23日(水).昨夕は,取締役会が終わって一区切りということで,地下のOでS監査役,E部長,K君と軽く打ち上げをしました 7時ごろには解散したのでほぼ予定通りといったところです.例によって何の話をしたのやら覚えておりません 金環日食,東京スカイツリーのオープンと大きな出来事が続いたので,そんなことが話題になったのでしょうね,きっと
閑話休題
向田邦子著「森繁の重役読本」(文春文庫)を読み終わりました この本は、作・向田邦子、朗読・森繁久彌の名コンビで2448回も続いたラジオエッセイの台本から選りすぐりの作品を再編集したものです。向田邦子の実質的な本格デビュー作といってもよい作品です
「森繁の重役読本」は昭和37年3月から44年12月まで,日曜を除く毎朝5分間放送された森繁久彌朗読による連続ラジオエッセイです 放送局と放送時間に移動はあったものの2448回続きました シナリオ台本は散逸しましたが,森繁久彌が大半のシナリオを保存しており,現在は向田邦子の母校である実践女子大学に保存されています
巻末に森繁久彌が小文を寄せていますが,向田邦子の人となりがよく表れているようで面白いです
「1回分の帯ドラマで,200字詰め原稿用紙7枚程度の掌編が8年余り続いた.週に1度10回分ほどを録りだめするのだが,台本のあがりが毎回,収録ぎりぎりになる.しかも大変な悪筆で,字はぐじゃぐじゃ.男みたいな,ひんまがった字でタタッと書いてあり,われわれには読めない文字だった 始終ケンカばかりしていた.「以前,オンエアしたのと同じ趣旨じゃないか」,「そうよ.それでいいのよ.毎回違ったものを書いちゃ駄目なの」-てな調子で,まさに楽しいケンカだった 5分間のラジオ番組というものは,キャラクターがはっきりしていないと良くない.そこから,ある種の”マンネリの魅力”が発生しそれが聴く側を安心させ,固定客を掴むことにつながるのだというのが向田さんの持論なのだ」
これを読んで思ったのは映画「男はつらいよ」です.映画におけるマンネリズムの極致といってもいい作品ですが,要は観客が”マンネリ”を求めているのですね また,「字はぐじゃぐじゃ・・・ひんまがった字」のくだりは親近感を感じます 前にいた職場で労働組合の書記長をやっていたときに,”みみずがのたくったような”字で書いた組合ニュースを配っていたら,組合員が「こんなきたねー字,読めねーよ」と文句を言いました.その時,そばにいた”会社側”の総務部長が「ばか者 組合員なら読むように努力しろ」と叱りつけたのです.どっちが敵でどっちが味方なのか分からなくなりました
さて,この本を実際に読んでみると分かりますが,今の時代からみると非常に古いという感じがしますそれはそうでしょう.昭和37年から45年までに書かれたラジオの台本です.一言でいえば「昭和の重役」を描いています.おそらく50代の上場企業の取締役クラスの人で,恰幅が良く,嫁入り前の娘と学生上がりの息子が一人ずついて,家には何人かお手伝いさんがいるーという設定です.今ではちょっと考えられないでしょう
にも関わらず,この本にはかけがえのない魅力が溢れています.一言でいえば文章が素晴らしい 森繁が指摘しているように”男勝り”の文章ですが,日常生活に根差した身近なテーマを取り上げているのに,他人が気が付かないところに目をつけて”切れ味鋭く”料理しています 一例をあげでみましょう.下は「君の名は?」というテーマのシナリオの一部です.
「歳をとると,どうも忘れっぽくなっていかんよ.ウーン,どうも思い出せんなあ,失敬だがキミ,名前は何だっけなあ」
「はあ,田中です・・・・・」
「田中は知ってますよ,ぼくが聞いているのは,名前のほうなの」
「七郎です」
「あ~七郎だったね.田中七郎,田中七郎と・・・・・」
いかがでございます.ただし,このやりかた,2回はいけませんぞ.1回コッキリしか使えませんから,あとは責任を持って名前と顔を覚えること.「君の名は」・・・・これはおひとり様1回限り・・・・・よろしいですな?
どうですか,こんな調子で続きます.私は向田邦子の文章が好きで,彼女の書いた小説,エッセイはすべて読みました 文章に味があり生き生きとしていて,小気味の良いテンポ感が何とも言えません.彼女の作品を読むようになったきっかけは,娘が実践女子高校に入学したことです(大学こそ美術大学に進みましたが).そのころ集中的に読んだものです.今でも本屋で向田邦子の名前を見ると胸がときめきます
も一度閑話休題
東京交響楽団から「5月11日 東京オペラシティシリーズ 第67回 出演者キャンセルに伴うチケット代金 半額払い戻しのご案内」が届きました 予定されていたシベリウスのヴァイオリン協奏曲が聴けなかったことによるものです
「今回の演奏会では,ヴァイオリンのヴィルデ・フラングが,本番前のゲネプロ(会場リハーサル)終了後,急に体調を崩し,救急車で病院へ搬送されたため,ヴァイオリン協奏曲の演奏が不可能となり,他2曲だけの演奏会となりました」,「このたびのソリストの出演キャンセルに伴い,チケット代金の半額払い戻しをさせていただきます」
として申込書に氏名,電話番号,振込先銀行口座名を明記して楽団まで返送するよう求めています楽団にとっては半額の払い戻しに加え,返信用の送料も負担しているので大きな損失だと思います心ある人は楽団の窮状を鑑みて払い戻しを請求しないのでしょうが,私としては,戻ってくるお金を,次に買うチケットに投資するため,ありがたく払い戻していただきます
(森繁の朗読番組では、1957~2008年のNHKラジオ「日曜名作座」もありました。「重役読本」は「日曜名作座」に遅れて番組が始まり、先に終了した格好。)
「重役読本」の場合、森繁による絶妙な語りの台本作家が偶々、向田邦子だったということですね。本作は、戦後日本の高度成長期、「黄金の1960年代」における世相や人情の機微を切り取ったラジオ番組台本として記憶されるべきものでしょう。
Ⅰ章(重役の金婚式)以下、本編はもちろん、向田「花束」と森繁「花こぼれ なお薫る」が捨て難いです。ほのぼのとして、それでいてしんみりとして。