西一族で、唯一、黒髪の彼について、村人は勝手に噂をした。
彼が、身体中、
怪我をしているのは、幼い頃、いじめにあったからだ、とか。
それゆえに、
大きくなるまで身を隠し、ひっそりと育てられていたのだ、とか。
「ほら。小さい頃、いたよね。黒髪の女の子」
「ああ、いたね」
「あの子も、さ。相当いじめられていたよね」
「そりゃ、黒髪だし」
「しかも、その女の子は、母親が東一族だからな」
「父親は?」
「西一族って話」
「今、どうしてんの?」
「その東一族の母親と、黒髪の女の子、いつのまにかいなくなったよね」
「殺されたんだよ」
「本当に?」
「さあ?」
「でも、今、西にはいないもんな」
「そのふたり、狩りが出来れば、まだ、よかったんだろうけど」
「東一族は、狩りが出来ないってよ」
「そうなの?」
「じゃあ、何食べてんだろ」
「まあ。……あの彼は、さ。狩りが出来たからよかったよね」
ひっそりと、育てられたにも関わらず、彼は、狩りの腕前がよかった。
黒髪で生まれ、
黒髪で生きるのなら、
狩りで、西一族の村人に認めてもらうしかない。
現村長は、そう見込んで、彼に、狩りをたたき込んだのだろうか。
「あいつと、狩りに行ったことあるやつ、いるの?」
「村長と、数人ぐらい?」
「狩りの腕はすごいって」
「俺、狩りしてるところ、見たことないからなぁ」
「でも、それ。本当は、狩りのための腕前じゃない、て話」
「どういうこと?」
「東に入り込む、諜報員にさせられるんだよ」
「そうなの!?」
「黒髪だし?」
「ああ。そりゃ格好の標的だな」
「あいつ、耳に穴開いてるだろ」
「うん」
「東一族は、耳飾りをするだろ」
「……見たことないけど。そう聞くね」
「東一族の格好をするために、穴を開けさせられたって」
「あと、見たことない足の装飾品も?」
「そうそう。東一族の装飾品と同じとか、なんとか」
「本当に?」
「模造品かもしれないけど、少なくとも、西でする装飾品じゃないだろ」
諜報員、は、普通の村人には、噂程度の存在だった。
本当に、諜報員が存在するかどうか、
知っているのは村長と数人と、諜報員本人だけである。
敵の一族に乗り込むのだから、命がけの仕事になる。
「いくら、姿格好を東一族に真似たって、ね」
「東の文化は、いまいち知らないよな」
「東一族には、すぐ、ばれるだろ?」
「……殺されちゃうね」
「いいんだよ」
「どうせ、黒髪は、西でも煙たい扱いなんだから」
「捨て駒?」
「捨て駒だろ」
これはすべて、西一族の村人たちの、噂である。
本当のところは、誰にもわからない。
黒髪の彼の、実の両親でさえ、名乗り出ないのだから。
すべてを知っているのは、おそらく、村長だけ、なのだ。
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