2011.10.25 特許法:職務発明の相当の対価
企業に勤務する従業者がその職務で行った発明については、企業が特許権を所有し、発明をした従業者には企業が相当の対価を支払うのが一般的です。しかし従業者が正当な報酬の支払を求めて、企業を相手取って訴訟を起こすなどのトラブルも多く見受けられます。そこで今回は、職務発明の相当の対価について解説したいと思います。
わが国の特許法は、発明者のみが特許を受ける権利を有するという発明者主義を採用していますが(29条①)、その権利は他人に移転することもできます(33条①)。また職務上の発明は、一個人ではなく一定の団体等において行われる場合が多く、その団体の指揮監督のもとに組織化され、計画化され、あるいは団体内の物的、人的援助あるいは技術的蓄積を基礎としてなされるのが一般的です。なぜなら、発明には莫大な資金と人材の投資が必要とされるからです。
そこで特許法は「使用者は、従業者がその性質上当該使用者の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者における従業者の現在又は過去の職務に属する発明(以下、職務発明という。)について特許を受けたとき、又はその権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」と定めています(35条①)。
35条1項をわかり易く言い換えると、従業者が職務発明をした場合には、特許を受ける権利を有する者はその従業者となりますが、使用者の発明への投資を誘引するために、一定の要件のもとに、使用者は自動的に通常実施権を有するのです。しかも、この通常実施権は登録しなくても効力を有します(99条②)。
ただし従業者は、職務発明について使用者に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有します(35条③)。これは、本来従業者に帰属する特許権を使用者に承継する補償金として、相当の対価の請求権を従業者に付与するものです。
ここで問題となるのが、相当の対価についての評価基準です。特許法は、「第三五条三項の対価の額は、その発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定していますが(35条④)、過去の判例からみても相当の対価についての明確な評価基準がなく、また、支払額も低廉であることがわかります。
なぜなら、職務発明は従業者の職務遂行の過程で得られたものであり、他の従業者の協力を得た上、使用者の社内に蓄積されてきた幾多の経験やノウハウ等を利用して成立させた発明であり、従業者としては、使用者の設備やスタッフを最大限活用して発明を完成させたとみなされるからです。そこで事後のトラブルを防ぐためには、使用者と従業者の間で契約を締結し、対価の額を明確にしておく必要があります。
<参考文献>
増井和夫=田村善之『特許判例ガイド』(有斐閣)
紋谷暢男『無体財産権法概論[第九版補訂版]』(有斐閣双書)
中山信弘『工業所有権法(上)[第二版]』(弘文堂)
(完)
企業に勤務する従業者がその職務で行った発明については、企業が特許権を所有し、発明をした従業者には企業が相当の対価を支払うのが一般的です。しかし従業者が正当な報酬の支払を求めて、企業を相手取って訴訟を起こすなどのトラブルも多く見受けられます。そこで今回は、職務発明の相当の対価について解説したいと思います。
わが国の特許法は、発明者のみが特許を受ける権利を有するという発明者主義を採用していますが(29条①)、その権利は他人に移転することもできます(33条①)。また職務上の発明は、一個人ではなく一定の団体等において行われる場合が多く、その団体の指揮監督のもとに組織化され、計画化され、あるいは団体内の物的、人的援助あるいは技術的蓄積を基礎としてなされるのが一般的です。なぜなら、発明には莫大な資金と人材の投資が必要とされるからです。
そこで特許法は「使用者は、従業者がその性質上当該使用者の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者における従業者の現在又は過去の職務に属する発明(以下、職務発明という。)について特許を受けたとき、又はその権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」と定めています(35条①)。
35条1項をわかり易く言い換えると、従業者が職務発明をした場合には、特許を受ける権利を有する者はその従業者となりますが、使用者の発明への投資を誘引するために、一定の要件のもとに、使用者は自動的に通常実施権を有するのです。しかも、この通常実施権は登録しなくても効力を有します(99条②)。
ただし従業者は、職務発明について使用者に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有します(35条③)。これは、本来従業者に帰属する特許権を使用者に承継する補償金として、相当の対価の請求権を従業者に付与するものです。
ここで問題となるのが、相当の対価についての評価基準です。特許法は、「第三五条三項の対価の額は、その発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定していますが(35条④)、過去の判例からみても相当の対価についての明確な評価基準がなく、また、支払額も低廉であることがわかります。
なぜなら、職務発明は従業者の職務遂行の過程で得られたものであり、他の従業者の協力を得た上、使用者の社内に蓄積されてきた幾多の経験やノウハウ等を利用して成立させた発明であり、従業者としては、使用者の設備やスタッフを最大限活用して発明を完成させたとみなされるからです。そこで事後のトラブルを防ぐためには、使用者と従業者の間で契約を締結し、対価の額を明確にしておく必要があります。
<参考文献>
増井和夫=田村善之『特許判例ガイド』(有斐閣)
紋谷暢男『無体財産権法概論[第九版補訂版]』(有斐閣双書)
中山信弘『工業所有権法(上)[第二版]』(弘文堂)
(完)