愛煙家だった作家の内田百〓(ひゃっけん)は戦中、戦後の配給時代、たばこを手に入れるのに苦労した。配給分だけでは足らぬ。どうするか▼解決策はたばこに急いで火を付けないことだった。たばこを指にはさめば吸いたい欲求はある程度やわらぐ。火の付いていないたばこを持って「人と話しをし、又は独りで考へ事を続け」て気持ちをごまかす。問題もあった。人が気を利かせて勝手に火を付けてしまう。百〓の無念そうな顔が浮かぶ▼配給とはいつの時代も不十分なものだろうが、涙ぐましい節煙法を思う政府のマスク配布である。布製マスクを一世帯当たり二枚。ネット上に大家族のサザエさん一家が二枚のマスクを苦労して使うイラストが出回っていたが、二枚では家庭内に波風を立てる罪作りな配布にもなりかねないとは、おおげさか▼気休めの二枚より急ぎたいのはマスクをどう市中に出回らせるか。増産中と聞くがマスクが容易に手に入らぬ状況に変化はない▼「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」。戦争中の気分の悪い標語だが、どだい足らぬマスクでは工夫のしようもない。足らぬのはマスクと政府の工夫とこぼしたくもなる▼こっちは注意の足らぬ話。三月二十九日付小欄で誤記があった。酒場に向かう人について「不要不急とは思えぬ」と書いたが、「不要不急としか思えぬ」の間違いで訂正させていただく。申し訳ない。
※〓は門がまえに月