1年間の禁酒を約束した男がいる。が、どうしても、お酒を飲みたい。そこで夜だけ飲むことにして代わりに「禁酒期間」を2年間に延ばした。友人がさらに提案する。「禁酒期間」を3年にすることにして、昼も夜も飲めることにしたらどうか。おなじみの小咄(こばなし)だろう▼期間を延ばしても、これでは禁酒にはならない。妙な理屈をこしらえては決めたことを破ってしまう人の弱さがおかしくも、悲しい▼心配性の小欄は時代があの男と同じ道をたどっているような気になってしまう。「禁酒」ではなく、戦後日本が立てた「平和主義」という決めごとである。日英伊3カ国で共同開発する次期戦闘機を巡る問題で、自民、公明両党は日本から第三国への輸出を解禁することで合意した▼武器輸出三原則さえ遠い昔で、時代を追うごとに武器輸出に抑制的な方針は弱められ、とうとう人をあやめる戦闘機まで輸出する国となる▼輸出したい事情や理屈はもちろんある。安全保障環境は緊迫化しており、高性能の戦闘機で備えたい。生産コストを抑えるため第三国への輸出を認めなければ共同開発がうまく進まない-。ただ、どんなに理屈を並べ、条件を加えようとも紛争を助長しかねない戦闘機を輸出できるのであれば、「平和主義」という国の決めごとは怪しかろう▼禁酒中と言いつつ、昼夜なく、だらしなく酒をあおる男が見える。
巣立ちの春。大手ハンバーガーチェーンの新CMはなかなか秀逸で、上京した若い女性が慣れぬ都会で店を見かけて入り、ほっとする▼古里にある店で家族と語らった思い出が懐かしい。ナレーションが心中を伝える。「何もかもが違う街。でもここは地元と同じ匂いがした」。どこでも同じ味という安心感は、この会社の強みなのだろう▼規模は劣るが、特定の地でのみ味わえる外食チェーンもある。「炭焼きレストランさわやか」もそう。34店舗は全て静岡県内にある▼事業拡大期に店の質が落ちたと投書が来て、無理な出店を控えるようになった。丸くて大きい牛肉100%の「げんこつハンバーグ」などが看板で、県西部の磐田出身の俳優長沢まさみさんもファン。テレビで紹介されたこともあり県外での知名度も高く、東京や愛知の人も店の行列に加わる▼創業者の富田重之さんが87歳で亡くなった。若い頃に結核を患い、食は命を支えると40歳で1号店開店。命を授けてくれたのは両親だと、丸く大きい看板メニューは親の愛情を表現したという。なるほど揺るがぬ親の愛だと言われれば、あの歯応えも納得できる▼以前の講演で「最大のライバルは家庭の食事」と語った。「たまには行こう」と大切な人と足を運び、思い出を刻むだんらんの場でありたい。規模の大小を問わず、外食に携わる者なら共鳴する哲学だろう。
どこかのお武家の若様。庭で穴の開いた銭を拾うが、これが何だか分からない。若様、思いついた。「これはおひなさまの刀の鍔(つば)ではないか」-。落語の「雛(ひな)鍔」である▼若様の様子を脇から見ていた植木屋の熊さんがしきりに感心する。おひなさまの鍔とはうまい見立て。それに銭を知らないとはなんと鷹揚(おうよう)で上品な。若様に比べ、同じ8歳のウチのガキが情けないと嘆く。「あいつは始終、銭くれ、銭くれとまとわりつきやがって」▼熊さんも驚く、子どもの金銭トラブルだろう。名古屋市内の小学6年生男子が数百円程度の記念メダルを純金だと同級生にだまされて、高額な値段で購入してしまったという▼メダルや海外紙幣などを売りつけられ、だまし取られたとされる額は合わせて約93万円。わが身には小学生時代どころか最近も縁のない額に腰を抜かす。「金は値上がりする」「珍しい」と持ちかけられたと聞けば、いっぱしのセールス話術で、およそ小学生とは思えぬ▼おそらくはこちらの認識が甘い。今どきの小学生はおカネの万能さも売買によるうまみもよく分かっているのだろう。こういう子どもの金銭トラブルは実は隠れているだけかもしれない▼一方、子どもが分かっていないのはその怖さである。おカネに目がくらんでしまえば同級生をだまし、傷つけるようなこともしかねない。教えたいのはそこである。