じことが繰り返されないためにも、僕はそこに行った一人として忘れてはならないと思う。また、西洋文明の二源流を混同し、さらに教育勅語の思想も絡めば、まともなキリスト信仰には教派ごとならず、果ては戦争協力とレイプにもなりますね。...

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