大槻雅章税理士事務所

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№22. 判例評釈/年金二重課税事件

2010-09-17 | ブログ

2010.08.12 年金二重課税事件

平成22年7月6日、ニュース等で話題となった最高裁の判決がありました。生命保険契約の年金受給権に相続税を課税し、さらに相続人が毎年受け取る年金には所得税を課税することが違法な二重課税であるか否かを争っていた課税処分事件で、最高裁第三小法廷は、相続税と所得税の二重課税を違法とする判決を言い渡しました。

この判例は、下級審で納税者側の主張が認められた後、高裁で税務署側の逆転勝訴となり、さらに最高裁では納税者側の再逆転勝訴となったケースです。今回は長文となりますが、この判例の経過とポイントを解説したいと思います。

1.事実の概要

年金払い特約付き生命保険契約の被保険者かつ保険料負担者であったAの死亡により、年金の支払いを受けたAの妻Xが、当該年金の額を収入金額に算入せずに所得税の申告をしたところ、税務署長YはXに所得税を課税する更正を行った。
これに対しXは、当該年金は、相続税法3条1項1号の相続財産に該当するから、所得税法9条1項15号の規定により所得税を課することができない旨を主張し、Yに上記更正の取り消しを求めて訴訟を提起した。


2.判旨

(1)第一審、長崎地方裁判所(H18.11.7判決、平成17(行ウ)6)の判決要旨

Xの請求>
①相続税の対象となる年金受給権と、その支分権に基づく年金の所得は同一の資産である。
②本件年金は、年金受給権に基づいて発生する支分権に基づくもので、年金受給権の部分的な行使である。

<第一審判決>
①年金受給権に相続税を課税し、さらに相続人が受け取る年金に所得税を課税することは二重課税である。
②所得税の課税は、同一の資産に対する二重課税となり、所得税法9条1項15号の趣旨からは許されない。

第一審は、年金受給権として相続税が課税された財産と実質的・経済的に同一と評価される年金に所得税を課税することは、同一の資産に対して二重に課税することになるので違法であるとして、Yの課税処分を取り消す判決を言い渡した。
この判決を不服としてYは控訴した。

(2)控訴審、福岡高等裁判所(H19.10.25判決、平成18(行コ)38)の判決要旨

<Yの控訴理由>
①所得税法9条1項15号の非課税規定は、相続により取得した財産に基づいて実現した所得まで含むものではない。
Xが受け取った本件年金は、生命保険契約に基づく保険金請求権(年金受給権)とは法的に異なるものであり、所得税法9条1項15号の非課税所得に該当しない。

<控訴審判決>
①年金受給権の取得と個々の年金の所得とは別個の側面があるので、二重課税にならない。
Aが締結した生命保険契約により受け取る年金と、Xが自分で契約し掛け金を負担して受け取る年金は、いずれも所得があるという点で両者を区別することはできない。したがって所得税の対象となる。

控訴審は、「保険料を負担していないXがAの死亡で受給権を取得したのであるから、年金受給権は相続税の対象となり、年金は契約者・保険料負担者の区別なく発生する所得が所得税の対象となる」したがって、本件年金受給権の取得に相続税を課し、年金の取得に所得税を課しても二重課税にならないと判示した。
この判決を不服としてXは上告した。

(3)上告審、最高裁判所第三小法廷(H22.7.6判決、平成20(行ヒ)16)の判決要旨

①所得税法9条1項15号の解釈
「所得税法9条1項15号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課税しないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。」と判示した。

②相続税法3条1項1号の解釈
「相続税法3条1項1号は、(中略)当該年金受給権の取得の時における時価、すなわち、将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額の合計額に相当し、その価額と上記残存期間に受けるべき年金の総額との差額は、当該各年金の上記現在価額をそれぞれ元本とした場合の運用益の合計額に相当する…と解される。」と判示した。

※これを算式で表すと、「年金支給総額」=「相続時の現在価値相当額」+「運用益」

③結論
「…これらの年金の各支給額のうち上記現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ、所得税法9条1項15号により所得税の課税対象とならない。」と結論付けた。

④生命保険会社による所得税の源泉徴収について
「当該年金が(中略)所得税の課税対象となるか否かにかかわらず、その支払いの際、その年金について所得税法208条所定の金額を徴収し、これを国に納付する義務を負う。」として、生命保険会社による源泉徴収は適法であることを判示した。


3.解説

 相続税法の規定では、被相続人が生命保険契約の被保険者で、かつ生命保険料の掛け金を負担していた場合において、その被相続人の死亡により相続人が生命保険金を取得したときは、一時金のほか、年金の方法により支払いを受ける保険金も相続税の課税対象になります(相法3、相基通3-6)。

そこで最高裁は、まず、相続人が年金の方法により支払いを受ける保険金の支給総額を、相続時の現在価値に相当する部分と、その現在価値を元本とした運用益に相当する部分の二つに分解しました。

そのうえで、運用益は所得税の課税対象となりますが、現在価値相当額には相続税を課税するので、所得税を課税してはいけないと判決したのです。これは考えればごく当たり前のロジックですが、従前は福岡高裁の判決のように、年金は契約者・保険料負担者の区別なく発生する所得(すなわち受給額から掛け金等の必要経費を差引いた額)が所得税の対象となると考えられていたのです。

また、生命保険会社が個人年金を支払う際に所得税を源泉徴収することは適法であるから、納税者が所得税の申告手続きを通じて源泉徴収税額の控除又は還付を受けるように判示しました。

この判決を受けて、今後、税務当局は過去5年分の所得税を減額更正したうえで、5年を超えた過納額の救済を検討していきたいと発表しています。

(完)