昔はよかった、それに引きかえ今どきの若者は…。この手の嘆きは、古代ギリシャの昔からあるそうだ。兼好法師も『徒然草』に書いた。<何事も、古き世のみぞ慕(した)わしき。今様はむげに賤(いや)しくこそなりゆくめれ>。なにごとも昔ばかり恋しく現代風はひどく下品になっていくようだと▼越智啓太著『つくられる偽りの記憶』によれば、人は年を重ねると過去を麗しく思いたがるものらしい。自分の人生はよいものであったと考えたいがためだ▼<記憶はわれわれの選ぶものを見せてくれずに、自分の好きなものを見せてくれる>。思想家モンテーニュの言葉である。見るべき過去を見ることができるか、否か。賢者とそうでない者の分かれ目であろうか▼ソ連の独裁者スターリンの新しい胸像が、ロシアの大きな都市、ノボシビルスクに置かれた。先月驚いたニュースである。記念の式典もあった▼自国民の粛清、収容所送り、飢え…。再評価の余地などない人物の一人としか思えない。冗談ではなく、好感する人が増えているらしい。今の世の中への不満もある中、戦勝や大国化といった過去の断片を切り取っては、麗しい過去を作り出しているのではないか▼<すぐれた記憶は弱い判断力と結びやすい>もモンテーニュだ。薄れる記憶は美しい過去を生み、判断力を鈍らせよう。戦争が遠くなったわが国でも戒めになるだろう。