思春期にあった少年は母親とこんな「論争」をよくしていたそうだ。母親はこう主張した。「人っていうのは愚かなものなんだよ」「仕方がないものなんだ」。欲やウソなど人にはどうしようもない部分があるという意味なのだろう▼少年はうなずけなかった。人間の愚かさなど信じたくなかったか。「そんなことはない」と反論し、いつも言い合いになっていた▼少年とは宮崎駿監督。宮崎監督の映画『君たちはどう生きるか』が米アカデミー賞の長編アニメーション賞に選ばれた。2度目の受賞。一度は引退を口にした監督が83歳にして今なお世界のトップランナーにいることを示した▼冒頭のエピソードはかつてのインタビューからお借りしたが、受賞作の主人公「眞人(まひと)」と人の愚かさを信じたくなかった宮崎少年が重なってならない。ただし「眞人」の方は宮崎さんの母親寄りになっていく。人の弱さや愚かさを認め「悪意」さえ持っていることを受け入れた上でそこから先、「どう生きるか」を模索する存在なのだろう▼正義か悪かの二元論に分かれ、対立しやすい時代にあって互いに手を取り合うことで、人の愚かさを埋め、乗り越えていこうと示唆しているとみた。その視座を対立に苦しみ、疲れる世界が評価したと信じる▼「再生」の物語でもあった。となれば、宮崎さんの「次回作」をどうしたって期待してしまう。
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