成院は病室に向かう。
ただし、室内には入れない。
部屋の前に立ち止まり、中にいるであろう弟を思う。
「成院か?」
病室から弟の声がする。
足音で分かったのだろうか。
「起きていたのか?」
「もう寝すぎて、眠くならないよ」
薄く笑う声が聞こえる。声だけならばいつもの弟なのに。
「なぁ、成院」
「ん?」
「このこと、晴子(はるこ)には言わないでくれ」
ひと月程前だ。弟は恋人と別れた。
きっとその時から弟は自分の病に気が付いていたのだろう。
やがて家族とも距離を取るようになった。
周りの誰かが、成院が気付くのが遅かった。
「なぁ、戒院
治ったら、晴子とやり直せよな」
「成院バカ言うな。俺は一応医者志望だ」
扉の向こうで声が小さくなる。
「……先の事は分かっている」
「ただの見習いだろう。
医者でもないくせに、知ったようなこと言うな!!」
弟の返事は無い。
成院は扉の前を離れる。
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