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今日の筆洗

2019年04月20日 | Weblog

 作家ねじめ正一さんの短編に『赤チンの午后(ごご)』がある。昔の空き地が舞台だろう。野球で遊ぶ少年が、走塁中に勢い余り鉄条網に突っ込む。太ももあたりを切った。やってしまった、と怖くなるが、仲間のひと言で心が軽くなる。<赤チンつければ治るよ>▼昭和に育った方ならば、懐かしくうなずくのではないか。ちょっとした傷なら治してしまいそうな、あの赤の安心感、万能感である▼赤チンが、間もなく姿を消すらしい。正式にはマーキュロクロム液というそうだが、国内最後のメーカーとみられる東京の三栄製薬が来年末までに生産をやめるというニュースが流れた▼生産の過程で水銀を含む廃液が発生することなどから規制が強化され、原料の入手も難しい。売れ行きは落ちていて、かつて赤チン一本だった三栄製薬も現在の事業での比率は1%以下である▼需要は低迷していても、赤チンには記憶を喚起する強い力があるようだ。「塗っときなさい」の母の声、勢い余って転んだあの空き地…。ニュースを見て思い出した。塗ってもらうことも、友人たちとむちゃをすることも、もうないのだという、ちょっとした感傷もおぼえつつだ▼「親に塗ってもらったのを思い出した」「やめないで」という手紙などが同社にも次々に届いているそうだ。昭和の記憶を呼び起こす物は多いが、大いに人をしんみりさせる赤である。

 
 

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