大槻雅章税理士事務所

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№93 裁判例から考える信義則の法理

2016-10-08 | ブログ
2016.08.31 裁判例から考える信義則の法理

前回は私法上の原則である「借用概念」について、税法がどのように関わっているかを解説しました。

今回は、同じく私法上の原則である「信義則の法理」について税法がどのように適用されるか解説したいと思います。長文になりますが、最高裁の裁判例を交えて述べていきます。


信義則とは、「法律関係の当事者は相手方の正当な期待ないし信頼を裏切ってはならない」という原則です(金子宏『租税法[第21版]』弘文堂)。

税法で信義則の適用が問題となるのは、以下の2つのケースです(金子宏ほか『税法入門[第4版]』有斐閣新書)。

①本来課税すべきであるのに非課税とし、後に誤りを発見して改めて課税するケース

②本来課税すべきであるのに課税しない状態を継続し、後に遡及して課税するケース

上記2つのケースにおいて、信義則の適用を認めないとする学説の論拠は、「誤りに気付いて課税しないとすれば、適正な課税処分を受けた他の納税者との間に負担の不公平が生じ、合法性の要請に反する」ということです。

一方、信義則の適用を認める学説の論拠は、「遡及して課税するとすれば、税務官署を信頼していた納税者の立場を損ない、法的安定性を失う」ということです。


以上の前提を踏まえて、次の事件(最判昭62.1.30訟務月報34巻4号853頁)で納税者Bの訴えが認められたかどうかを考えていきます。

(事件の概要)

青色申告の承認を受けていたAの事業を引き継いだBは、青色申告の承認を申請することなくBの名義で青色申告書による確定申告をしました。

税務署Cは、青色申告の承認があるかどうかの確認をせずに申告書を受理し、さらに、CはBに青色申告用紙を毎年送付し、Bの青色申告書による確定申告を5年間受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきました。

Bは、その後Cから青色申告の承認申請がなかつたことを指摘され、直ちにその申請をし、その承認を受けたところ、税務署Cは過去5年間の申告を白色として更正処分し、追徴課税しました。Bは、本件更正処分は違法であるとして訴訟を提起しました。

要約すると、税務署の承認を受けずに青色申告をした納税者Bに対し、税務署Cは、確定申告書を5年間受理していたにもかかわらず、後に誤りを発見して遡って5年分の申告に課税したという事件です。



結論は、納税者Bが敗訴し、税務署Cは5年間遡及して課税することが認められました。

これはなぜでしょうか?理由は、以下の判旨の通りです。

(判旨)

信義則の法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。

そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。

これを本件についてみるに、納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによって完了する行為であり(国税通則法17条ないし22条)、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではない(同法24条)。

また、納税者が青色申告書により納税申告したからといって、これをもって青色申告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者の青色申告書による確定申告につきその承認があるかどうかの確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を当該納税者に送付したとしても、それをもって当該納税者が税務署長により青色申告書の提出を承認されたものと受け取りうべきものでないことも明らかである。そうすると、(中略)本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はないものといわなければならない。

つまり、「合法性の要請」と「法的安定性」という争いにおいては、後者が前者を犠牲にせざるを得ないと認められるときに限り信義則の適用が認められることになるのです。


そして、信義則の適用が認められるのは、

①税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと

②納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと

③表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けたこと

④表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないこと

が要件となると最高裁は判示しているわけです。

(完)