表だけ、裏だけのコインがないように、光と影は分かちがたい。『草枕』で夏目漱石は、山路(やまみち)を登る主人公に、考えさせている▼<明暗は表裏のごとく、日のあたるところにはきっと影がさす…喜びの深きとき憂(うれい)いよいよ深く、楽(たのし)みの大いなるほど苦しみも大きい>。喜びと憂いは一体であって、互いの丈に応じて大きくなるのだと▼喜びと憂いが競うように大きくなる実例をみている気がする。eスポーツの名で対戦型ゲームが拡大の一途だ。連日のニュースによると、立派な選手がいて、魅了される観客もいる。大企業やプロのサッカークラブなどが関わり、市場も拡大中という▼高校の部活動にもなっていると知り驚いた。五輪入りも絵空事でないと思わせる。その裏側の憂いのほうもいよいよ深まっている。世界保健機関(WHO)が先月下旬、依存症として「ゲーム障害」を正式に認めた▼やめることができずに、学業にさわったり、健康を害したりする人が世界で増えているそうだ。主に若者で日本も例外ではない。依存症の治療が必要な疾病と位置づけるという▼便利なものほど弊害が深刻になる。最近の科学技術につきものの強い明暗のコントラストを感じる。<少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ>と『草枕』の主人公は続ける。食べるのは悪くない。不愉快にならないほどにとどめる難しさである。