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今日の筆洗

2024年03月11日 | Weblog
 『審判』などの作家、フランツ・カフカがある日、公園で泣いている少女に出会った。大切な人形をなくしたという。一緒によく捜したが、見つからなかった▼翌日、カフカは人形から預かったと一通の手紙を女の子に手渡した。「悲しまないで。世界が見たくて旅に出ました。また手紙書きますね」。別の日には「学校に入って、いろんな人と出会いました」。また、別の日には「あなたが大好きです」-。もちろん手紙はカフカが書いていた。カフカと交際のあった女性の回想に基づく物語だそうだ▼東日本大震災から13年となった。ハクモクレンが真っ白な花弁を広げるころだった。震災の日にカフカの手紙の温かさを思う▼真偽は分からないが、カフカは作品の執筆以上に手紙に熱心だったそうだ。何かを失う。誰かと別れる。女の子の悲しみが寂しい幼少期を送ったカフカにはよく分かっていたのだろう。あの手紙のようにわれわれは震災の痛みの背を今もさすり続けているか。もう大丈夫と決めつけてはいないか▼現地の痛みは歳月の分、薄らぐことはあっても帰らぬ人、かつての故郷を思い出せば、その悲しみは何年たとうと消えることはあるまい▼遠ざかる記憶に被災地への関心や思いやりまで遠ざけたくない。わが身に置き換え、あの日起きたことを思い続ける。それは決して災害への備えとも無関係ではあるまい。
 
 

 


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