女性飛行家の草分けで文筆家のアン・モロー・リンドバーグが「サヨナラ」について、「このようにうつくしい別れの言葉をわたしは知らない」と書いている。大西洋単独飛行のチャールズ・リンドバーグの妻である▼来日時の横浜港でたくさんの「サヨナラ」を耳にし、「サヨナラ」は「さやうならば」と知った。「GOOD BYE」(神があなたとともにありたもうように)などとは違い、「サヨナラ」はいわば接続の言葉であり、それ自体、何も語っていない。その半面、別れることをあるがままに受け入れている言葉だと感じた。多くを語らずともすべての感情が込められている。だからこそ「うつくしい」▼平成がきょうで終わる。思いは尽きぬだろうが、そのうつくしい言葉で見送るとする▼バブル経済の熱と欲。カネに振り回された日々よ。サヨナラ。「24時間戦えますか」にその気になり、必死に働いた、けなげな人よ、サヨナラ。オウム事件。何が起こるか分からぬ時代の到来に震えた朝よ、サヨナラ▼東日本大震災。悲しみに打ちひしがれる人にそっと置いた誰かの温かき手よ、サヨナラ▼そして平成よ。「平らかであれかし」の願い通り、戦こそなかったが、「平らか」とは言い難き日々とそこで懸命に生きた人よ。国が年を取るとするならば、働き盛りを過ぎ、黄昏(たそがれ)の兆しを見せた切なき時代よ。サヨナラ。