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実録小説・シマハタの光と陰・第9章・作家の水上勉、シマハタに行く

2019-10-28 11:22:52 | 日記
   シマハタの状況はテレビ・ラジオ・新聞を通して日本中に広まり、それに深く注目した人の一人に、作家の水上勉氏がいた。自分の次女が身障児である事もあり、シマハタに注目した。


   「障碍児たちが多く療育されているシマハタはどのような所だろうか。行って、この目で確かめよう」

と思い、1963年(昭和38年)の4月に、豊島区の自宅から車を運転して二時間かけて、シマハタに行った。しだれ桜がバスから時おり見えたが、心はシマハタのことに向いたままであった。バスから降り、少し歩いてシマハタの建物に入り、受付の職員に

  「水上勉です。見学させてもらえませんか」

と述べる。



職員は


  「作家さんの水上さんですね。私もあなたの作品をお読みしました。喜んで案内させていただきます。林田園長にもさっそく連絡します」

  と返事をし、水上氏はそばにあるソファーに勧められて、腰を下ろした。少しして、林田博士が現れ、話を少し交えた。水上氏は

  「新聞やテレビでシマハタのことは拝見しております。実は、私の次女も重い身体障害を持って生まれました。それで、親として、障碍児をたくさん療育していらっしゃるシマハタのことが他人事として思えず、非常に気になっています。私にできることはたかが知れていますが、それでも文人としてシマハタのPRができれば良いと思い、見学をまずはさせていただくことにしました」。



   林田博士は


   「さっそく、ご案内しましょう。まずは娘さんと似た障碍の状況の子が多い部屋から」。

   二人はそこに向かった。水上は多くの身障児を初めて目にした。一人一人動作や発する言葉が違った。非常に個性的に見えた。

   「おじさん、こんにちは」

と大きな声を掛ける男の子もいた。思わず、水上も

   「こんにちは。おじさんは今日はここを見に来たんだよ。元気がいいね」

と返事をした。中には寝たきりの子もいた。自分で自分の頭をなぐっている子もいた。水上は衝撃を受けた。だが、もっと目に着いたのは、明らかに腰をかばいながら、園児のトイレの世話をしている一職員である。

   「腰をかばいながら看護をしているようにも見えるが、あの女性職員の姿勢はおかしいと違いますか」

   林田博士は

   「確かに。彼女はかなり前から腰の骨も変形している。一度に何人もの子供の看護をしているからね。休む日もなく。本当はしばらく休ませないといけないわけだが、休むと代わりに子供を看護する人がいないから、そうなるわけだ。他の病室も同じ状況です」

   それを聞き、水上は深くうなだれた。腰の骨が変形しながらも、自分に鞭を打って看護を続けている、まだ18歳くらいの女性職員が痛々しく見えて仕方なかった。思わず、

   「哀れだ」

とつぶやいた。

   他の病室も少ない人数で看護する若い女性の職員のあわれで、けなげな姿が目についた。水上は

   「政府は何をしているのだろう。オリンピックや道路整備ばかりに予算を使って。おかしい。こうなったら、池田総理大臣に直訴するしかない」

   と心の中で思い、林田博士に

   「あのう、ここの職員を増やす措置と、補助金の増額の手紙を私が池田総理に訴える手紙を書かせていただきたいと思いましたが、いかがでしょうか」

   と尋ねると、林田博士は微笑んで


   「それはありがたい。大変感謝します。作家さんは手紙の書き方もうまいから、きっと素晴らしい手紙になるでしょう」


   と返答した。





    内容と文面を徹底的に考え、またもう一つの障碍児施設のことも考慮して書いた。

「拝啓。池田総理大臣殿。あなたは定時制高校の生徒の問題に心痛められるなど、優しい心をお持ちですね。そこでお知らせし、提案も致します。東京の郊外にはシマハタ療育園があり、又、滋賀県にも同様の療育園があります...。尊い心を持つ職員さんたちによって運営されていますが、人件費が足りず、職員も少ないままです。徹夜勤務も多いし、職員一人が多くの園児の看護をしなければなりません。シマハタ療育園に私も実際に行ってみましたが、腰の骨が痛んだ若い女性の一職員が園児たちの看護を痛々しい姿勢でされており、見ていて涙が出そうになりました。かわいそうです。このままで、日本の障碍児の看護はよいのでしょうか。その対策として、シマハタと琵琶湖の療育園にそれぞれ年二千万円の予算をお与えいただけないでしょうか。実は、私の娘も重い身体障碍を持っており、何とか我が家で育てられていますが、障碍児の親として、シマハタなどのことは他人事とは思えないので、一筆啓上いたしました。無礼をお詫びいたします」。




  池田首相に送られたほか、雑誌・中央公論にも載せた。読者から返信があるなど、反響は上々だった。池田首相も心は打たれたが...。



(注. 水上勉氏の手紙は実際は大変長く、また、判りにくい内容である。インターネットにあるものをそのまま写すことは盗作に当たりかねないし、仮に法に触れなくても、僕の本意ではない。又、載せても読者に判りにくければ仕方ない。考えた末、内容を要約し、判りやすい言葉にも変えて、書いたわけである)


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